*第六章 奪還、そして
「井宿の術って、本当に凄いねぇ……」
「ほんまやで! ……もっと場所さえよけりゃあなあ……!!」
降り立ったのは木の上で、三人は見事に折り重なっていた。不安定な中でせめて雪を潰さぬようにと踏ん張る翼宿が、力を入れすぎて真っ赤になっている。
「あ、ちょ……翼宿、動いたら落ちる……っ!」
「せ、せやけどっ……」
「あー!」
雪の悲痛な声の後で、どさりと地面が鳴る。
「大丈夫なのだ?」
ただしそれは、一人分の音である。
「大丈夫なわけ……あらへん……!」
雪を抱えてゆっくり降り立った井宿を、彼は心底恨めしそうに見ていた。下手に暴れなければ落ちることもなかったのだが、とりあえず雪を助けられればいいだろうと井宿は判断していたのだ。
「一番敵の結界が緩い場所に出たのだ。まさかこんな場所だとは……」
「けっ……。まぁええわい、雪に怪我がなかったのに免じて許したる」
尻についた草や砂を荒々しくはたき落としながら、翼宿が辺りを見渡す。やはり頑丈な男だ。
「で、庭園て何処や、井宿」
「……オイラはこっちなのだ」
「え?おあ、何やこれ!」
翼宿の手に、一匹の白い猫がぶら下がっている。長い胴体を揺らして、全く抵抗もなく持ち上げられていた。
「あ!この子、軫宿の猫だ!」
「いつの間について来たんや!?……それにしてもお前らよぉ似とるな」
「確かに他人とは思えないのだ!にゃー?」
「んにゃー」
似たような糸目で、まるで通じ合っているかのように見つめ合う一人と一匹。緊張感たっぷりだった様子の雪も、この共鳴には思わず吹き出してしまっていた。
「そないしとったら、まるで生き別れの兄弟みたいやで。よっしゃ、行こか!」
「翼宿、それは井宿だよ……」
首根っこをがっちり掴まれた井宿を見て、雪がまた吹き出す。笑ってはいけないと思っているのか顔を背けて、さっきよりもだいぶ堪えた感じで。
「や……わざとやないねん」
「いいや、今のはわざとなのだ?」
「い、行きましょうかね……?」
――鬼宿が言う場所は、敷地内ならすぐに見つかると聞いている。三人は気を取り直して、そこを探し出すことにした。
敵陣営はこの状況を知ってか知らずかしんと静まり返っていて、何とも不気味な空気に満ちている。よっぽど先刻の騒ぎで誰かが飛び出してくるくらいの反応があった方が、気が楽だったかもしれない。
井宿としては、あれだけ念入りで神経質そうな青龍陣が、何も気づいていないはずがないと考えていた。今は向こうが三人の動きをただ静観しているだけかもしれない、と思うと神経がとがる。
「……あ、もしかしてあそこじゃないかな?」
雪の指差す先には、確かに巨木が見える。他にそれらしいものは見当たらないし、恐らく鬼宿が言う木はあれで正解だ。
「お、多分そうやで。行ってみよか」
「うん!って……井宿、どうかした?」
少し遠目に鎮座している宮殿を見て、井宿はじっと顔をしかめてしまっていた。