浮気者

「ち……井宿の馬鹿!童貞!もう知らない!」

朝一番、顔を見るなりそれ。物凄い剣幕と心当たりのなさに目を白黒させている井宿から、雪が逃げ出した。

本当に何故、そのような事を言われなければならないのか。昨日の晩はいつも通り笑って「おやすみ、また明日」と別れたのに。

「へ……?ちょっ、雪、意味が分からないのだ!」

駆け出そうとしたのだが、普段は温厚なあの彼女の怒鳴り声があまりにも衝撃的過ぎて、それから一歩床を踏んだきり声さえ出てこない。逃げ足だけは異様に速い彼女だ、一瞬でも遅れるとまともに追いつくのは大変だというのに。

「お前、童貞なん?」

「違うのは雪が一番よく……じゃないのだ!」

「何を言わせる」と、何処からともなく現れた翼宿の頭に一発平手を食らわせ、ようやく固まった足を踏み出した。

今からまっすぐ走り出せば、きっと何処かで背中を見つけられるはずだ。

とにかく、この理不尽な状況をなんとかしなくては。――きゃんきゃん騒ぐ翼宿の声は、一切頭に入ってはこなかった。








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