二人のNGワード

――気になるのは、どちらも同じなのであるが。

「雪、そう怒らないのだ」

珍しくむっすりと怒りをあらわにする雪に井宿が苦笑する。原因は彼でも彼女でもなく、デリカシーの無い彼の同僚のせいであった。

たまたま出先で会ったその人が、雪を見て「可愛い子、妹さんですか?」と言ったのがまずかった。

みるみるうちにご機嫌斜めになった雪の愛想笑いには、井宿でさえ思わず目を逸らすほどの恐ろしい含みがあった。全くの他人なら気が付かないと思うが、そういう時の彼女は脳をフル回転させてあらゆるネガティブな思考を巡らせているのだ。

それこそ相手の言葉の裏側まで分析し、静かに探っていたかもしれない。

「雪ってば」

バッグを乱暴に揺らしながら数歩先を行っていた彼女は、幾度目か分からない呼び掛けでようやく振り返る。若干頬が膨らみ、口はへの字に曲がっていた。

「そんな顔してたら可愛くないのだ、そろそろ機嫌直して……」

「機嫌悪くないもん。別に。何さ井宿の馬鹿、咄嗟に否定の声も出ないなんて」

「あ、あれはそういう事じゃなくて、君があんまりにも怖い顔を……じゃなくて、」

念の為に言っておくと、すぐに言葉が出なかっただけでちゃんと訂正はしてある。今は言わない方がいいことまで口をついて出たので、どこまでも不利だ。

「もういい、ばーかばーか!るーるるー!北海道に帰っちゃえ!」

「今はもう狐じゃないのだっ!」

伸ばした手は、彼女の服の裾をかすめて空気を掴んだ。

人混みを縫うように逃げられてしまうと、雪を捕まえるのは至難の業。あー、と小さく声を洩らして、井宿はがっくり肩を落とすばかりだった。






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