恋人ごっこも楽じゃない

その足で柳宿は残りの七星士たちを自室に集め、神妙な面持ちでここまでの経緯を語った。井宿はただその横で黙って聞いていただけだ。

「事情は今話した通りよ。みんなはどう思う?」

「はあー?わざわざ呼び出して、何かあったんやろか思うたら……しょーもなっ。俺らがそんなとこまで面倒見たる必要あるんか?別にあいつの親父でもあるまいに」

椅子の背もたれに全身をだらしなく預けながら、翼宿が面倒臭げに言う。ついでに少し、強がるようにして鼻で笑っていた。

「変な虫がついたら、今後の動きに支障が出るでしょーがっ」

「そーかもしれへんけど、もし向こうがマジやったら雪かてそのうち気が変わるかもしれへんやん。はーっ、結構結構っ」

「あんた本気で言ってんの?それとも事情知って、どうも面白くないから拗ねてるだけ?」

「なっ……!ちゃうわボケ!」

逆向きで椅子に座っていたのを忘れたのか、勢いよく後ろに体重をかけた翼宿はそのまま転がり落ちていった。今自分が目の前に抱えていたのが背もたれだというのに。

この反応だけで、彼も現状が面白くないのだと痛いほど分かった。ついでに言うと、背もたれを抱く腕が微かに震えていたのも井宿だけは気付いている。

「井宿さん、どう思います?」

隣から張宿が囁くので、井宿はうーんとひとつ唸って返答する。

「好奇心だけなら阻止しておきたいし、邪な理由があるならもっとどうにかすべきだとはオイラも思うのだ」

「あたた……。邪な理由ってなんや」

後頭部をさする翼宿が、じろりと井宿を見る。

「だって星宿様とも対等に渡り合える雪ちゃんの地位や、神獣の力に興味がある連中がいないとは限らないのだ。いわゆる政略結婚狙いってやつなのだな」

「なるほど、そういう可能性もあるわけですね……。確かにそれは心配です」

よたよたと立ち上がり、翼宿がそんな二人の会話を見ながら椅子に座り直した。それ以上何も尋ねはしなかったのだが、少々ぶすくれながらもちゃんと聞いていたあたり、やはり彼なりに心配はしていたのだろう。まったく素直でない男である。

「だからあたしね、考えたんだけどぉ」

咳払いで視線を集めてから、柳宿は伏せていた目を開いた。その目で一度全員を見渡し、更に続ける。

「こんだけ見事に年頃のイイ男が揃ってんだから、誰かが恋人のふりをすればいいのよ」

「はあっ!?ちょっ、誰が何やて!?」

「な、何を言い出すかと思えばお前っ……!」

年頃の若手二人が大声をあげている。柳宿は最初からこの手を使うつもりでいたのは間違いない。その為の招集だったと先に気付けなかったのは迂闊だった。

「しかし柳宿っ、雪ちゃんの意思は……こちらだけで決めてしまったらまずいんじゃないのだ?」

「なあに、当日までやり過ごせばいいだけよ。終わっちゃえば後はどうせ外から見えないんだし、参加したお上品連中から勝手に噂でまた広まるでしょ。星宿様は立場上そういう嘘つくのはちょっと無理があるけど、相手がただの七星士ってなったら信憑性も増すじゃない」

一定の理解や納得をしてしまうやり方で丸め込むから、この男は賢いと思う。感情的になって柳宿に何か言っているのが一人いるにはいるが――井宿や軫宿はそれを覆すような代替案さえあげられぬまま、ただただ顔を見合わせている。

彼の言うことも一理ある。……あるのだが。このどうにも形容しがたい感情はなんだろうか。

「さーて、ここは平等にじゃんけんでもして決めましょうか。あ、まだごちゃごちゃ抜かすならあんたは不参加でいいわよ、反抗期真っ盛りの翼宿くん」

「仲間はずれにすなっ」

自分ではちょっと厳しいだろうと辞退した張宿を除く五人が、拳を握って円陣を組む。そして井宿も相変わらず、変な感情と格闘しながらそこにいた。

「な、なあ。これ一回勝負か?」

鬼宿がそわそわしてそう呟くと、柳宿は不敵に笑いながら頷く。

「そうよ。勝っても負けても恨みっこなし」

「なんなんやその緊張感……」

「だから文句があるなら不参加にしてそこで指くわえて見てなさいっての。いくわよ、じゃーんけーんっ」

どことなく楽しそうな柳宿の掛け声に、井宿は突然尻込みしてしまった。これはただの演技だし、そもそも自分にその役目が当たるという確証なんてない。いや、自分は当たりたいのか?そうじゃないのか?本当にこれしか方法はないのか……ぐるぐると思考が巡っている。

「ちょっ……ちょっと待っ……!」

謎の限界を感じて勢いよく手を突き出した時、もう既に全員の手が出ていた。他の四人が出していたのは拳で、井宿はただ一人手を大きく開いて向けている。

「……こ、これはその、やはり……考え直したほうが」

「今更なに言ってんのよ。決まった以上は責任持ってやんなさい」

「いや、それはまあ……えっ?」

状況が飲み込めず、井宿は全員を見渡す。それからもう一度、自分の手も眺めた。低い位置の『待った』は、この場合勝ちの手に見えないこともない。

「おっ……オイラがやるのだ?」

「負けたほうがやるとか失礼にも程があるでしょうが。勝ち抜きよ。まさか一発で綺麗に決まるとはねー」

それもそうなのだな、とうっかり納得しかけて、一気に冷や汗が出る。これは大変なことになってしまったような気がする。

「井宿なら大丈夫だろうさ、まあ……上手くやれよ」

とっくに拳を解いた軫宿が少しほっとしたように言って、硬直した井宿の肩を叩いた。






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