上手なクズの口説き方
「水上くん。俺はね、女の子が好きなんだよ」
「知ってますよ。あんたの女癖が悪いの、有名な話でしょ」
今しがた、「あんたが好きなんですけど」と自分に愛の告白をしてきた相手へ対し、開口一番に性的指向の話を始める。前提条件を理解されているものとして議論を始めた結果、途中で話が食い違うことはままあるからだ。
俺の話に彼は、何を今更、と鼻で笑った。
幸いにも彼は俺が異性愛者であることを承知しているという。どうやら自分の無節操な性事情は、彼のような高校生にまで響き渡っているようだ。ただの事実なのでなんの申し開きをするつもりもないが、万一にも鬼怒田室長や本部長の耳に入ったらと考えると少し面倒くさい。教育に悪いと叱られてしまう。この歳にもなって怒られたくはない。
それにしてもなぜ、彼が玉砕すると分かった上で、わざわざ俺への好意を明言したのだろうか。解せない。
「女を取っ替え引っ替えしてるって噂んなってますけど」
「取っ替え引っ替えもなにも、そもそも最初からその場限りのつもりだからなあ」
「あんた、いつか刺されますよ」
「男に生まれたからにはさ、やっぱちんこで気持ちよくなりたいじゃん」
「言い方」
俺の明け透けな発言に、彼の先程までの余裕そうな顔が少し歪む。水上くんだって分かるだろう。男の子なんだからさ。童貞かどうかは知らないが、十八にもなればさすがに自慰の経験がないわけはないだろう。
粘膜を擦って出してすっきり。
そういう単純で分かりやすい快感が好きだ。だから、男女のセックスが好きだ。
「だから水上くんが俺を好きって言ってくれるのは、まあ悪い気分ではないんだけど、お付き合いをするつもりはないんだよね」
だって気持ちよくなれないし。
主題、根拠、結論。
立派な大人である俺の、実に理性的な解説によって、うら若き少年の未来は守られた。
──かのように思えたが、存外彼は食い下がる。
「あんたにしては杜撰な証明問題やないですか。命題が足らへんとちゃいます?」
「は?」
「あんたは女が好き。男はちんこで気持ちようなるのが好き。だからあんたは男を好きにならん。……気持ちようなるのが女相手だけとは限らんでしょ」
とん、とん、とん、と彼が一つ一つの言葉を区切るのに合わせ、デスクを指先で叩いた。
「ちんこ気持ち良うなるんやったら、男のケツでも足りるんとちゃう?」
「……えっ、そういうこと?」
目を見張って、彼の顔をまじまじと見つめる。彼は依然として俺の顔を涼しい顔で眺めていた。その発言内容とは似つかわしくない、随分と冷静な表情だ。
「水上くんは、俺に抱かれたいの?」
「さっきからそういう話をしとんねんけど」
なるほど。前提条件を誤解していたのはどうやら自分の方だったらしい。
てっきり性欲を持て余した男子高校生が血迷った話かと思っていた。えっちなお姉さん相手に童貞を捨てたい妄想がエスカレートして、えっちなお兄さんを代替品にしたのかとばかり。
「はあ……なるほどなあ……」
気持ちよくなるなら、アナルセックスでもべつにいいとは思う。女性相手なら経験はある。ただそのときは、わざわざこっちじゃなくていいな、という感想を抱いただけだ。
けれど。
彼は上背があるし、いくら視力が悪い俺でも女の子と見間違えることは出来ない。おまけに脂肪もないから女体のような柔らかさとはかけ離れている。
「勃つかなあ、俺」
顎に手を当て独り言のように漏らした言葉に、彼がふと息を吐くように笑みをこぼす。
「あんたの頭のネジが外れとって助かるわ」
「君、もしかして俺が何を言っても傷つかないし怒らないと思ってる?」
「同性を抱くことへの嫌悪感も、未成年に手を出すことへの抵抗感も頭にない、ただ自分の快楽しか考えとらんクズでしょ」
「そのクズに告白しといて、すごい言い草だ」
今しがた好きだと告げた相手に対してそこまで言うのは、流石の俺もどうかと思う。怒りはしない、呆れるだけだ。俺の内面を知っても変わらない、彼の趣味に対して。
「あんたがクズやから俺にも望みはあるんやし、まあ御の字やな」
一体なにが御の字だというのか。まるで勝算があるかのような言葉に訝しむ俺を見て、彼は「自分で言うたくせに分かってへんの」と呆れるように言った。
「勃つんやったら、俺を抱いてもええってことでしょ。こうなったら何がなんでも欲情させて、後生やから抱かしてくれって頼み込むまで惚れさせたるから覚悟しといてくださいよ」
そう啖呵を切る彼の顔を、オフィスチェアから見上げる。
なるほど、恋愛感情よりも先に性欲で心を動かす方が最善手だと思われている。間違っちゃいないし、たしかに俺を攻略するには正攻法だとは思うけど。
「仮に俺が色情と慕情を勘違いして君を抱きたいと考えたとして、それは君にとって望ましいことなのかな」
「願ったり叶ったりですわ。真正面から行ったって女にかなわないんだから、使えるもんは全部使わんとあかんでしょ。勘違いなんてなんぼでもしてください」
「なるほど、合理的だね」
「妊娠の心配もないし、身体も丈夫なんで多少雑に扱ったって文句言わん。おまけにあんたのカスみたいな内面も承知の上ですよ。こんな良物件、そうあらへん」
「……うん。ちょっと興味が湧いたな」
「でしょ」
水上くんは、隊の輪にいるときにも、同い年の学友の間でも滅多に見せない、挑発的で悪い顔つきでこちらを見る。
その顔に俺は、(ああ、この顔が快楽に歪むのは、少し見てみたいかもしれない)と、知的好奇心がわずかに疼くのを自覚したのだった。