小説
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If 猫を拾う話



If もしも夢主が出会ったのが一松だったら
過去拍手文です。唐突に終わる



「あ……、猫」

仕事からの帰り道、住宅街の塀の上で三毛猫が歩いているのを見かけた。猫は好きだ。可愛いしふわふわで気持ちいいし、何より気まぐれなところがたまらない。小さいころはよく野良猫に餌をやったり、全身撫でくりまわしてノミをもらったりした。猫の思い出は大体母からの説教がセットだったなあと、遠い昔に想いを馳せる。

「おいでー」

舌をちちちと鳴らして、猫の気を引こうとする。こちらを、くりんとした丸い瞳で見つめる猫。夜だから目が大きくなってるなあ。かわいい。首輪をしていないけれど、割りかし毛並みが整ってるから飼い猫かな、それとも誰か、世話をしてくれる特定の人がいるのかもしれない。

「にゃー」

気を引きたくて猫の鳴き真似をすると、驚かしてしまったのか、不快にさせてしまったのか、猫が塀をぴょんと飛び降りて、私の来た方向へと走っていく。あ、行っちゃった……。思わず振り向いて猫を目で追うと、紫色のパーカーを着た気怠げな青年が、私の5mほど先に立っていた。
び、びっくりした……。誰もいないと思っていたから、猫の鳴き真似なんてしてしまった。恥ずかしい。聞かれてしまっただろうか、……この距離だし、まず間違いなく聞かれてしまったよなあ。

「は、はは……」

気まずくなってしまって、照れ隠しに半笑いで会釈をする。とんだ不審者になってしまった。恥の上塗りだ。
彼に懐いているのか、それとも彼が猫に好かれやすい質なのか、猫は彼の履いているジャージに全身を擦り付けて甘えている。いいなあ。私もされたい。

「……なに?」

猫をじっと見つめていると、彼に話しかけられた。低い声が、私の鼓膜を揺らす。じっとこちらを見つめるその視線に、何だかぞわりとして、思わずびくりと身体を揺らしてしまった。

「あ、あー……。猫、可愛いですね」

にへらと笑って、動揺を誤魔化す。ううん、やっぱり私、不審者だ。普段なら知らない人にも営業スマイルでにこやかに挨拶できるのに、どうにも彼相手には上手く笑えなかった。
変なの、もう今日は帰ろう。少し自分を不思議に思いながら、ここを立ち去ろうと決める。

「ごめんなさい、私、それじゃ」

身体の向きを変えて、家の方角へと足を進める。猫と戯れられなかったのは仕方ない。あの三毛猫、また会えたらいいな。


「お姉さんさあ、」

背後から声がかかった。さっきも聞いた、あの低声。振り向くと、ばちりと彼と目が合った。頭の中を読まれるような、心の中を覗かれるような、そんな視線に射抜かれる。

「……猫、飼う気ない?」

青年がにやりと笑う。肌が粟立つのを、感じた。