小説
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クリスマスの話



※2人が出来てる
※おそ松は童貞ではない


松野さんの胸に背中を預けながら、テレビのリモコンを弄ぶ。チャンネルをころころと変えてみたけれど、どの局も連ドラの最終回を放送していて全くストーリーが分からない。
適当に選んだ民放に落ち着いて、どんな関係だか分からない男女2人の結末を見届ける。液晶の中、彼らは感動を演出するBGMを流しながら、雪が降る屋外、イルミネーションの下で口づけをした。あー、クリスマスだからドラマもそれに合わせているのか、なるほど。
年末の多忙ですっかり忘れていたけれど、世間はクリスマスシーズンであった。

「松野さん、そういえば24日、休み取れたんですけど」
「あ、そうなの?じゃあ折角だし、どっか遊び行く?」
「そうですねえ、どこか行きましょうか」
「俺さ、こないだのバイトの給料出たんだよね。だからその日は俺が何でも買ってあげちゃうよ」

彼は机の上に置いた財布から一万円札を数枚取り出し、人差し指と中指でひらひらとお札を泳がせる。そういえば、最近交通整理のアルバイトをしたと話していた気がする。彼氏だからねと誇らしげに言う彼が微笑ましくて、彼氏ですもんねと笑いながら返した。

「なんかさ、欲しいものとかないの?」
「欲しいもの……うーん」

そう言われてもぱっと思いつかない。欲しいもの。食器用洗剤とサラダ油がそろそろ切れそうなことを思い出したけれど、求められている答えはこれではない。第一、本当に必要なものは背中をぴったりくっ付けてすぐ後ろにいるし、特にこれといって欲しいものはなかった。

「無いなら俺が勝手に好きなの選んじゃうけど」
「え」

松野さんが私にプレゼントを選んでくれるなら、それがいい。思わずばっと振り返って彼の顔を見つめる。

「目ぇキラキラさせちゃってー。そんなに嬉しい?」
「嬉しいです」

だって、松野さんがわざわざ私のために選んでくれるだなんて、それ以上のものはない。ついさっきまでただの休日程度に思っていた24日が、急に待ち遠しくなって、顔がにやけた。

  ◇

「か、可愛いですけど、こんなに女の子らしいのやっぱり恥ずかしくて無理です!!」
「俺しか見ないんだから良くない!?可愛いから大丈夫だって!可愛いから!ちゃんと見せてよ!」
「恥ずかしいこと連呼するのやめてください……!」

私たちは、ショッピングモール内の女性衣服のブランド店に来ていた。松野さんがよくこんなお店知っていたなと感心するのもつかの間、私は試着室に押し込められ着せ替え人形にされている。
試着室からなるべく姿を見せたくなくてカーテンをひっぱる私と、カーテンをめくろうとする松野さん。カーテンが傷むことを気にしてしまった私が必ず先に手を離すので、結局着替えるたびに松野さんに軍配が上がっている。
店員の女の人ににっこりと見られていて、すごく恥ずかしい。
ふわふわの素材で作られたルームウェア。手触りの良いパーカーとプルオーバー、それからショートパンツ。確かに可愛い服だと思うけれど、自分が普段着るのだと考えるとちょっと待ってと言いたくなるのも仕方のないことなのだ。現に今試着室の鏡を直視出来ない。

「俺が選んだのが欲しいって名前ちゃんだって言ってたじゃん、文句言うなよ」
「う……」

たしかにそうだ。そう言っておいて、彼の選んだものに恥ずかしいだの何だの言うのは失礼だったかもしれない。

「んー、寝巻きならフードない方がいいかな……」

松野さんはそれからしばらくプルオーバーとパーカーを見比べて、レジへと足を運んでいった。プレゼント用でと言う声が聞こえたので、包装してもらっているのだろう。

「へへ、名前ちゃん今日からこれ着てね」
「はあい……」

さっきまで纏っていた、ふわふわのもこもこで女の子らしいデザインのそれを思い出して、いまから少し恥ずかしくなる。毎晩あれを着るのだと思うと、色々な意味でドキドキしてしまった。顔が熱い。

店を出て松野さんへのプレゼントを選ぼうとすると、「今日は全部俺が出すから駄目」と突っぱねられてしまった。後日購入して渡すのならかまわないらしい。先に言ってもらえば、前もって買っておけたのにな。よく分からないけど変なプライドがあるのだろうと勝手に納得して、足を進めた。松野さんが乗ったエスカレータの次の段に飛び乗ると、高低差で彼と私の視線が合う。普段は私が見上げているから、なんだか変な気分だ。

「名前ちゃんさ、夕飯、何か食べたいのある?」
「食べたいの、ですか?うーん……」

クリスマスだし、折角ならそれらしいものを食べてみたいかもしれない。フライドチキンやローストビーフ、ローストチキン、ブッシュドノエルといったたくさんのクリスマスらしい料理を頭に思い浮かべる。最近はシュトーレンなんてのも見かけるし。ああ、でもやっぱり。

「ショートケーキ、ホールで食べたいです」
「ホールって、丸ごと!?」
「あ、いや、流石に2人で半分ですよ?」
「2人で半分こでも結構十分な量じゃない!?」

普段そこまででもないのに、甘いものになるとよく食べるよね、名前ちゃんって。彼はそう言って笑う。
スーパーで適当なオードブルを購入したあと、併設されているケーキ屋で4号のショートケーキを買う。真っ赤な苺が4つ乗って、雪のような生クリームできれいにデコレーションされた、オーソドックスなショートケーキだ。正直5号でも食べきることが出来そうだったけれど、カロリーを少し気にしてしまった。

あとはもう家に帰るだけだ。松野さんが買ったものを全て左手に持って「はい」と右手を差し伸べてくるから、私もそれに応えて左手を差し出して手をつなぐ。さりげなく車道側を歩いてくれるところが、優しくてかっこよくて、なんだかずるいなあと思ってしまう。

二人で手をつないで、静かな住宅街を並んで歩く。普段こんな風に二人並んで歩くことは無いからなんだか浮かれてしまう。デートみたいですねと言ったら、みたいも何もデートでしょと呆れられてしまった。そうだった。私たち、デートしてるんだ。

「あー、そうだ。コンビニ寄っていい?」
「はい、何買うんですか?」
「うん、まあちょっと」
「何か買い忘れてましたっけ」
「ゴムが、切れてたなーって」
「ゴっ、……あ、う、……はい」
「だから最初誤魔化してあげたのに。大体さ、今更照れることでもなくない?」

呆れたように言われたけれど、だって仕方ないじゃない。見る限り人がいないとはいえ住宅街だし、小声で言われたって恥ずかしいものは恥ずかしい。

「今日必要でしょ」

当たり前のようにそう言う彼の言葉を、肯定も否定もせずに俯いて沈黙で返す。

「要らない?」
「……要ります」
「使わない?」
「……使いますってば」

ねえ、これ、わざとやっているでしょう。意地が悪い。睨み付けても彼はどこ吹く風で飄々としていた。

「やっぱパーカーにすれば良かったかなー、脱がせやすいし」

無言で彼の足に蹴りを入れた。ふくらはぎに当たったそれに、彼が思わずよろける。

「いってえ!名前ちゃん最近、足癖悪くなってない!?どこで覚えてきたの!?」
「この間チョロ松さんに教えてもらいました」
「あいつかよ!」

仕返しにと髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でられる。

幸せだと、そう思った。松野さんと二人でこうして並んで歩くことが、彼に贈り物を選んでもらうことが、後ろめたい思いをせずに彼の家族の話を笑ってすることが、全部嬉しくて幸せで、左手に繋がれた彼の手を強く握りしめた。幸福を噛みしめるように、強く、その手を握った。