小説
- ナノ -




おだいじに!みずかみくん



体力馬鹿の同い年一般人男主と、彼に絆されてしまった水上の話



「み、水上……?」
「……」

 へんじがない。ただのしかばねのようだ。

「なあ、水上。起きてるよな?」
「…………」
「さとしくーん、こっち向いて?」
「………………」
「ごめんほんとに俺が悪かった。だからお話しよ?」
「うっさいわ揺らすなアホ……」

 あまりに反応がないので、うつ伏せで丸見えの背中を揺らしたところ、枕に突っ伏したままの水上の顔のあたりからようやく不機嫌を露わにした返事が戻ってきた。いくら機嫌が悪いと言えど、ガラガラに掠れた声は普段の彼のそれとは全く異なるものだ。こんな声になるまで水上の声帯が酷使されてしまったのは、ひとえに昨晩行われた苗字とのセックスが原因だった。

 半日ほど前に迎えた誕生日に、愛しの恋人から「今日だけお前の好きにさせたる」と許可をもらったので、苗字は言葉を額面通りに受け取った。それはもう、好きにさせてもらった。体力の限り、欲望の限りにめちゃくちゃにした。
 当然ながら、自他共に認める体育会系馬鹿である苗字名前の体力と水上敏志の体力には、天と地ほどの差がある。それは、両者ともに理解していた。していたからこそ、いつもは苗字も多少なりとも慎んでいたのだ。けれど、今回に限ってはタガが外れてしまったのだから仕方ない。むしろ苗字のタガを外したのは水上と言ってもいい。その結果がこの有り様だった。健全な男子高校生の性欲などそんなものだ。

「猿のがまだなんぼか理性あんで」
「だ、だってさあ、『好きにしていい』なんて言われたらさあ……」
「言うに事欠いて言い訳か?」

 だが苗字ばかりを一方的に責められるわけでもない。水上だっていつもの行為の際、あれでも苗字なりに自分の身体に合わせていることを、苗字に我慢を強いていることを自覚していたからこそ、今日ばかりはと申し出たのだ。ただ、水上が見積もっていた以上に苗字の体力も精力も果てがなかったのが、唯一の誤算だった。まさか買い置きのゴムを一晩で使い切るなんて誰が予想できるだろうか。
 水上は猿の方がマシだと言うが、苗字もけして獣ではないので、自分だけが気持ち良くなるというような一方的な行為をしたわけではない。すでに何度も身体を重ねて、水上の弱いところは身体で覚えていた。だから、自分も相手も、互いが気持ち良くなれるように、彼なりに心がけたのだ。せっかく許可を得られたから、いつもは出来ないくらいじっくり手間と時間をかけて。結果的にそのせいで水上は地獄を見る羽目になってしまったのだが。

「ちょっと、浮かれてしまって、我を失いました」
「なにがちょっとや限度ってもん考えろほんまに」
「ごめん……」

 枕に埋めていた顔を少しずらして、水上は隙間からちらりと苗字の顔を覗く。水上の視線が自分に向けられていることに気がつかないまま、苗字はすっかり萎縮してベッドのそばの床に正座していた。手を膝の上におき、うつむいてばつが悪そうな顔を浮かべている。反省すんなら最初からせんかったら良かったのにアホやなあ、と水上は自分の見積もりの甘さを棚に上げて脳内でぼやいた。

「……昼メシ、お前が支度せえよ」
「わ、分かった、買ってくる! なにがいい?」
「きつねうどん」
「もう食える?」
「まだええわ」
「そっか、腹減ったら言ってね」

 本日の主役であるはずの苗字を扱き使う所業だが、水上の昨日の献身を考えれば充分お釣りがくるだろう。おずおずとこちらに上目遣いを向けて、水上の顔色を伺う苗字は、さながらいたずらがバレて叱られたあとの子供か犬かのようだった。

「えっと今さらだけど、水上、ボーダーは平気? 今日何時から?」
「非番やなかったらあんなん言うわけないやん」

 実際はトリオン体へ換装すれば生身の不調など関係ないのだが、とはいえ生身がこんな調子なのを取り繕って人と会うのは御免被りたいし、苗字もトリオン体の仕組みなど知るよしもない。
 程度の差こそあれど、水上はこうなること――翌朝の自分が使いものにならなくなること――を想定していて、その上でこの無体を許したのだということは、いくら苗字でも理解出来た。その言葉にじわじわと愛おしさが込み上げてきて、苗字はたまらず水上の身体にすがるように抱きつく。情事の痕が残る素肌の背中にぺたりと額をつけ、目を閉じた。

「重い」
「水上。なあ、水上」
「繰り返さんでも聞こえとる」
「ありがとう。すげえ嬉しかった。今までの誕生日ん中で一番ってくらい幸せだったよ」
「……そら良かったな」
「俺、水上のこと好きだ」
「なんべん聞いたと思てんねん。知っとるわ、あほ」
「何回でも言いたいんだよ」

 付き合う前から何度も伝えてきては、水上に適当に流されてきた言葉を、苗字はめげることなく口にする。水上が観念して二人の関係が進展してからも、苗字は飽きずに繰り返してきた。何度目の告白かなんて、さすがに水上といえどもう覚えていない。

「なあ、痛いとこさすろっか?」
「……お前の身体、ぬくいから、そのまま腰ひっついとけ」
「ん、分かった」

 夏は暑いから離れろと引き剥がされていたが、この体温も役に立ったようで良かった。少し機嫌が直った様子の恋人にほっとして、苗字は口元を緩める。

「来年はもうちょっと手加減するから」
「次もまたおんなしもんもらえる思ってんねやったら、ずいぶん楽観的でええなあ」

 声が枯れるほどに抱き潰されて、腰をはじめとする全身が鈍痛を訴えていた。水上自身からは確認できない背中には、赤い跡が無数に散らされている。最中はもう金輪際こいつに主導権を握らせるかと決意した。
 けれどそれでも水上は、また来年の誕生日にも互いが祝い祝われる関係であることは否定しなかった。もちろん苗字本人には、絶対に口で伝えてやるつもりなどないけれど。


prev
next