08 「だからワリントンーー仕組みとしては…マグルのロボットってわかるかしら? あれもただの鉄の箱に様々な命令を設定して動かしているんだけどーーバッチにもそれを書き付けるだけ。スペルや文法が違えば効果はないわ」 「だーっ! マグルのことなんか知るかよ! ディアナが作ってくれたらいいだろ!?」 「それじゃあ あなたのためにならないじゃない」 バッチを作り始めて数日。大変難儀していた。ただでさえ力任せの体力馬鹿ーー失礼、細かい作業の得意でない類の青年が 硬貨ほどの小さなバッチを手に取り四苦八苦する図は目にみえていた。 細身のディアナが 身長も体の厚みも全然違う男の子たちに指導する図はかなり面白いらしい。離れたところで見物に決め込んだらしい友人たちはくすくすわらっていた。作っているものがどういうものかは知っているので大変興味はあるのだろうけど、デカブツたちに物を教えるほどの根気は持ち合わせていないとわかっている(身の程を弁えているともいう)ので、出来上がれば自分たちも参加するつもりではいるらしい。「それまではディアナに任せるわ!」とメアリはわらっていた。 「でもね、このアイデアが浮かんだということは貴方たちにはそれを作ることができる能力があるということなんですわよ。わたしでは到底思いつかないわ」 すごいわ!と煽てて持ち上げてはしゃいだふりをして、根気よく向かわせる。 魔法のかかった道具の仕組みは、パソコンのプログラミングにとてもよく似ていた。パソコンの言葉でもって的確に指示を刻む。魔法も同じでそれぞれが持つ魔法の力を1番載せやすい形の言語で指示を出す。呪いであれば古代エジプト、護りの呪文であれば古代ルーンといったようにそれぞれ特化した言葉というものがある。呪文を最大限発揮したいならば言葉とその言葉の成り立ちをある程度理解する必要はあるが、今回のようなジョークグッズ程度であれば普段使う言葉を杖先でなぞるだけで良い。そういう魔法の仕組みはとても面白いなと思う。浮遊呪文「ヴィンガーディアム レヴィオーサ」もあの呪文を唱えれば物を浮かすことができるわけではない。杖の振り、1番魔法を載せやすい言葉、魔法をどのように力に変換しているのかという理解があるからこそ、魔法になるのだ。 目の前の青年たちは6年生になってようやくその仕組みを理解したようで 作業はえっちらおっちらと進んでいくが、何如せん、スペルと文法がめちゃくちゃなのであと1週間は完成しそうになかった。ディアナは小さい頃のドラコの書き取りを思い出して 「そっくりね」と苦笑した。 「ディアナって スリザリンの女王さまなんだって?」 夕食の席、ここは大広間のスリザリンのテーブル。イノワンはにこにこして席に着いたディアナに話しかけた。 情報源は誰だと視線で探せば、ダームストラングの生徒をもてなしていたスリザリン生何名かが目をそらした。ディアナは後で指導してやろうと心にした。 「イノワンの家ヴぁロマノフ王家の出身なんだよ!」 「ポリアコフ、よそ見するとまたこぼす」 イノワンに釣られてか ダームストラング生も近くに座っている。魔法センスと運動神経は抜群だけれど頭の弱いポリアコフと ダームストラングの選手ビクトールも斜向かいに座っていた。イノワンはニヤッとわらった。3人は仲が良いようだ。 「とはいってもロマノフは歴代のツァーリ(王)によって血が多く分かれていたりするからね。血縁は意外といるんだ…」 謙遜するようにイノワンは言うが、ロマノフ朝自体が1920年頃まであった王朝だ。いまは1990年代…つい最近のことである。絶対権威のその王朝は近隣の国々へのパイプもしっかり持っており、治世では魔法界との交流も多かったそうだ。 「でも 民間で暮らすことになった皇子と 美しい姫君とのラブストーリーって素敵じゃないかな?」 「イノワンはロマンチックね。夕飯が冷めてしまいますわよ」 そういうとイノワンは大人しく夕食を食べ始めた。以前の「食事中はお口にチャック」を覚えたらしい。ディアナと食事をとるときは極力話しをしなかった。 代表選手に選ばれてアプローチするつもりが、ビクトールが代表になったので イノワンはあの手この手でディアナの気を引こうと頑張っていた。ディアナは「親はそのつもりで進めていて申し訳ないが、その手をとることはできない」と話してある。それに対して「ヴぉくがここにいる間で 気が変わるかもしれないじゃん?」と答えたイノワンに、友人のメアリたちからの人気は急上昇である。 「ビクトールも素敵だけど、ハリー・ポッターが選出されるくらいだったらダームストラングから貴方も選ばれるべきじゃない?」 「2人選出の、チーム戦なんて素敵じゃない」 「いやいや 1人で試練に立ち向かってこその栄誉だぞ。他校の皆様にはすまないことだが、ハリー・ポッターは入学した当初から度を越した目立ちたがり屋でな…」 そのまま悪口大会となってしまったので、ディアナは手早く夕食をすませて図書室へと急いだ。スリザリンの目の敵としているグリフィンドールから ハリー・ポッターが選出され、しかも2人目だということで扱き下ろされているが 気の毒だなとは思うがディアナの知るところではない。皆がこの話題を延々としているので胸焼け気味なので出てきたのだ。それにシニストラの課題もある。 まだ夕飯時で、図書室は空いていた。芳しい重厚な書籍たちの香り。参考図書に数冊選び出し、席についた。 ディアナの他に気配がなかったはずが、目の前の席が引かれてイノワンが座る。めくった本から目を離さないで ディアナが声をかけた。 「そのうちストーカーって言われますわよ」 「ビクトールとポリアコフからヴぁもう言われてる」 にこにことイノワンが1冊の雑誌を取り出す。『星を編む』ーー天文やその分野の学術関係の 魔法界の雑誌である。その雑誌をめくってあるページを指差す。そこにあるのはディアナがシニストラと共同で寄稿した論文だ。初めての投稿ということでシニストラが研究していた 宇宙と予知の力関係についての観察と考察をいっしょにさせてもらい、アプローチの仕方を教えてもらった。夏の休暇間のディアナの夢の内容もデータとして載っている。ディアナの目の前でこの雑誌を出したということはイノワンはディアナの能力に気付いたということなのだろう。 「ロマノフの皇子様は市井のコアな雑誌をお読みになるのね?」 「市井だなんて…ちゃんとした学術雑誌じゃないか。ニコライ2世の四女アナスタシアを知っているかい? 一家殺害の際に逃げ延びたというーー祖母なんだ。彼女には通常の開心術以上に心を詠む能力があった」 イノワンがあちらの言葉で囁いた。とても重要な秘密を打ち明けるように。 心を詠む能力というのは先天的なものと後天的なものがある。他者の意識を意図せずとも読み取れてしまう者と 意識して他者の心を抉じ開ける者ということだ。どちらも相当のセンスがなければ扱えない。ヴォルデモートは後者だった。イノワンの言っているアナスタシアは前者ということだろうか。そしてイノワンにもその片鱗があるーーということなのか彼はにこにこと愉しそうにしている。 「その通り」 イノワンの人懐っこい笑みが一層深くなる。 このような特殊能力者は普通他者に能力を明かさない。いくら魔法界といえども希少で稀有な能力で、長い歴史のなかでは畏怖や迫害の対象になってきたからだ。服従の呪文によって悪用されたという文献もある。 このことからディアナの予知夢についても 後の能力者の安全のために詳しい資料はのこっていないのだ。ブラック家に何人か居た という話は残っている。しかし外部からしたら名前は定かではないし、本人の日記すらない。 ディアナが神秘部で研究したいのはこの分野だった。魔法でもない魔法のような能力。そのメカニズムが、自身の能力の起源が知りたかった。 「残念ながら母には遺伝しなかったけど、姉3人とぼくには受け継がれてる。コントロールする術も。君の役に立てると思うんだけど?」 いくら気に入った女性だからといって、一族秘伝の情報は教えないだろう。愛想が良すぎて むしろ怪しく見えてきたイノワンの笑みに、ディアナは同類のものを嗅ぎ取った。 「その心は?」 「君は反ヴォルデモートだ。僕も家族の安全ためにその情報がほしい」 ディアナが闇の勢力に身を寄せながらも反するために情報収集をしていることを 読んだのだろうか。見極めるようにその灰色とも水色ともつかない瞳をみつめる。 イノワンは息をついて肩をひそめた。 「そりゃ疑うよな、やはり君は賢い。 大丈夫だよ、君の閉心術は完璧だ。姉弟のなかで1番能力が強いぼくでもはっきり詠めない。反ヴォルデモートのことは鎌をかけたんだ…でも当たってるだろ?」 ポリアコフの野生動物なみの直感でも 君はすごくいい人って言われてるんだぜ、とよく分からないことを言われた。これは褒められているんだろうか。 「敵ではなさそう、ということはわかりましたわ」 「それは光栄だね。 あ、求婚は本気だからね。魔法薬学の先生と 代表選手のハンサムな方の殺気 どうにかならない?」 「あなたの腹黒さに気付いたんじゃなくて?」 「ダームストラングいち 愛想のいい僕が、バレるわけないじゃないか」 そういうところだ、とディアナは言わないでおいた。 |