12



シリウスは ハッとして背後を振り向いた。
勝気そうなブルーエメラルドの瞳、陶磁器人形(ビスクドール)のような白い肌、シルバーブロンドの髪、そしてスリザリンカラーのローブ。
以前にサンドイッチをくれた女子生徒だ。いや、くれたというか我を忘れて奪ってしまったというか…。アニメーガスの姿をとっているのにこちらの正体を知っているようだったので警戒していたが、居眠りをしている間に背後を取られた。

(なんてこった…)

後ずさりをして逃げようかと思ったが、影が縫い付けられたように犬の体はその場から動かない。何か魔法でもつかったのかと、女子生徒の手元を見るが、杖は手にしていない。


「前に言ったわよね、ブラック」


緊張のせいか自分のひくひくと口の端が痙攣しているのを感じた。凄まれているのもあって後ずさりたいのだが…動けない。こんな小娘に俺が気圧されているのかとシリウスは驚愕した。その時シリウスは学んだ、人間はパニックになると体はばたつくのに頭は冷静に分析しだすのだと。


「大人しくしてなさいと言ったのに この駄犬!」

急に大声で叱られて、身体が縮こまってしまった。蜘蛛の巣が張った古びた室内に埃が舞った。
ここは叫びの館。冷えて澄んだ空気の中で窓から入り込む日差しに、飛んだ埃がきらきらと反射している。
両腕を組んで じとり、と睨みつけるような視線にシリウスは渋々変身をといた。


「…なぜ俺だとわかった」
「別に。予言者なだけですわ」

少女から視線が逸らされる。
予言者ーー未来を視ることのできる能力を持った者のことだ。シリウスの血縁にもたまに出る能力なので、この少女とはどこかで血が繋がっているのかもしれない。
どうやら、シリウスの情報を魔法省に売り込む気はなさそうだ。売るつもりだったら、前回接触した時に既に通報しているだろう。今までシリウスが捕まっていないということは、そういうことなのだ。

「前はファットレディを切り裂き、次は合言葉を盗み出して、その次は窓から入ってカーテンを切り裂いてーー? やるならもう少し上手くやりなさい」
「合言葉は別に盗んだわけじゃ…クルックシャンクスが持ってきてくれて」
「言い訳しない!」

シリウスは肩をひそめた。


「可哀想に…ロングボトムが とばっちりで酷く叱られて。監督生の仕事も貴方のせいで大幅に増えているんだけど?」
「君は監督生なのか…? いや、悪かったよ。でもやらなくちゃいけない事があるんだ…予言者ならわかるだろ?」


ぴたりと口をつぐんだ少女を見て、シリウスは気を良くした。よく見れば綺麗な女の子だ。スリザリン生なのは気に入らないが上手く言いくるめば助けになるかもしれない。ブラック家に未練があるわけではないが、血縁者であることも少し心強かったりする。


「なぁ君…よかったら俺を助けちゃくれないか。全てが終われば責任は俺がもつ。だから…」
「いいわよ。そのつもりでここに来たんだから」


ネズミを捕まえればいいのね?
口の端を上げて笑うその表情は、正しくスリザリンだった。


「…いいのか?」
「貴方も好都合でしょ? 猫ちゃん以外に人の手が欲しいんじゃない?」

クルックシャンクスはネズミを狙いすぎたせいで、飼い主が哀しむからと直接の手出しをしなくなってしまった。そして先日 グリフィンドール寮に忍び込んだ件で警備はより強力になっている。猫の手も借りたい…いや、実際に猫はいるんだけど…誰か他に協力者が欲しいのは事実だった。だけど、こうもあっさりと協力者が現れるとは思わなくて拍子抜け…というよりは疑ってしまう。
目の前の少女はそんなシリウスの胸の内を透かしたかのように、ふふん と笑む。


「ネズミを捕まえることでわたしにもメリットがあるのよ」
「君のメリットが見当もつかないんだが…?」
「そこまで言わないといけないのかしら?」


わたしは貴方に何も聞かないであげてるのに?と態とらしく少女は小首を傾げた。予言者だから聞かずとも知っているだろうに、食えない小娘である。


「ディアナよ、よろしくお願いしますわ」
「シリウス・ブラックだ。お手柔らかに頼むよレディ」

アニメーガスが解けてしまったシリウスの手を、ディアナがとって立たせる。自分の肩ほどの背丈しかない華奢な少女であるのに、先はどの気迫はなんだったのだろう。

「レディじゃなくてクイーン(女王様)な方がよかったりする?」


ブーツを履いた脚で容赦なく脛を狙ってくるあたり、嫌いな純血主義の貴族様ではないだろうと シリウスは1人安心した。









戻る
/

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -