01



そういう夢を見るときはいつも少女は華奢な猫の姿だった。
幼い頃は意識だけでふわふわと浮かぶゴーストのような存在で眺めていたが、「かわいくないなあ、子猫にでもなれたらいいのに」と考えた時からこの姿になっていた。
濃い灰色が、意識体という存在だからか よりシルキーでキラキラとしたビロードの毛並みの まだ幼い猫だ。




「探せ」

ぜぃぜぃ、とも シューシューともつかない、渇いた空気が通る音が混じる男性の声。声というよりは音のようだった。聞き覚えがあるような気がして子猫はその声の主を探す。


「しかし我が君、グリンゴッツよりも安全な場所なんてどこに…」

重ねて聞こえるのはまだ若い男の声。
猫の両目で暗闇を見透すと、神経質そうな男が自分の両肩を強く抱き、怯えた表情で打ち震えていた。なにか、とてつもなく怖い体験をしてきた後のような…よく見ればその服装はあちらこちらが汚れ、破け、焼け焦げている。

「考えろ。あるではないか、お前の近くに。あそこであろう」

辺りを見渡しても、この渇いた声の主は見当たらなかった。強いて言うなら、声自体は同じ場所から聞こえる。
おかしなことだ。男に顔は2つないのに。取り憑いている?呪っている?いや寧ろ 少女と同じ存在だとか?

怯える男性を見つめていると、空間が切り離されたように音が遠ざかっていき、足下のタイルが崩れるように子猫は逆さに宙を落ちていく。

(ああ、この夢はここまでなのだ)

子猫はゆっくりくるくると回り落ちながら、同じように辺りを落ちていくものたちを眺める。

多くの羽ペンや教科書たちに混ざって、
真紅の列車、宿り木が絡まった黒い男、目が6つある大きな生物、大蛇が石を呑んで生まれ出るーー駄目だ、落ちる速度が増してきてこれ以上は周りを見ていられない。
最後に稲妻が走って、少女はその眩しさに堪らず目を閉じた。



目を開くと、見えたのはいつもと変わらない自室の天井だった。体を横たえるベッドはマットもシーツも全てが一級品で、ディアナのための特注だ。ベッドだけでなく、この部屋のものほとんどがそうだった。
庶民の感覚を持ち合わせるディアナにとってはとんでもない待遇なのだけど、ここは魔法界の名家マルフォイ家。十数年生きていたら「ここはこんなものなのか」と少しずつ慣れてきてしまった。
乱れる呼吸と、まだ夜明けの涼しい時間帯だというのにじっとりと纏わりつく汗のせいで、普段は肌触りのよいシーツはじんわりと湿っていた。
上半身を起こし、額に張り付くプラチナブロンドの髪を掻き上げて夢見の悪さを吐きだすように息をつく。


愛する弟のもとに、ホグワーツから入学許可証が届いたのは昨日のことだ。
昨夜は興奮冷めやらない様子だったので、今朝はお寝坊さんだろうか。それとも楽しみすぎて今朝もはやくに起きて来て、父と母に学用品の買い出しのスケジュールを取りつけるのだろうか。
忙しい父は、渋い顔をしながらも他の用事を後回しにして時間をつくるのだろう。厳しくしながらも弟には甘い父だから。
母も入学するまでに成長した弟の、はしゃぐ姿を見て1日にこにこしていた。

新学期が近づくにつれて、この夢の内容はどんどん鮮明になってくる。ましてや今回のように「覗き見」をするように声やシーンが見られたのは今までで初めてだ。

弟のドラコが入学する。ということは例の男の子も入学してくる。
物語が はじまってしまうのだ。


先7年は、大変な日々になるのだろう。
何があっても、結局は自分と愛する家族が 手の届く範囲の大切なひとが無事であればよい。
マルフォイという立場上、物語の中で無事でいることは難しいだろうが、家族を守るにはディアナが立ち回るしかないのだ。


(…じぶんにできるのか?)


後の平穏のためにはやるしかないのだ。マルフォイ家としての人脈や高い魔力というオプションがあるからって、なんてハードモード。
新学期からの気分が上がるように、新しい羽ペンでも強請ろうと決めた。

「あとフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームよね」

今年の夏の新作はなにかしら、気分を盛り上げるように わざと出した声が、どこか寒々しい。
新学期はすぐそこだった。










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