02 ハリーにとって、ホグワーツでの生活はとても魅力的なものだった。なにしろダーズリー家のように窮屈ではなかったし、魔法界という夢のような世界にふれられたのだから。それに親しい友人ができたことも大きい。これをロンに伝えると、髪の毛と同じくらい 耳まで赤くなっていた。 そんな中でも憂鬱なのが、ホグワーツの迷路のような廊下である。動く階段なんてものもあるので、ハリーたち新入生は目的の教室にたどり着くことでいっぱいいっぱいだった。 「ハリーやばいよ、あと5分しかない!」 「そんなこと言ったって、」 ここどこだよ、という言葉を必死に飲み込んだ。迷いやすい教室だと聞いていたのでずいぶんと余裕を持って寮を出たはずなのに、ハリーとロンは未だ教室にたどり着けていなかった。 入学して早々遅刻魔の名は欲しくない。弱音を吐くよりは道を探す方が先決だった。 とりあえず目の前の角を曲がろうと足を向けた時だった。 「こんなところで何をしているの?」 涼やかな声だった。 振りかえると、とても綺麗な女の子が怪訝そうにこちらを見ていた。シルバーブロンドの髪は編んで後ろへと軽く流され、エメラルドの瞳は 髪と同じ色の長い睫毛に縁取られている。肌は雪の精のように白かった。古びた廊下に舞う空気が窓からの陽射しにキラキラと輝いていて、それも相まって少女はおとぎ話の妖精のお姫様のようにうつくしかったのだ。 隣でロンが惚けていた。ローブはスリザリンカラーだったけど、ハリーも各寮の確執を忘れるくらいの衝撃だった。 「えっと、僕たち魔法史の教室に行きたくって」 ハリーがなんとか返事を返すと、女の子は合点がいった様に表情を和らげた。 「1年生ね?それなら2つ下の階よ」 彼女はそう言って杖を空中で振り始めた。 すると杖先から白銀のインクのようなものがスルリと出て、ハリーたちの目の前に地図を描かれていく。 「今はここ。わたしの後ろにある階段を降りて、降り切ったら足を踏み鳴らしてみなさい。もう1つ階段が現れるから」 そこからは壁に案内が出ているわ、と彼女は杖を真横に振って地図を掻き消した。その動きに見惚れていると「遅刻するわよ、ルーキー」と声をかけられ、慌てて階段を降りた。 彼女の言う通り階段は出現したし、廊下には彼女が空中に描いたのと同じインクの文字で矢印が示されていた。 画して無事に授業に間に合ったのだが、グリフィンドールに戻ってそのことをフレッドとジョージに話すと、2人は浮かれたような顔をしている弟を見てニヤついた。 「それは スリザリンの麗しの姫君ではないだろうか?」 「ロン、恋をするには相手が悪いぜ」 マルフォイ家のご令嬢ーーあのドラコ・マルフォイの姉だというのだ。 学年は双子と一緒。その容姿に加え 成績は学年1位、スリザリンにしては性格も(かなり)良くて、憧れを抱く輩は多数。それにも靡かず偉ぶらない姿がまた好感を呼ぶのだとか。 同じ学年の双子はミス・マルフォイの逸話(しつこく言いよった上級生を魔法でノックアウトしたらしい)をロンに聞かせていたけれども、ハリーは別のことが気になっていた。 ハリーたちが彼女に会ったのは、始業式で校長が注意喚起をした4階だったのだ。ハリーたちは迷ってあそこに辿りついたが、彼女はあんな所で何をしていたのだろう。 ダイアゴン横丁で出会ったいけ好かないドラコ・マルフォイの姉だなんて…いい人にみえたけど、本当は何かあるのではないだろうか。ハリーは湖面のような、青みの強いエメラルドの瞳を思い出していた。 「教授、お茶に誘われにきました」 「Ms.マルフォイ、我輩は君を誘った覚えはないのだが…。授業は?」 「空き時間ですわ」 ディアナは微笑んで手土産のリーフパイを手渡す。いつもの流れで受け取ってしまい、自然とエスコートをするために手を伸ばす。無意識に部屋への侵入を許してしまった。 「わたし教授の淹れたダージリン、すきです」とソファに座ってにこにこしているディアナをみて、怒る気も削げてしまい、疲れたようにため息をもらす。 ディアナはそんなセブルスを気にした様子でもなく、持参した図書館から借りてきたであろう防衛術の本をひろげてお茶を待っている風だった。 …こんなのが3年続いている。 ディアナにも紅茶を淹れてやると、喜んで口をつけた。 「例のハリー・ポッターに会ったんですけど…」 カップ越しにブルーエメラルドの瞳とかち合った。 「普通のおとこのこでした」 「ただの子どもだ。メディアに誇張された噂を信じていたのかね?」 「いえ、教授がいびっているのはどんな子なのかとおもって」 ディアナは思い出すようにして空中にイナズマの形をなぞった。ポッターの額の傷の形である。 「まるで帝王に『僕はここだ』と言わんばかりのマークですわね」 そのセリフに引っかかるものを感じてセブルスは目を細めた。 「…君はあの方が生きている と考えるのかね?」 「帝王の骸を見た者はいませんし、否定できませんわよね?」 ディアナはセブルスが発するピリリとした空気を物ともせず、優雅にアンティークのカップを傾ける。 なにを企んでいるのかと探るような黒い瞳がディアナをうつす。それを可笑しそうにディアナはわらった。 「あなたが秘密をもっているようにわたしも秘密をもってます。1年のときに『そこまで仲良くない』と撥ねつけたのは教授じゃありませんか」 イーブンだと言えば、どこがだ とセブルスは内心悪態をついた。 ディアナの話し振りからいってこちらの状況を掴んでいるようなのだから、セブルスとして劣勢もいいところだ。 ディアナは予知夢の内容を話すかわりに、ダンブルドアに予知の情報源が自分であることを教えないでほしいという。 先のグリンゴッツ襲撃の情報をダンブルドアに話すと、随分と訝しげな目で見られたこともありそれを思い出してセブルスは額に青筋を立てる。 しかし、ディアナの話す予知夢は正確性が高いため無碍にもできない。 セブルスが忌々しそうに呻くと、ディアナはたのしそうに口の端を上げた。 その口元を隠すようにカップに口をつける。 「4階をみてきたのですが、ケルベロスってピットブルテリアみたいなんですのね」 「始業式でダンブルドアが近づかぬよういったはずだが?」 「あら、そうでしたかしら」 シラを切るように、目の前の少女は澄ました顔で受け流した。 ポッターの、メディアの噂を信じていたのかと聞かれた時に「あなたが身を捧げてまで守る価値があるのか疑問だ」と素直に言ってしまいそうになった。だって、ポッターは本当にただの、ありふれた男の子なのだ。酷な運命すぎる。 ディアナがセブルスのダブルスパイについて知っているのは前世の記憶があるからであって、他の何者でもない。でもそんなことを話したって怪しまれるだけなので、たまに予見して行動してしまうことを「ディアナ・マルフォイは予知夢がみられるからだ」ということにしている。 丁度、親戚にもそんな能力のひとがいたそうで、周りはあっさりと信じてくれた。まぁ 実際に予知夢のようなものを見てしまうのだから嘘ではない。 今日も、物語の進み具合の確認と 情報提供のために訪れたのだが…ケルベロスもとい三頭犬はもう少しカッコいい犬なら良かったなとおもう。こう…ボルゾイ的な。 いや、でもケルベロスのなかにも犬種があって、たまたまあの子がピットブルの見た目なだけなのかもしれない。 「始業式でダンブルドアが近づかぬよういったはずだが?」 「あら、そうでしたかしら」 そんなことを言っていたかもしれない。新品のローブを着こなす弟がかわいくてそんなことは聞いていなかった。 「なにを守っているかまでは聞きませんわ。 ハロウィンに闇の者が動きます。お気をつけくださいませ」 話にどこまで首を突っ込んだらいいのかわからない。ディアナが忠告できるのはここまでだった。 魔法の勉強をするようになってから知ったのだが、予見の才をあまりひけらかし過ぎても 運命は動いてしまう。動いたぶんだけ軋轢が生じて、さらに大きな亀裂が入る。 (まぁ わたしはそれをやろうとしてるわけだけど…) 厨房の屋敷しもべ妖精に焼いてもらった、リーフパイを口に放り込みながら訝しげな教授に笑いかけた。 「教授、シワがとれなくなりますわよ。まだお若いのに…ほら、パイおいしいですから!あーん…」 「いらん!」 |