08 マルフォイ家は、言わずともしれた聖28家に数えられる純血の家系である。血を何より尊ぶし、守るべきものであると考える。 ディアナもそのように言い聞かされて育ってはいるが、そこまでの純血思考はなかった。たしかに魔法族の血筋は尊ぶものであるが、マグルに対して数が少なすぎる血を守るためには外部から人を入れなければいけないと思うし、純血でなくても素晴らしい魔法使い・魔女は沢山いると知っていたからであった。現にセブルスもハーフだし。 両親の方針には「くだらない」とは思いつつも口には出さなかった。わざわざことを荒げることはない。 長い物に巻かれろ、というのは前世での処世術だった。 その日は夏には珍しく天気が荒れていた。帝王がマルフォイ邸に現れて ナルシッサや しもべ妖精たちはてんやわんやだった。 ルシウスは間の悪いことに不在で、急いで呼び戻している間はナルシッサとベラトリックスが帝王の相手をしていたのだが、部屋の入り口で様子を伺っていたディアナは容易にみつかってしまい、帝王の暇潰しをさせられることとなった。 セブルスに教えてもらっている簡単な魔法を順に披露させられた。まだ練習途中のものもあったためディアナはひやひやしながら貰ったばかりの杖を操っていたが、それよりも気が気でなかったのはナルシッサのほうだろう。胸の前で指先が白くなるほど強く手を組んでディアナを見守っていた。 少し至らないところがあっても、帝王が一言二言アドバイスをするとそれだけでディアナは魔法を成功させた。 帝王の指示があまりにも的確なので、実は人に教える才能があるんじゃなかろうかとディアナは思った。 帝王のほうも教えたぶんだけ伸びるディアナが面白いらしく上機嫌である。あの薄暗い屋敷で会った時は人ではない形相をしていた帝王がその時は幾分か人間らしい表情に見えた。 (この人も血筋へのコンプレックスがなければ、ただの強大な力を持つ魔法使いで済んだのかもしれない) ディアナが前世のハリポタのラストに思いを巡らせていると、帝王の紅い眼がこちらを見ていた。 集中力が途切れて閉心術を怠っていたことに思い至り、ディアナはあわてて心を閉ざしたが、間に合わなかったようだ。 「小娘、今の記憶はなんだ」 帝王に詰め寄られて腕を掴まれる。 ディアナが後ずさりしようとしたが、小さな体はその場から全く動けなかった。 「ディアナ!」 「今のはなんだと聞いているッ!」 ディアナは母の悲鳴をどこか遠くに感じていた。 なんとか言葉にしなければ とはおもうのだが、初めて受けた男性の怒号と放出された魔力に、萎縮して喋られないでいた。 その時、暖炉からルシウスが帰宅し、その場の状況に目を丸くした。慌てて娘に駆け寄る。 主人の形相に一瞬怯むが、血の気の引いた娘をみてその場になんとか止まったようだ。 「娘がなにか粗相を?」 「ちがうの、ゆめを…」 喘ぎながらなんとか言葉にする娘の背中を支えながらも、ルシウスは闇の帝王から目が反らせないでいた。 いつその杖腕が娘に向くともわからない。 「夢だと?」 「マイロード…娘は予知夢のようなものを見るのです。ですが不確かで」 「あれが!夢だというのか!あんなにも鮮明だったというのに!!」 その場にいたものは帝王の怒りに、総じて息を詰めた。ナルシッサに至っては今にも倒れそうだ。 ついに帝王の杖がディアナに突きつけられる。が、何か思い直したように帝王は杖を下ろした。怒りにより紅く光る眼がディアナを射る。 「小娘…他にはなにをみた?」 「…ねずみが じょうほうをもってきます。そのよるに うんめいがきまると 蛇使い座が…」 (これを上手くやり過ごさなければ、一家が殺される…) ディアナはそれを確信して頭を懸命に働かせた。背中を支える父のふるえる手、張り詰めた空気に息も絶え絶えな母、別室で眠るドラコを守らなければと必死だった。 蛇使い座はこの時期に主役の大きな星座だ。原作知識があると悟られたくないために、違和感のないように預言者であるように仕立てる。 しばし2人は見つめ合っていた。開心術をつかわれているのか、ねっとりとした蛇のような気配がディアナを包む。もうこれ以上の夢はみていません、とその部分だけ心を開く。 「…。ルシウス、なぜ娘の能力を話さなかった」 「はっ…、まだ子どもですので予知夢の確実性も分からず…。セブルスから力のコントロールを学ばせているところでございました」 嘘は、言っていない。 上手く機転を利かせてくれた父に安堵してディアナは帝王を見上げると、もう射るような瞳はむけられていなかった。 「…その事についてもセブルスから聞こう。私は屋敷に戻る。ルシウス、お前も来い」 そのまま父を連れだって帝王は邸から出ていった。 ヴォルデモートがポッター家を襲撃したのはそれから1週間後。闇の時代に区切りがついたと報されたのはその翌日のことだった。 |