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まだイギリスの山奥にあるホグワーツが雪で閉ざされている頃に 有望な女子生徒が失踪した件のせいで、在学中の生徒たちは制約された日々を送った。
週末のホグズミード行きを原則禁止されたり、今週末からのイースター休暇での送迎の徹底や、郵便物の検閲などなど。郵便物の検閲については アンブリッジが嬉々としてとりおこなっていたのだが。

そのアンブリッジの親衛隊である一部の生徒たちは その余波を受けて忙しい日々を過ごしていたようだった。あのドラコ・マルフォイが徐々にやつれていくのを ハリーはいい気味だと思うのが半分、気の毒に思うのが半分で眺めていた。なんたって、その失踪した女子生徒がドラコの姉なのだから、その心労は計り知れない。普段から仲睦まじい姿を見せていた2人なので、ショックは大きいだろうが、ドラコはそれについて大きく発言することはなく、ハリーは「この失踪事件も ディアナがヴォルデモード側に与するための自作自演なのではないか」と思っていた。
アンブリッジの部屋の暖炉でシリウスの意見を聞いた時も、シリウスはその考察に悔しそうに唸っていた。それでもまだ彼女のことを信じていたいようで、なにかと言い訳めいたことを並べてはいたが。


ウィーズリーの双子の兄弟の悪戯グッズがアンブリッジに火を噴いた日、その日の夜はとても気分が良かった。
あのハーマイオニーでさえも「散らかった荷物の片付けは明日にして、今晩は休みにしたら?」と提案してきたくらいなのだ。
あまりに小気味良すぎて、アンブリッジに真実薬が混ぜ込んであるだろうパンプキンジュースを提供され、姿を消したダンブルドアについて自白させられそうになったことも、もうスッカリ忘れていた。

ハリーは欠伸をしてベッドに入った。
メガネを外すと、窓の外を時々通り過ぎる花火がぼやけて、暗い空に煌めく雲のように見えた。名残惜しく、花火の尾を目で追いながらゆっくりと目を閉じる。
校庭に逃げ出した花火の、シュルシュル…バンバン…とい音が遠のいたような気がする…いやもしかしたらハリーの意識が急激に遠ざかっているのかもしれなかった。


ハリーはまっすぐ、神秘部に続く廊下を降り立った。
飾りも何もないくらい扉に向かって、ハリーは念じていた。開け…開け…。
ぱっ と扉が開いた。
ハリーは同じような扉がズラリと並ぶ丸い部屋の中にいた。先程通り抜けた扉はもうひとりでに閉まっている。部屋を横切り、ほかと全く見分けのつかない扉の1つに手をかけた。扉が内側に開き、ハリーはその身を滑り込ませる。コチコチ、と奇妙な音のする部屋だったが、ハリーは立ち止まって調べはしなかった。途中で冷たい色をしたガーゴイルの石像が鎮座していたがハリーは構わなかった。先に進まなければと急いていた。
1番奥に扉がある…その扉も、ハリーが手を触れるとひとりでに開いた。薄明かりの埃っぽい教会のような室内に、背の高い棚がいくつもいくつも置いてあり、棚にはこれまた埃のかぶったガラス玉のようなものがズラリと並べられていた。ハリーは気が逸るのを隠しきれずそれらに向かって走り出した。
この部屋には、自分の欲しいものが、とても欲しいものがあるのだ。自分の欲しいもの…。


「全く、ままならんものだな」


枯葉の擦れたような、寂れた洋館を吹き抜ける隙間風のような、掠れたシューシューという声が ハリーの後ろから聞こえた。ぎくり、とハリーが後ろを振り向くと、そこには先程と同じく、通り抜けてきた扉がまたひとりでに閉ざされて侵入を拒むかのようにそびえ立っていた。

「あの小娘が俺に下っていれば、まだ利用のしようもあったというのに。じゃじゃ馬は誰に似たのやら」
「我が姪が申し訳ございません。しかしゴーリングとスネイプの話ではまだ生きている、という話でしたので、上手く回収できれば あの忌々しいコールマンをすり抜けて予知夢の能力と、我が君の願うものが手に入るはずですわ!」

買収した魔法警察から研究所の資料も手に入れたことですし、と上ずったように相槌を打つ声は女のものだった。緊張のあまり、というよりは敬愛するが故に、といった声色だったのが印象的だった。
どうやら、コールマンという人物がディアナを誘拐したらしかった。


「我が君、なぜゴーリングを重用するのです? あんな生っ白いガキを…」
「あ奴はディアナに面白いくらいに執着しておるからな、見てて飽きん。
しかし、どのように神秘部に入り込む? 未だに突破口は見つからぬ…コールマンめ、ディアナを神秘部に抱き込みおって」

シューシューという声はそこで途切れる。ハリーは扉越しになにかの視線を感じた。ハリーの傷跡が呼応するかのように痛みだす。


「いや、いい方法があるな…」


扉の向こうでにやりと嗤うのがわかった。ハリーは思わず扉から後退る。絡みつくような気配に見つかったのだ、とハリーは気付いた。
ひゅ、と息を詰めた瞬間、爆ぜるようなバーン!という大きな音で目を覚ました。
その音に混乱したし恐怖に駆られたが、暗い寝室に満ちる同室の友人たちの笑い声にハリーは安堵した。夢から 逃げ切れたのだ。


「ねずみ花火とロケット花火がぶつかって、ドッキングしちゃったみたいだぜ!」

シェーマスの弾んだ声と、ロンとディーンがよく見ようとベッドの上から窓辺へと身を起こす影が目の端に映った。
ハリーは動悸を抑えるように、出来るだけ寝たふりをして寝返りを打って背を向けた。
傷跡の痛みは和らいでいたが、心臓が口から飛び出してくるんじゃないかというくらい打っていた。

ハリーはディアナが死喰い人について行ったのだと思っていた。
先ほどの夢の通りなら、ヴォルデモートはその所在すら知らない。そして、なんと言っていたのだったか。「未だ手下に下っていない」?
どこかで聞き覚えのあるゴーリングという人物とスネイプの名前も出てきた。なぜ彼らはヴォルデモートも与り知らないディアナの安否を知っているのだろう。

ディアナが失踪する少し前の、閉心術の最初の授業の 親しげな様子のスネイプとディアナの様子が思い出されて、ハリーは振り切ろうと目を瞑った。
恋人同士だから、なんて ジニーやハーマイオニーの女の子が好きそうな浮かれた妄想じゃないんだから。きっと、スネイプが闇の魔術で生死を見張っているに違いないのだ。
明日の夜、閉心術の訓練があることを思い出すと、ハリーは胃に石が落ちてきたかのように感じ、部屋の中で同級生が花火にはしゃぐ中、1人ベッドの中で身悶えた。
1番新しい夢で、神秘部のさらに奥に立ち入り、更にヴォルデモートたちの会話を盗み聞きして見つかりそうになったのだと スネイプが知ったら、どうなってしまうのだろう。
ハリーはひたすらに言い訳を考えるのだった。







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