13







夕飯の席にようやく顔を出したセブルスに、ルシウスは ブラック家のしもべ妖精を紹介した。クリーチャーはというと、騎士団本部として機能していたブラック邸でも見かけた顔に、溢れそうな目を更に見開いた。

「旦那様、あの人は…」
「クリーチャー、セブルスはこちら側の人間だ」

驚いて過呼吸になりかけているクリーチャーを、ルシウスはなるべく優しく聞こえるように囁いた。その後ろでナルシッサが「親戚筋の者とはいえ 他家のしもべが姿を現わすなんて…」と視線でありありと語りながらも口元を手で隠している。それでもクリーチャーに視線を向けられると自然に微笑んで見せるのだから、母もブラックの女である。
ドラコはそちらには興味なさそうに、テーブルの上に並んだディナーを眺めていた。
クリスマスの夜にマルフォイ家に駆け込んできた この見窄らしいしもべは、騎士団についての情報をもたらした。どうやら 今の主人であるシリウスが「出て行け」と口を滑らせたので その通り出てきたらしい。あまりにもしもべ妖精の扱いが抜けているシリウスに ディアナは内心ため息をつき、セブルスは舌打ちをした。
漆黒の男に見下ろされたしもべは たじたじと ディアナの足もとへ逃げてくる。
ブラック邸でも度々声をかけていたディアナに 少なからずとも懐いている様子だった。


「そう、そうなのですね…。ディアナお嬢ちゃまに近い男がいると思っていましたので」
「セブは あちらに『保護』されていたわたしの監視を任されていましたのよ」


なるほどそれで と合点したクリーチャーを手招きして側に来させると、ディアナはその大きな耳に2、3頼み事をした。隣でドラコが怪訝そうに見やる。
不安そうにディアナを見上げるクリーチャーに、ディアナは「また後で」と下がらせた。大人たちも「何をしているの、早くしなさい」と視線でクリーチャーを追い立てる。ディナーがはじまるのだ。


「ルシウス、あのしもべ妖精をどうするつもりだ?」
「ブラック邸に戻す。ナルシッサ?」
「こちらを頼って逃げてきたのは幸運でした。老いたしもべでも 情報収集には使えるでしょう」


憎い騎士団が闊歩するブラック邸で憔悴しきったクリーチャーは マルフォイ家で少し休ませたのちにブラック邸へとまた返されるのだ。次は、騎士団の動きを知らせるスパイとして。ルシウスたちが情報を得るための手駒として。

大人たちが食事をしながら静かに話を進めている。その横でドラコは気後れした様子で ステーキを突いているのだった。
ナイフとフォークが進んでいない弟に、ディアナは飲み物を注いでやる。


「もう、せっかく家族が揃っているんですから 楽しく食事をいたしましょうよ」
「姉さま いいのです、大事でしょう…」
「わたしも息がつまってしまうのよ。ねぇお母さま、夏にドラコの手紙で聞いたのだけど、新しいお洋服があるって?」


目を伏せて妖しく微笑んでいたナルシッサは、それを聞いてにっこりと笑った。まるで花が咲いたように。
ルシウスもまだ話の続きをしたそうではいたが、子供たちと妻の顔をみたら「仕方ない」と肩をすくめた。セブルスは澄ました顔でグラスを傾けている。


「関係ない顔してないで セブのお話も聞かせてちょうだいね、卒業試験のヒントをいただけると嬉しいのだけど?」
「このクリスマスも課題の手伝いをさせようというのだろう? 残念だが、お子さまと違ってわたしはいそがしくてね。明日の昼には仕事に戻るのだよ」

ルシウスが鋭い目でセブルスに視線を向けたが、セブルスはゆっくりと首を振った。

「彼の方から 今はダンブルドアの指示に従うようにと言われている。まあ、明日はあのお方のところへ行かねばならんのだが」
「ああ ディアナ! まだ夏用のワンピースしか仕立てていないのよ、でも生地は見つけていたから冬のコートも新しくしましょうね」

ルシウスたちのひそひそ声に耳を立てていたディアナは嬉々とした母の声に呼び戻される。こんなにもうきうきした母の顔を見たのは久しぶりだ。いつもは2人で小旅行をする夏もここ最近は行けていなかったし、ホグワーツ中の家の中でも夫婦で暗い話題が多かったのだろう。

「お母さまのコートも新しくしましょう、ドラコもお揃いにする?」
「僕はいい!」

この年頃になると姉とお揃いは恥ずかしいからしい。顔を真っ赤にしたドラコに ナルシッサとディアナは同じ顔で ふふ、と笑った。









「ふむ、」


ここはデスイーターが拠点としている 忘れられた古い屋敷だ。
翌日マルフォイ邸を出たセブルスはその足で 追跡を避けるようにした魔法を使ったり マグルの移動方式を使ったりしながら陽が傾きかけた頃にようやくここへとたどり着いた。
セブルスが御前に向かって頭を垂れる。まるで蛇のシューシューという鳴き声のような、冬の枯葉の擦れる音のような、嗄れた壮年の男の声が 考え込むように唸る。
現在のホグワーツの状況と、騎士団の動向を帝王に報告したところだった。といっても、ダンブルドアと協議した結果、怪しまれない範囲で最大限の情報しか差し出していない。頭の回転が速い主のことだ、気を抜けばセブルスはすぐに足元をすくわれてしまう。気取られないように 恭しく帝王を見上げた。


「なにか不備がございましたか」
「…セブルス、お前はよく働いている。あの頭が回りすぎる忌々しい狸爺を掻い潜ってだ。だがもう一つ 話さねならぬことがあるのではないか?」


ディアナ・マルフォイについてだ。
蛇のような裂けた口が 口角が、可笑しそうにキュッと上がる。セブルスはそれを見てぞくりと嫌な予感がした。


「騎士団はあの小娘のことも掌握していることだろう。何しろコールマンの元で研究を行なっているらしいからな。小娘との決まりで卒業するまでは私からは手出しはできん。そして ルシウスも愛する娘のことだ、話そうとはせん。
…だが、わかるな? そう、現代の預言者についての情報は仕入れておかねばなるまい」

「その通りです、我が君。しかし予知の研究についてはダンブルドアの指示で別の教師が付き添いしており、私の元には情報が入ってきておりません。研究内容については秘匿がかけられており、ディアナも無闇に話すことはなく…。
しかし我が君、私はこの年末にマルフォイ家に招待されておりました」

ちらり、と赤い色をした蛇のような瞳を窺い見る。話せ、と促され セブルスは再び目を伏せた。あの眼を 長時間見るのは得策ではない。


「多くを話しませんでしたが、薔薇の紋章によって予知の記録を 取り出せなくなっている のだと、ディアナが話しておりました。それがプリンスに関係があるのではないかと。たしかにプリンスの紋章は薔薇ですが…我が母からは何も伝え聞いておりませぬ。」
「…よく話した。ルシウスもまさか お前から娘の情報が漏れているだなんて思わないだろう」
「私はあなた様の忠実な部下でございますれば」


ピンと張った空気の中 出来るだけ抑揚なく、淀みなく、平素のまま をセブルスは努めた。どこで帝王の怒りを買うかわからないからだ。ハリー・ポッターの予言にも変わり得る切り札ーーディアナを そのように考えていることは聞いていたが、情報を急いているあたり 帝王も焦れているのだろうか。いや、違う。このタイミングでディアナについて情報の開示を求めたということは、「マルフォイ家とも深く親交のあるセブルス・スネイプ」が「どこまで身を切る」ーー情報を提供することが出来るのかを試しているのである。
そのことを瞬時に感じ取ったセブルスは 現在知り得る限りの事情を話したが、彼の君の求めるところにあるのかまでは分からない。
幾許かの沈黙が 何時間にも感じられた。それを破ったのは主人のくつくつという笑い声だった。


「セブルス、試して悪かった。実はその下りのことについては知っていたのだよ」


シュゥゥ、その声に愉快そうな色が混ざる。
自分が「どれだけ話すのか」と試されていたのには気付いていたが、試して悪かった ということは彼の君はセブルスが試されていると恐々としていた先ほどの状況をも知っていて それを楽しんでいたということだ。なんて人の悪い…いや、ダンブルドア同様 人の範疇を超えている気すらする。そのくだりですらもポーカーフェイスを務めていたセブルスは その後ろの一言に眉を潜めた。闇の魔術を嫌い、さまざまな防護呪文が施されたコールマンの研究施設の事情を 如何にしても知ったというのか。


「どういう…?」
「ふふふ、セブルスも知った者だ」


そう言って帝王が 杖を取り出し、何気ない様子で 何もないはずの空間を杖先で小突く。そこからたちまち 色水を垂らしたように、ズルズルと人の形をかたどっていく。
黒髪に鳶色の瞳、神経質そうな顔立ち。前回会った時は白衣を着ていたが 今は上等の黒いローブを身にまとっている。そのローブの胸のあたりには聖マンゴの紋章が金色の刺繍で描かれていた。癒者の印である。


「お前は…」
「先生、お久しぶりです」



機して 悪戯が見つかったというような顔をしてそこに立っていたのは、ディアナの研究のパートナー エリック・ゴーリングであった。








戻る
/

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -