08






「話しがあるんです」


そういってハーマイオニーに連れてこられたのは 図書館の奥、魔法史の教材のあたりであるーーなるほど、ここならば誰も寄り付かない。
ハーマイオニーが声を潜めながら、それでも興奮しながら話し始めたのは、ディアナの主催する花園のことだった。会員制で極秘の活動だったはずが漏れていることにディアナは引っ掛かりを覚えながらも、その言い分をとりあえず聞く。
要するに、身を守る魔法を習得するために あたらしくクラブ活動を始めたい、似たような活動をしていると聞いたので自分たちにも色々と教えて欲しい。そういうことだった。


「ハーマイオニー、勇気があるわねえ」

マルフォイ家の人間なのにセブルスとともに騎士団本部を出入りして、しかもアンブリッジに懇意にされている。それだけでもハリーたちからすれば 信用足り得ないというのに 訴えるハーマイオニーはまっすぐにディアナを見つめていた。信じた道を貫く寮、さすがグリフィンドール生である。
上級生で才女のディアナに褒められて、ハーマイオニーは頬を赤らめながらもじもじと視線を離した。


「でも、ダンブルドアが『大丈夫』というならそうなんでしょう?」
「…うぅん、賢い。あなただけなら招きたいけど駄目ですわね。花園はもうすぐ解散してしまうから…」


ディアナはそう残念そうに言って「安心して、計画のことは誰にも言わないわ」と図書館を去っていった。
アンブリッジによって教育令24号が発令され、学内のクラブ活動、集会が全て解散させられたのはその2週間後のことだった。







「ごめっ ごめんなさっ …わたしが話したから…」

まだあどけない1年生が 大泣きしながら必死に頭を下げていた。その隣にはディアナの友人のメアリも立っていて 申し訳なさそうに項垂れている。

「わたしからも、本当に…妹がごめんなさい」

メアリの妹は今年入学したグリフィンドール生である。姉妹という繋がりで花園へ呼ばれ 魔法の練習会とお茶を楽しんで…気が大きくなった妹は 自寮の談話室で口を滑らせてしまった、という顛末だった。「スリザリンのお姫さま主催のお茶会に呼ばれているの。魔法の手解きもあるのよ!」と。
会員制でひっそりと続いていた花園の存在が公言され、噂になった途端に この教育令である。マークル姉妹は消え入りそうなほど悄気ていた。


「あなたのせいではないわ。でも、潮時というものね」


ディアナとお茶がしたい と入部希望者が殺到(主にコネ目当てのスリザリン)、魔法の手解きを受けてみたいというファンもそこそこ。
元は情報交換を目的としたサークルである。弱点になりうる前に消えるのがいい。


「気を落とさないで。この間練習した盾の呪文がこれからのあなたを守ってくれるといいんだけど」
「うっ うっ」
「じゃあこのまま本当に解散なのね。…みんなへの伝達は?」
「また後日ね。さあ行きなさい、夕飯までにそのお顔をどうにかしないと大変でしてよ」



そういって日が落ちて寒くなってきた廊下から妹の方を追い立てる。彼女はとぼとぼと グリフィンドール塔の方向へと去っていった。メアリもショックだったようで、「今日は早めに寝るわ」といって自室に引き上げてしまった。他にも花園の生徒たちがちらほらとディアナにコンタクトを取りに来る。解散を惜しむ声や 今までの魔法の練習を感謝する声。
はじめはディアナの情報収集の場として運用するつもりが、大きくなっていたものだ と気づく。保身のために売るのではなく、このように惜しまれて解散するのは少しくすぐったい。





「じゃが、こうなることは分かっておったんじゃろ?」
「本当に嫌なジジイですわね。教育令が施行されることは知ってましたけど、こんな風に終わるなんて知らなかったですわよ」


帰るために廊下を歩いていたら不死鳥が迎えにきて、誘われるままに校長室へとたどり着いたディアナである。そこにはいかにも好々爺たる面持ちのダンブルドアが紅茶を入れて待っていた。


「確かに原作知識もあるし、予知夢も見ますけど それが全て繋がるわけじゃないもの。貴方のその思慮深い灰色の脳みそのほうがよほど正確な予言を紡ぎ出しますわよ」
「ほほほ 預言者にそう言われるのは気持ちがいいもんじゃ。経験豊富な老人も捨てたもんじゃなかろう?」
「本当いい性格」
「隣の芝生は青いのう」
「憎いくらいにね」

ダンブルドアの節の目立つ長い指が目の前にカップを置く。琥珀色の液体が、ゆらりと揺れてディアナを映した。


「ダンブルドア、ハリーたちの勉強会のことは聞いていまして?」
「おお、そのようじゃの」
「なんでそんなに嬉しそうなんですの…」
「そう見えるかの?」

口をすぼめて熱い紅茶をすするダンブルドア。その顔は最近見かける険しい表情ではなく、大分穏やかなものだ。
原作の方では忙しさに鎌かけて、ハリーと少し距離を置いている時期である。ハリーを通してヴォルデモートを警戒しているのだろうが、はたから見ているとどうにも歯がゆい。年頃の少年である。もっと認めてもらいたいと思うはずだ。それが 愛を受けながらも愛を知らない身の上だというのなら余計に。


「声をかけてあげればよろしいのに」
「ほう、物語を知って その意図も知っておりながらそう思うのか?」
「ドラコと同い年の少年ですもの。英雄は斯くも孤独なものだけど 貴方のやり方は釣った魚にあげる餌が少なすぎて、さすがにどうかと思います」
「わしはこれ以上の愛の伝え方を知らんよ」
「気にかけるだけじゃ伝わりませんわよ。大魔法使いにもなると こんなにも不器用な生き物になるんですのね」


不器用カップルに言われとうないわ、とダンブルドアは内心毒づいた。それを表面にはおくびにも出さないで、ダンブルドアは話を進める。


「それからの、神秘部から面接の報せが来ておるよ」


静かなその声にディアナは飲みかけた紅茶を ソーサーに置き直した。

「やっとですわね」
「詳細は部屋に届けさせよう。クリスマスにご両親とよく話し合うことじゃ」
「ヴォルデモートが神秘部の予言を狙っていると知りながら、よく飄々と言えますわね」
「君は裏切らんよ、セブルスがいる限りな」


その通りだ、とディアナは行儀悪くソファの背もたれに寄りかかり、長い足を組んだ。


「神秘部の内定も、最終的には取り消されることでしょう」
「悪いの、そなたの人生まで駒にして」
「…そのための生ですわ」


ずっと考えていた。なぜこのような異能を持って生まれたのかと。
母の血筋を恨んではいない。なにか自分に役割があるのだとしたら、これを生かして 物語を無事終焉まで見守り続けることなのだろうと最近では思うようになった。紅茶に口をつけるディアナをフォークスが寂しそうな瞳で見つめていた。


「なんとも美しい自己犠牲じゃな」
「貴方も同じでは?」
「わしは充分生きたからのう…若い芽はできるだけ遺したい」


ダンブルドアはこの場にいない黒い男を思い浮かべる。
愛する女性への償いとして その身の全てを捧げると誓った者。当初は ヴォルデモートを討つハリーを守る者として扱い、そしてどうしようもなく哀しいこの男を死なせることで救済しようと そう思っていた。しかし彼の生き方は少しずつ変わってきている。
先ほど ディアナが言った。ダンブルドアの愛の伝え方は不器用である、と。自分がきっとそのうち…死んだ後、杖の忠誠を求める過程で トムはセブルスを切り捨てるだろうと踏んでいる。なぜなら 愛を信じない彼にはセブルスはただの使える道具でしかないからだ。ダンブルドアもそのラストを回避するつもりはなかったーー生を終えることがセブルスの安寧に繋がるだろうと考えていたのだ。しかし、それは間違いなのだろう と ここ数年のセブルスを見ていて思うようになった。しかしどうだろう、ダンブルドアの希みとは裏腹にこの魔女も自ら骨を埋めようとする。



「愛が、世界を救うのじゃよ」


ダンブルドアは嬉しそうに、それでいて寂しそうに 手の中のカップに言葉を落とした。










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