09




12月も後半に入り、今年も雪がホグワーツを覆う。年末が近づいてきて忙しくなる頃だ。
魔法省の仕事とホグワーツの教諭職のことでアンブリッジが忙しくしている間に、ディアナは シニストラに付き添いしてもらって、学外活動ーー研究所に赴いていた。
所長を務める老年の魔女 コールマン博士は「時」の研究をしている。それが転じて ディアナの予知の研究も同じ研究機関でさせてもらっている。
イギリスはウェールズの街中、魔法で秘匿された建物の奥に、外見からは想像もできないほど広く整った研究設備があった。


「やはり彼のマーリンとは違う能力なのでしょうか…」

白髪を淡い紫に染めた魔女が悩ましげに顎をさする。コールマンは老眼鏡を押し上げて、データを数値化した資料を見比べながらため息をついた。
今までの研究によって、予知夢の正確性については確証が取れている。しかし、自分の意思によってコントロールできるものなのかという話だ。夢を見たいときに見れず また夢を覚えていなければ何の意味も為さない。ただイタズラに未来を視せ、予知者の精神をガリガリと削っていく厄介なものでしかない。かといって魔道具:憂いの篩 のように視た夢を記憶として夢を抽出しようとしても、まるで夢を封印するかのように守護魔法のようなものがかかっており、他人に読み解くことができなくなっていた。
抽出した夢に モヤのようにかかる薔薇の印。これにはディアナも驚いた。その薔薇に見覚えがあった というわけではなく、自分の頭の中に魔法がかけられていたという事実に驚いたのだ。
それが分かっただけでもディアナからしたら 自分のことについて知ることができて 収穫があったのだが、所長らの研究的には この能力を利用しようにも「夢」は不確定すぎて「利用できない」ことが分かってしまった。
ディアナは申し訳なさそうに頬に手を当てた。だって、只でさえ虚実を報告して研究を滞らせているのだから。



「博士…」
「大魔法使いマーリンは思い通りに世を見通し、時の王を導いたという…。ハリー・ポッターが在る今 あなたが『マーリン』たるかと思っていましたが、期待しすぎてしまったようですね。…あ、責めているわけではありませんよ」
「博士、それがプレッシャーですって」
「ああ、いや…ですからね…。感謝してますよ、貴重なデータも取れましたし、あなたのお父さまからも多額の出資していただいてますし」


コールマンの無意識の追い打ちに項垂れるディアナ。エリックはディアナの頭の中を念写した立体映像をまじまじと見つめる。
幾重にも重なる赤い花弁。美しく咲き誇るそれは、こちらにまで香りが届きそうなほど生々しい。


「今回の実験で出てきた薔薇の印…あれが何だか分かれば また進みそうなんだけどね」
「薔薇の紋章といえば プリンス家とプルウェット家ですが…。ディアナ、マルフォイ家は両家と交流が?」


コールマンの問うような瞳に ディアナは交友関係を思い返してみる。プリンス家もプルウェット家もつい先まであった魔法族の純血家系である。どちらも直系はすでに亡い。


「母方なら、交流があったかとは思いますが」
「ブラック家か…お母さまに来ていただいて話をうかがうことはできるかい?」
「…どちらも少し前に途絶えた家系です。あったとして、母も思うところがあると思いますので わたしから聞いてみますわ」

他家の紋章によく似た 分からない魔法がかかっている というのは何かしら理由があるのだろう。それもイギリス魔法界の名家同士の話のようだ、となれば スタッフたちも その家の者に任せたほうがよい とうなづいた。
幸い もうすぐクリスマス休暇がはじまる。その時にゆっくり話をしよう ということになった。
それまでは研究もしばらくお預けである。闇の勢力に抗う力になり得るか、とデータの計測に働きづめだったスタッフたちもようやく休息ができるということだ。
エリックも腕を体の前で伸ばし ストレッチをした。


「丁度年末で いいタイミングだったのかもしれないな」
「エリックは癒師の仕事で忙しいんじゃないですの? わたしに付き合わせてしまって…」
「俺は知識欲が強いからね。知識が深まってラッキーさ」

慰めるようにしてディアナに笑いかけるエリック。その様子を少し離れたところで見ていた 付き添いのシニストラが「ほう」と感心したように言う。


「あの『知りたがり』が大人になったものですねえ」


エリックの『知りたがり』は教師の中でも有名らしい。質問ばかりで授業がすすまない というあまり褒められない方向で。
他人に気を遣えるようになったのか とシニストラは感心しているのだ。


「そりゃあ、俺とディアナの仲ですからね」
「変なこと言わないでくださる?親同士で一瞬そういう話が進んだだけです」


3年前の秘密の部屋がひらかれた頃 参照だ。一時は見合い話も上がっていたが、今では過去の話である。
話を聞いていたスタッフたちから しつこい男は嫌われるぞ、と野次が飛ぶ。


「俺はストーカーなんかじゃ…」
「ディアナのストーカーといえば、ヤンと連絡が取れなくなったんだけど、誰か知っている者は?」


コールマンが周りのスタッフに声をかける。皆首を横に振ったり、しらない と肩をすくめた。ヤンはスタッフの1人だ。いくら能力があったとしても 女好きで金遣いが荒い、とくれば 皆の反応は冷たいものだった。冷めた笑いで噂し合う。


「とうとうオンナに刺されたんじゃ?」
「あり得るな。そこら中から金借りてたし」

「一応捜索願いを出しておきますか?…さて、この時期に魔法省がまともに取り合ってくれるかな」


エリックの言葉にコールマンがため息を吐く。
魔法省は徹底的に「闇の帝王の復活」を匂わせたくないらしい。最近の新聞やニュースではダンブルドアやハリーが散々扱き下ろされているし、行方不明事件や不吉な予兆などはすべて無視されている。
予知の研究をしているので、ここのスタッフは皆 その復活についても承知しているし、きな臭い事件が増えるだろうこともわかっている。研究者として その事象の真偽や正確性を
検証するしかないのだが、ダンブルドアが保護しているディアナが所属していることで この研究所の印象は 魔法省ーー主にファッジ大臣とその周辺の職員からだが、まあ 悪い。あれやこれやと理由をつけて予算が削られるくらいには。


「とはいえ、闇の時代が訪れようとしているのは事実です。貴女が卑屈になることはありません。その稀有は能力は魔法界のためにあるべきです」

励ますようにディアナの手をとったコールマンは、うっとりとーーディアナを透かしてその奥に何かを見ているように微笑んでいた。
前々からコールマンはディアナの予知夢を神聖視しているような節があった。実を言うとコールマンという名は先の第一次魔法戦争でも知られた名前である。
ヴォルデモートへの協力を拒んだMr.コールマンとその子どもが デスイーターによって見せしめのような死に方をしたことは 当時大きく紙面に載った。
闇の勢力について話すときのコールマンの目には ちろりちろりと怨みの焔が見えるのを ディアナは感じ取っていた。
帰り支度をしながらディアナはエリックを呼び止める。


「エリックは今日 夜勤なんですわよね」
「そうさ、ここが終わったら聖マンゴに直行だよ」
「そう…、蛇に噛まれた患者がひとり搬送されますわ。血清の用意をお願い」

エリックの袖を引いて 耳元で囁く。にんまりと笑ってエリックがうなづいた。

「ようやく試せるというわけだ」
「試し打ちというと聞こえは悪いですけど、助かればそれで…。わたしが予知したことは内密に」
「もちろんだよ、俺の女王さま」

エリックがうなづいてくれたので離れようとすると、反対に肩を掴まれて引き寄せられた。

「所長にはくれぐれも気をつけて」



「Ms.マルフォイ、用意はできましたか? 」
「はい 今行きます」

ディアナがシニストラに返事をして、さっと離れていったエリックを振り返ると 左手にキャンディをひとつ掴んで顔の横でぷらぷらさせながら歩き去って行くところだった。ローブのポケットに入っていたはずのキャンディがない。手グセが悪いこと、とため息をついてディアナは玄関へ向かう。


「2人は仲が良いのですね」
「誤解です、先生」


扉を開けると、空からは雪が降っていた。冬のロンドンの夕方は暗く寒い。2人は首元のマフラーを引き結んで帰路を急いだ。

その夜、事態が動く。
ハリーが アーサーが襲われるビジョンを見たのだ。原作では アーサーがなんとか一命を取り留めたものの、傷の治りが遅くて苦しむことになる。少しでも助けになればよいのだが、と ディアナは真夜中のスリザリンの居室から、マクゴナガルに連れられて校長室へと急ぐハリーたちのランプを見守る。

翌日ディアナの元にエリックから「血清の効きが悪い」という梟便が届いた。












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