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目の前でベッドに横たわっている青年の顔を見つめながらスティーブンは一つ舌を鳴らした。これほど喜びの無い再会は久しぶりだった。今は眠りに落ちている男は確かにナマエの面影を残していたがその中身は空虚なものだった。幾らか痩せた頬に触るとナマエは薄らと目を開けたが、傍にスティーブンがいることすら理解していない。

「ナマエ・・・・」

口端からつうと垂れた涎をハンケチで拭ってやっても、ナマエは虚ろな瞳でどこかを見ているだけだった。脳がおかしくなっているとは言え、外的刺激には反応する、時折意味のない言葉も喋るし調子が良い時には自ら動きまわったりもするらしい。それを聞き、実際自分の目で彼を見るとまるでナマエの皮を被った別人がそこに横たわっているような、そんな妙な気分にさせられる。なぜ彼がこうなってしまったのか、先ほど聞いたばかりの説明を記憶に浮かびあがらせてスティーブンは再度舌打ちした。地面からパキ、と硬質な音がして、慌ててつま先で床を蹴る。薄く張った氷が細かく砕け、蛍光灯の光を反射して床に散らばった。

ナマエ・A・ベイルの脳が壊れた原因は、ベイル夫妻が彼の骨髄に埋め込んだ小さな小さなナノマシンの仕業である。

『理論上は成功するはずだったのです』

かつ、と一度ハイヒールを鳴らしてエレノア博士はホワイトボードを指差した。そこには常人には理解できない数式や理論がとても細やかな文字で書き写してある。専門ではないスティーブンも勿論理解はできなかったが、これがベイル夫妻が出した計算式の結果、らしかった。

『牙狩りの血はBBにとっての毒・・・つまり、そのような術式が付与されていると我らは見ています。間違っているでしょうか?スターフェイズ様』
『僕の口からはなんとも』
『・・・牙狩りの皆さまは口が固くて困りますわ』

ま、いいでしょう。と息をついてエレノアは文字で黒に染まったボードを見た。同席するイジャスラフも同様に。悲しみと怒りを湛えた眼で彼らは暫くボードの文字を眺めた。二人の研究者の集大成が、恐らくその文字の集まりだった。

『なので我らは血液へ様々な術式を付与したのです。BBに有効だと思われる、世界中のあらゆる呪いを夫が集め、それをあの子へ移植する機械を私が作りました』

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