第一夜


何年も前のある日、私の元まで届けられたのは暖かな熱を発する小さな岩でした。私はそれをあつい岩だと思いました。この世界のことは先ほどお話しましたね。ポケットモンスターという生き物がこの世界には存在していて、私達は彼らと共に生きています。それで、そのあつい岩というものはポケモンに持たせるととある効果が得られるものなのです。これは追々話すことにいたしましょう。

ここ、ギアステーションはポケモンバトルを行う電車がいくつも存在しています。なので、ポケモンが持っている道具を落としてしまうことはそう珍しいことではありません。今考えてみればその岩はとても小さく……そこに未使用の消しゴムがあるでしょう。それぐらいの大きさだったのです。つまり私は勘違いをしていたのです。道具として使えるあつい岩の大きさの平均は成人男性の手のひら大ですから。

でも、その勘違いが私を、そして彼を救ったのでした。普通なら破棄してしまうような岩の欠片を私が何故取っておいたのかといえば、それが美しかったからなのです。

いえ、見た目はただの岩でした。丁度そこに、本物のあつい岩があるのですが……そう、それです。どうぞ、触ってみてくださいまし。ほんのり熱くて薄らと赤い、ただの岩の塊でしょう。それからほんのすこし欠けて落ちたような一欠片が、何故かその時の私には大変魅力的に感じられたのです。なので私は、それを捨てることもせずにお客様の落し物をしまう倉庫の隅に置いておきました。こんな輝きを持つ岩ならば、きっと持ち主が引き取りに来るだろうと思ったのです。

その日も、こんな風な夜でした。その日届いた落し物を全て分類し終わっても、日誌を付け終わっても時計の針が全く進まないような、そんな夜でした。普段私は午前1時頃に仕事を終わらせ、2時頃床につくのですがその日は、そうですね。いつもなら一時間半ほどかかる仕事が、たった10分で終わってしまったのです。どうもこれはおかしいな、と思いながら帰り支度をする私の耳に飛び込んできたのは、誰かがこんこんと管理室のドアを叩く音でした。

もう、このギアステーションに務める駅員たちも皆帰ってしまったような時間でしたから、私は双子の弟でしょうかと思ってドアを開けました。するとどうでしょう。そこにいたのは弟ではなく、小さな子供だったのです。私の太ももあたりしかない身長の、白金色の髪にルビーのように赤い目をした少年が、私を見上げているのでありました。

予想外のお客様に私が目を瞬かせておりますと、こんばんはと子供特有の甲高い声で少年は私にそう挨拶をしましたので、私もこんばんはと返事を返しました。

このギアステーションは毎日11時には閉めるようにしていますし、その時も確か12時は過ぎていましたので、驚いたことを今でも覚えております。しかし、その時の私は特に疑問も持たずその少年を部屋の中に招き入れたのでございます。

行儀よく私の「どうぞ」という言葉を待ち、たたたと管理室の中に小走りで入ってきたその赤い目をした子供は、きょろきょろとあたりを見まわしたあとに落し物が落ちていませんでしたか、と私に尋ねました。どのようなものですか、と私が聞きますと少年は赤い色のものです、と答えました。
でも、形が変わってしまって自分でもわからないかもしれない。とこちらが首を傾げるようなことも言っていましたが、これはこの出来事の終盤に判明するので今は説明いたしません。

さて、赤い落し物というと沢山ありますし、私はその答えを聞いて少々困りました。私が赤いもの、と聞いてまっさきに思い出すのはモンスターボールの赤でした。ですがあれは紅白の球体ですし、どんなものかわからないというならばきっとボールではないのだろうなと思いました。

それに、この管理室には毎日たくさんの落し物が届けられるわけですから、一か月たちますと皆破棄してしまうのです。私たちはちょうど7日前に、倉庫をからっぽにしたばかりでした。
なので私は少年に、いつそれを落としてしまったのかを尋ねました。すると彼は6日前であると答えましたので、それが拾われていさえすれば倉庫の中にあるだろうと思い、私は先ほど閉めた倉庫の鍵を開けました。

倉庫の扉は、ギイィと錆びついた音を立ててゆっくりと開きました。私はこの扉に油をさすか、それかそのままそっくり替えなくてはいけなかったことを思い出して、近くの紙に小さくメモをとりました。それから倉庫の電気をつけて、少年と共に中に入りました。

倉庫の中には、たくさんの落し物が置かれています。大きなものではギターケースや、旅行鞄。小さなものではポケモンに持たせるためのきのみや、道具など。ギアステーションは人がたくさん集まる場所でありますから、それだけ落し物もたくさんあるのです。そうそう、特に月の始まりなどは少々増える傾向があるようでございますね。
少年はそれをみて、ああ、と息を吐きました。そして途方に暮れたような瞳で、私の顔をちらりと見たのでございます。なので私は、探し物のお手伝いをしましょうかと少年に問いました。ちょうど仕事も、予定より早めに終わったことですから。

ですが手伝いの申し入れに、少年は一度首を横に振りました。まずは自分で探してみるというのです。なので私は6日前に届けられた落し物が置かれている場所に、少年を案内しました。そこにはたくさんの、赤色を含んだ落し物がありました。元々赤、という色はさまざまなものに含まれている色でございますから。

少年が今にも泣きそうな顔をしているのを横目で確認して、私はもう一度、お手伝いしましょうかと少年に問いかけました。少年はぐす、と鼻をすすりながらうんと頷きました。そうして私達は、二人がかりで落し物の山の捜索を始めたのでございます。

捜索は難航しました。6日目、5日目、4日目の調査を終えて3日前の落し物の山に移った時、私は少年に何か手掛かりはないのかと尋ねました。赤いもの、という漠然とした答えで彼の捜し物を見つけられると思わなかったからです。

すると少年は少し困ったような顔をして、それから今から話すことは誰にも言わないでください、と私に言いました。話してしまったら僕はあなたをどうにかしなければなりません、と物騒なことも……御安心くださいまし。彼の許可は貰っておりますから。私は平気です。ありがとうございます。

さて、少年が言うには、彼の正体は火蜥蜴なのだそうです。サラマンドラ、という呼び名もあると言っていましたね。ご存知でしょうか?

ご存知、ということはもしかしたら彼はあなたの世界の住人だったのかもしれませんね。ええ、それが例えお伽話だとしても……。
ちなみにこの世界にはヒトカゲというポケモンがおりますから、私、大層驚いたのです。ポケモンが人に変化したのか、と開いた口が塞がりませんでした。それは私の勘違いだったのですけども。

自らの正体を明かした後に、少年が一つ妙な咳をしたかと思うとその体はどんどんゆがんで、さらに小さくなって行きました。1分もたたずに、その姿は大きく様変わりしていました。私の足元には、一匹のメグロコのような形をした生き物がいたのです。ただ、その体は少年の目と同じように、きれいなルビー色をしていましたが。

メグロコ、というポケモンはこのような形をしております……そうですか、あなたの世界では鰐や蜥蜴、そんな呼び方があるのですね。ならば火蜥蜴、という名前は火を扱う蜥蜴、という意味でしょうか。面白いこともあるものですね。こちらの世界のヒトカゲ、というポケモンもまた、火を操る生き物なのです。

そうして、形を変えた少年は私に改めて自己紹介をしました。彼の名前、住んでいる場所、どうやってここに来たのか。落し物の正体のこと。私は彼の話を聞きながら、まるで夢のような話だと思っておりました。人語を解し、喋る生き物。もちろんポケモン達だって、こちらの話すことをある程度理解しているのです。ですが人の言葉を喋る生き物、となるとそれはまた別の驚きがあるものです。少なくとも私は、人語を話すポケモンに出会ったことがありませんでしたから。

さて、彼が言うには落し物は彼の鱗だそうでした。確かに彼の背中には、ひとつの小さな穴がぽかりとあいておりました。この部分の鱗を、6日前に落としてしまったそうです。それは丁度、先ほど見せた未使用の消しゴムほどの大きさをしておりました。

ここまでくればもうお分かりになられた事でしょうが、その少年の言う鱗、とは私があつい岩と勘違いしていた岩の欠片だったのです。ですが、その時の私には全く見当がつきませんでした。少年の鱗は綺麗なルビー色でしたから、私がルビー色の、きらきらと輝く鱗の欠片を想像してしまったのはわけもありません。

私は倉庫の管理も請負っておりますから、中に入れられているものは粗方把握しておりました。勿論リストもつけてありましたから、私は管理室の方に戻ってそのリストを読みました。しかし、彼の言う鱗を表すような単語、例えばルビーの指輪などは、一つもなかったのです。

倉庫の中に戻った私が彼にそう告げますと、彼は火が鎮火するような音を立てて嘆き悲しみました。どうしようどうしよう、とルビーの瞳から水晶のような涙をぽろぽろと落として嘆くものですから、私は大層気の毒になりまして、また昼間に来てご覧なさいと言いました。捜し物、というものは少し時間が立ってから見つかることが多いですし、それに明るいほうがいくらか視野も広がるというものです。

しかし、彼はそれにぶんぶんと首を振りました。今夜見つからないと大変な事になるというのです。一体何が起こるのか、と私が彼に尋ねますと、彼はしゃくりあげつつもぽつりぽつりと彼の鱗について話してくれました。なんでも、彼の鱗は溶岩を固めたものなのだそうです。そしてそれは、一週間ほど彼の体を離れてしまいますと、もとの有り様に戻ってしまうのだそうです。

その量がどれくらいなのかといいますと……確か彼は鱗1つにつき山1つ分だと言っておりましたから私にはとても想像できませんでした。しかし彼は嘘を付いているように思えませんでしたから、私はどうしたら良いだろうかと思いました。なんせ、彼の鱗はここにはない可能性だってあるのです。

なのでそのようなことを彼に尋ねますと、彼は確かにここにあるはずだと言いました。ちゃんとした生き物に占ってもらったそうです。でもそれは自分で見つけるしかなく、更に鱗の形や色は高い確率で変わっているはずだとも言っておりました。

そう聞いて、私は即座に脳内にあったルビー色の鱗のヴィジョンを捨てました。代わりに浮かんできたのは冷めた溶岩のヴィジョンです。マグマッグ、というポケモンがこの世界には存在しているのですが、彼らは地の底を流れる溶岩にとても似ているのです。不思議なことに、何種類かのポケモンには自然そのものから産まれたようなものがいるのです。

地の奥底から噴き出た溶岩が冷たい場所に広がると黒く硬化するのと同じように、マグマッグも冷たいものが嫌いです。氷はあっさり溶かしますが、水はとても嫌いです。冷えて固まってしまいますから。なので、私は彼から離れた鱗もそのような色になっているのではないかと思いました。彼の鱗がルビー色に輝いているのは、彼の体そのものが高温だからなのではないかと。

そこまで考えて、私はもう一度管理室の方へ戻りました。そしてリストを手にとってあるものを探し始めました。そのあるもの、とは鉱物の落し物でした。

一番初めにお話したかと思いますが、この世界にはポケモンに持たせるための様々な効果を持った道具というものがございます。たとえばそこに置かれているあつい岩は、にほんばれというわざの効果を高めてくれます。その他にもさらさら岩と呼ばれる岩、ポケモンの進化、という現象を引き起こす水の石や炎の石……道具として使える鉱物の種類はそこまで多くありませんが、そのようなものが存在しています。私は彼から離れた鱗が、そのようなものに変化したのではないかと思ったのです。

勿論これはただの勘のようなもので、確証はありませんでした。しかし私はこれしかない、と思っておりましたから、リストを片手に倉庫に戻り、それらを探し出して彼に差し出したのです。勿論その日届けられた小さなあつい岩も、ちゃんとその中に入れて。

目の前に置かれていったいくつもの鉱物に、彼は目をぱちぱちと瞬かせました。そして私の顔を見、なぜこれを僕の前に置いたのですかと言いました。

そこで私は、溶岩が冷えると岩のようなものになることを彼に掻い摘んで話しました。彼はそれを知らなかったのか、最初は訝しげな顔をしていましたが、山が噴火したあとの情景を思い出していただけたのか、少しすると晴れやかな顔つきになっておりました。ちなみに私が何故、彼の表情がわかったのかと申しますと彼の気分に反応して体中の鱗がちかちかと瞬いていたからでございます。

彼はいそいそと顔をかがめて、私が置いた鉱物をじっくりと眺めました。私は大きさであればあの小さなあつい岩だろうなとおもったのですが、一つだけ落とし物の中に含まれていた炎の石も、その可能性はあると思いました。中に炎がそのまま閉じ込められたような炎の石に関しては、彼も同意見だったようです。

なので最終的に、鉱物は2つまで絞りこまれました。片方は炎の石。もう片方は小さなあつい岩でした。彼はうんうんと唸って、その2つを何度も交互に見比べました。私はその間、少し散らかってしまった倉庫の中を片付けようかとも思いましたが、ここまで来て彼を一人悩ませるのも忍びなく側で共に考えておりました。

彼の鱗のようなもの、というのであれば炎の石が正しいでしょう。それは一昨日、私の部下によって拾われたものでありました。
しかし、大きさで言えばあつい岩が正しかったのです。それに、冷えた溶岩は黒く岩のように固まるものでありますから。なので私達はとても悩みました。彼はともかくとして私は命がかかっていましたから、真剣にもなるというものです。

そして、とうとう夜も開けようかという時間になってしまいました。彼と私はまだ悩んでいましたが、それでも答えは出ませんでした。しかし、これだと決めるのなら私はあつい岩を、彼は炎の石を選んでおりました。どちらにもそれなりに納得できる理由があったからです。

あと30分、という時に私達は顔を見合わせました。彼の鱗の輝きは少し曇っておりました。私と同じく、不安だったのだと思います。しかしその中には何かを決意するような煌きも混じっておりましたので、きっとあの時の彼はしっかりとした心でそれを決めたのだと私は思います。

あと15分、という時になんと彼は、私に選んでほしいと言ったのです。私はとても驚きました。彼は何度か「自分で選ばねばならない」と言っておりましたから。なので私は一度、それを断りました。しかし彼はどうしても、と食いさがり、たとえそれが間違いであっても後悔はしないと私に向かって言いました。落とした鱗はすっかりこちらの世界の物に変質してしまっているようだし、もしそれが間違っていたとしても、溶岩があふれだすのを食い止めて見せるとも。なんせ彼は火蜥蜴でしたから。

焦らさずに言ってしまえば、私がここに存在している事。そしてあの倉庫が無事であることから答えは分かっていただけたと思います。私は正解を引けたのです。あの小さなあつい岩は、彼の無くしたうろこの部分に溶けるように同化して、彼の体と同じように紅く燃えるように輝きだしました。それはとてもとても幻想的な光景でございました。今でもたやすく脳裏に浮かび上がるほど、鮮明に覚えております。

無事にうろこが元に戻ったあと、彼は暫く呆然としておりました。声をかけても目の前で手を振っても反応しないものですから、私は彼が正気に戻ったときのためにお茶を入れる事にして、管理室の方へ戻りました。しかし今、こうして考えてみるとですね。炎の塊のようだった彼にお茶を出すのは少々失礼な行為であったと思います。結局彼はお茶を飲もうとして蒸発させてしまいましたし、私が出したティーカップも少し溶かしていましたからね。

しばらく呆けていた彼は、勿論その間不思議と時計は進まなかったのですが、私が茶を入れ終わりお茶受けを二人分用意したところでようやく我に帰ったようで、今度は人型で倉庫からよろよろと出てまいりました。その後は先ほど語った通り、茶を蒸発させ、私のティーカップを溶かして酷く慌てておりました。人間の時の姿や、行動、言動からも多少推測出来ましたが、彼はまだ生まれたばかりの幼体で、うまく温度調節が出来なかったそうです。溶けたティーカップを見てしょんぼりしながら私の差し出したお茶菓子を食べて、甘くて美味しいと喜んでいた姿は大層可愛らしいものでありました。

失礼、少々話が脱線してしまいましたね。とにかく、そうして鱗がすべて戻った彼はとても晴れ晴れとした顔をしておりました。そして私に何か礼を差し上げたい、と言いました。私としてはある意味で貴重な、とてもハラハラする体験をさせていただきましたことですし、お礼などはいらないと言おうと思ったのです。でも、彼はとても、そうですね、やる気に満ち溢れていたと言いましょうか。彼の白金色の髪の毛はぱちぱちと様々な色の火花を散らし、瞳は彼の鱗に似てごうごうと燃え盛っていましたから、私は一瞬脅されているのかと思ってしまったほどです。なので私はいらないとは到底口に出せませんでした。きっと、私がそういってしまったなら彼はとても残念に思うことだろうと嫌でも予測できたからです。

彼は、そうして体を発光させながらしばし悩んでおりました。それを見ながら、私はどうかささやかなものをと願っておりました。私にはサラマンダー、という種族がどれだけの力を持っているか理解していません。こちらにはそのような伝承がないからです。しかし、彼の様子を見れば強大な力を持つ生き物だということは簡単に想像することが出来ました。そもそも、鱗一枚一枚が山一つ分の溶岩である生き物など、恐らくこの世界にも存在しないでしょうからね。

なので、もし彼が私の身にあまる何かを下さった場合、私はそれを返さねばならないと思いました。自分が持て余すような何かをいただいても、それは殆どの場合良くないことを引き込むだけですからね。でも、私はそのような心配をする必要はありませんでした。

残念だけど、と生きる世界が違う事を悔やみながら彼が私にある提案をした時、失礼ながら私は安心してしまいました。過ぎたるものを渡されなかったことに安堵しながら、私はその案に頷きました。その時、偶然と言ってよいのかはさておき、私の手持ちの中にはカントーでの知り合いからのポケモンの卵が存在していたのです。そしてそれは奇しくもヒトカゲのたまごでした。

彼の言う提案とは、私の手持ちに少々力を与えることでした。この世界の異端にはならないようにするから、と言って彼は私が渡したたまごを持ち上げて、そっと頬を摺り寄せました。傍目にみればそれはただ少年がたまごを抱きしめているだけの図でしたが、返されたたまごからは不思議な力を感じました。子を守るための分厚い殻を通しても分かる温かさは、中のポケモンが強大な能力を渡されたことに他なりません。そこで私はあらためて、目の前の少年の強大さを思ったのです。

そして、この子がそのポケモンなのですよ。・・・・おや、驚かれましたか。やはりあなたの言うヒトカゲとこの子は違う生き物のようですね。

ぜんこくずかんNo.004。種族名はヒトカゲ。特性はサンパワー。異世界の炎神から加護をいただいた、一味も二味も違う私の手持ちでございます。

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