シャチ30


元親との付き合いは、何年も何年も続いた。彼が死ぬまで、ずっと、ずっと。私は彼の子孫ともそれなりに交流を続けていたが、何故か中々死なず、生き続ける私をかれらはだんだん遠ざけるようになった。元親とちがって意思もほとんど通じなかったし、ずっと姿形が変わらぬ生き物は気持ちが悪かったことだろう。自分でもびっくりだ。だから当たり前と言えば当たり前かもしれない。そして、いつのまにか戦国時代は終わって、世の中は私が元生きていた時代に近づいていた。

木造の船は、鉄の舟となった。海はどんどん汚れていった。工場から流れ出る汚水でたくさんの魚がしんだ。キノコ雲からふりそそいだ死の雪は海にまで影響を及ぼした。私は群れのシャチをひきつれて、しばらく外洋で暮らしていた。一つ年がすぎるたびに、あの海に戻る気持ちはどんどん薄れていった。もう思い出の場所もないだろう。あれから約400年もの時が過ぎたのだから。

それでも、私は時々あの懐かしい海へと泳いでいった。港には近代化に伴い、こうこうと灯りがともっている。顔を海面から出して、私は空を見上げた。どうりでやけに明るいとおもった。今日は満月だ。

「……………ぐぅ?」

どこからか子供のこえがする。ここは海のど真ん中。陸に近いわけがないのに。

背鰭だけを外気にさらして私はその声のもとを探した。約10分ほど辺りを見回っただろうか。小さなボートを見つけた。ボートのうえには小さな影が二つ、なにやら言い争っている。

「どうすんだよ!もう港にもどれねぇじゃねーか!」
「そんなこといってもどうしようもないだろ!俺だってあんなところに海流があるとか知らなかった!」
「オールだってなくした!」
「あれは不可抗力だ!」

ぎゃんぎゃん。よくわからないが彼らは喧嘩をしている。港に戻れないから。あの時を思い出すなぁ、弥三郎にであったとき。弥三郎も、海で迷子になってたんだっけ。

「…………あれ?おい、政宗」
「あ?なんだよ」
「なんか、うごいてないか?陸にむかって」
「………………」
「なぁ……………」
「…………うん、背びれ」

イルカ?と頭上から声が降ってくる。私は陸に向かってボートを押しながら喉の奥でわらった。まぁ、シャチが人助けするとか誰も思わないよね。

「…………いやちがう、これ、イルカじゃない」
「なんでわかんだよ」
「俺、海好きだもん。そこに住んでる生き物の区別ぐらいはつく」
「あー、よく水族館行ってたもんな」
「うん、これたぶん」

シャチだ。子供のかたわれが正解を引き当てる。私はその褒美にばしゃっと水面から顔を出した。うわっ!と驚いて後ろにのけぞる子供と、目をきらきらと輝かせてこちらを見る子供。

「シャチだ!本物のシャチだぜ政宗!」
「いやこええよ!でかすぎるだろシャチっ!」
「すげぇ!すっげぇ!!」

おいよくみとけ!土産話が出来たぜ!とはしゃぐ子供は怯えているもう片方をがくがくと揺さぶっている。物おじしない子供だなぁと思いながら私は再度海の中にもぐって、ボートを押し始めた。

「シャチって人助けするのか?そんな話聞いたことねぇ」
「あー…………」
「?」
「ちょっとまて、いまなんか思いだしそう」

うーんうーんと悩む声。私は頭上の会話を聞きながら港までの距離を確認した。あと少しだ、あと10分ぐらいで着くだろう。

「あ、おい見ろよ。もう港についちゃうぜ。すげぇ早い」
「まて、まだ思いだせない」
「何を思い出したいんだ?」
「シャチのこと。前にうちのじいちゃんからきいたことあるんだ」
「へぇー」

ごつん、ボートが桟橋に当たる。陸だ!といいながら片方がぴょんとボートの上から桟橋に乗り移った。

「おい、一回上がろうぜ」
「あ、おう」

がた、とおとがしてボートがすっかり軽くなる。シャチさん、と呼ばれたので私は海面へと顔を出した。

「シャチさん、ちょっと、頭ん所見せてもらっていい?」
「結局なんか思い出せたのか?」
「うん、思い出した」

かち、と何かスイッチをいれるおとがして、それから目の前があかるくなる。一瞬なにが起こっているかよくわからなかったが、私は即座に懐中電灯の存在を思い出した。私の頭部あたりを懐中電灯で照らした少年が、ああ、と息を吐く。

「やっぱりあんた、まだらだ。まだら様だ、そうだろ?」
「なんだ?まだらって」
「うちに伝わる、シャチの名前だ。あとで詳しく教えてやるよ」

まだら様、と屈んで、手を伸ばしてきた少年の手に私は顔をすり付ける。よくみたら、少年の髪の毛は銀色だった。怪我でもしているのか、左目に眼帯をしていた。少年は小さい頃の彼に瓜二つだった。物怖じしない性格も、そうだ。

「助けてくれて、ありがとう」

彼のうしろで、少年が危なくないのか元親と声をあげる。私から目を離さずに大丈夫だ、と答えた少年の声にあわせるようにして私は鳴いた。

久しぶりだね、元親。

400年ぶりだけど、ちゃんとわかるよ。

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