ハ虫類の瞳


遠い遠い昔の事だ。人間の言葉で言えば、俺は一匹の蛇であった。3年ほど生きた蛇だった。死因はよく覚えていないが、意識を失う前にいきなり地面が遠ざかった事だけは覚えているので、恐らく鳥にでも捕まったのだろう。鳶か、鷹か?奴らは蛇を食べるから。

「・・・おいで、おいで」

ぎぃー!と木の枝で出来た巣の中で、鷹の雛が鋭い悲鳴をあげて俺を威嚇する。以前は恐ろしかった天敵も、人間の身になればただの肉。見下しつつ愛と慈しみを持って接してやろうとしているのに奴らは俺を拒むのだ。今すぐ焼いて食ってやってもいいんだぞ、生は生でいけるが熱を通した肉と言うものは大層美味い。

「つばめ」
「おお、」

下から投げかけられた声にこたえて、俺を威嚇する雛の首根っこをひっ掴みするりと木上から地面に降り立つ。その衝撃で、足の下の枯れ葉が2、3枚くしゃりと音をたてた。いつもならこんな事はないから、きっと雛の体重の分だろう。

「・・・それ、捕まえたの?」
「ああ、ぴぃぴぃ鳴いていたから」
「親は」
「狐にでもやられたんだろ」

血と羽が散らばっていたから集めて置いた、と懐から束にした羽の塊を取り出す。もちろんちゃんと蚤虱の類は取ってある。じゃないと自分が被害を受ける羽目になってしまう、それは勘弁願いたい。

「これで矢でも作ろうかと思っている。きっと良く飛ぶぞ」
「・・・・・・そう」
「お前にも分けてやろうか?」
「・・・いや、いらない。使わないから」
「そうか」

首を振られたのでごそごそと羽をまた懐にしまいこむ。夕暮れと夜の境目のような色の髪をもつ少年は、いらないと首を振った癖にそれをじいっと見ていた。やっぱりほしいのかなと束ねた塊の中から一枚だけ、がっしりとした羽を抜き取る。それをずい、と差し出せば彼は驚いたかのように僅かにその身を引いた。

「やるって。綺麗だから」
「いいって」
「本当に?」
「・・・・・ほんとに」
「そうか」

その割には返事が遅かった。でも追及する事もなかろうと思ってまたその羽を懐へ。彼は今度はそれをみなかった。真っ暗な眼をして山の上を見つめていた。

「俺、もう行く」
「そうか」
「・・・・・・」
「またな」

黙って歩きだした少年にばいばい、と軽く手を振る。ちらりとそれをみた彼は物凄い速さで山奥へと駆けて行ってしまった。初めて出会ってから3、4日になるが、いまだにあいつは名前を教えてくれないし何処に住んでいるのかも言ってくれない。聞くと黙り込んでしまう。でも奴は俺の名前その他を知っているので、なんだか癪だ。

「次会ったらあかいのと呼んでやろう」

そう呟き、首をすくめて踵を返す。懐に入れた雛がつんつんと素肌を突くのがほんの少しだけ痛かったが、その部分だけぽかぽかと暖かいので良しとした。

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