「イヤ今回はホント気ぃ利かせたんでさァ。這いつくばって感謝しろよ土方コノヤロー」


 部屋を変えてほしいと、病院にしつこく食い下がったら総悟が遣わされてきた。暇なのか。事務方なにやってんだ。すっげえ書類溜まってそう。こわっ。

「なにやら危なっかしいんで、真選組特権振りかざして大部屋に空き作っといたんでさァ。あーいいことした」
「ンな特権ねえよ!?」
「作りやした。真選組副長のハンコ捺しときました」
「なにやってくれてんだよ……」

 総悟が隊服なので、俺たちは屋上でコソコソと話している。まさか真選組が一般人押しのけてベッド確保していたことを公にできまい。

「だが俺の隣は空いてたぞ。俺の後から入ってきたし」
「名前分かりますかィ? こちとら身体が資本なんで、枠は欲しいでしょ。事と次第によっちゃクレームを……」
「俺はテメェにクレームだよ。隣は万事屋だ」
「あ、それはウチ枠でさァ」


 総悟はあっさりケロリと言い放った。なんなのコイツ。真選組枠だけでもヤバイのに真選組枠に知り合い(総悟の知り合いだ)入れたら大問題だろが。ふざけんな。屯所戻りてえ。怖すぎる。
 声を潜めて説教モードに入ったのにこのクソガキは真面目に聞く気配はない。その上さらに不穏な発言を始めたのでまた気分が悪くなってきた。


「いえね、この前旦那が姉上のお墓に線香上げてくだすったらしくて、お返しにっつーか、奴らは現物の方がいいでしょうから団子を持ってったんですが、なんと旦那が徹底した引き篭もりになってましてね」
「……いつものことだろ、」
「いつもったって行き過ぎでさ。布団から出てこねーし部屋行って話しかけても全無視でね。そもそも頭から布団被ってっから暑さハンパねえでしょ」
「……」
「こりゃ近いうちにマズイことになるなと思ったんで、真選組枠のベッド使いやした」


 今現にマズイことになってるのは無視かこのクソガキ。真選組の不正だけじゃねえ。個人的に俺がマズイ。


「とにかく! 一般人押しのけただけでもヤバイのに野郎の面倒まで見切れるか。俺も野郎も退院させろ。さもなきゃ斬る」
「おーいみんなぁ、この人頭の中身怪我してるよぅ俺のこと斬るって言うよぅ、ここ病院なのにぃ」
「ぅぅぅう……」
「まあまあ、いいから大人しくしてなせェ。近藤さんの命令でさ」

 ――丸め込まれた。



 病室に戻ると、隣のスペースは変わらずカーテンで覆われていた。個人のスペースは俺も確保したい質なので、ベッドに座りつつなんとなくこちらのカーテンも閉めた。世話好きらしき婆さんがカーテンを割って話しかけてきたが生憎つき合う気力はなく、一瞥した(つもりだが婆さんはなんかビビってた)だけで返事もせずに閉め切って、寝転がった。
 別に隣の真似したわけじゃねーし。断じて違うから。俺『が』閉めたかっただけだし。つうかテメェが詫びなんぞ口に出すのも厚かましいってんだ。よく考えたら俺は被害者じゃねえか。
 たいした被害じゃねえけどな! 俺だったから良かったものの、黒髪ショートの女だったら犯罪だから。俺相手だって犯罪だけどその辺は目ェ瞑ってやる。現場検証されたくないしな。

 あのことは、俺だけの記憶だ。他のバカどもに教えてやるひつよ……

 イヤイヤイヤイヤ、変な意味じゃねーし。知られたくないこたァ誰だってある。犯人を庇い立てする訳じゃないが証言させられる身に……って俺いつも説得する側じゃねえの? 真選組がそっち方面摘発するのは珍しいとしても。なんか女の説得は俺、みたいになってんだよいつも。総悟にさせると虚偽の証言するように躾ちまうし、近藤さんも……女性受けしねえし。あれ? 今度から山崎でいいんじゃね? 空気みたいな奴だから独り言感覚で証言してくれんじゃね?

 まあそれは置いて、犯罪を増やす原因にもなりかねないから泣き寝入りはするな、って立場な訳だ。俺はな。
 で、自分の身に降りかかってきたんだが。


 こいつが同じ犯行を繰り返すとは思えない。


 根拠なくそう思う。いや、そう思いたいのだ。
 見境なく人を襲う男ではない。たまたま偶然が幾つも重なってああなっただけであって、他でもやらかしていると思いたくない。
 確かに恋愛についてはロクな経験もないようなことを言っていたし、割り切ったつき合いが多かったようだ。そしてスーパーの女とは、少なくとも一夜を共にする間柄ではなかった。

 だが男の俺はどうだ。
 そもそもいきなり襲われたに等しかった。女好きのあの男が、衝動に任せて男を襲うだろうか。ない、と思う。
 ではあの夜、何が起きたのか。


 ――だってお前、男じゃん


 俺にとって常識中の常識だったことは、奴にとっての非常識ではなく、奴もまた、非常識と知った上で俺に向き合ったのではないか。


 ――俺を見て。土方


 俺は深く考えずにそれを切り捨てた。
 当たり前だと思った。万事屋もまた、俺に対してそんな感情を持つのは非常識だと認識した上で思い切って吐露した言葉だったかもしれないのに。
 そして今、俺はあの時の万事屋と似た思考をしている気がする。気のせいだろうか。気のせいであってほしい。


『俺だから、ヤッちまったんだろ?』


 女とか男とか、そういう括りではなく。俺だったから。
 だがその後の万事屋は酷く冷ややかだった。冷ややかに、汚い物のように放り出した。俺に価値を見出さない冷酷さに、俺は怯えた。

 そういうことだ。

 今、隣にいる万事屋に触れられないのも、触れようとすると恐怖で体が震えるのも、万事屋の拒絶が恐ろしいからだ。
 つまり俺は、万事屋に拒絶して欲しくないと願っている。


 ――俺を見て


 同性間の恋愛など考えたこともなかった俺は、あの時万事屋の想いを簡単に切り捨てた。一瞥もしなかった。非常識だと思った。そのくせそれ以後も今まで通りの接触が当然だと思っていた。俺を避ける万事屋に腹を立てさえした。
 これはその報いだ。

 俺を見て欲しい。万事屋。

 だがそれを願うことさえもう、できない。




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