あーびっくりした、トシが熱中症なんて。真面目過ぎない? 上着脱げよ、スカーフもさぁ、いらねーじゃん。ノースリーブお勧めよ? 総悟に作ってもらえよ。
「いらねーよ。それに上着とかもう着てねーから。シャツも袖捲ってるから」
でもさぁ、ベストが暑さ吸い取らね? なんかこう、虫眼鏡で焼かれてる黒い紙みたいな。そろそろ煙出るんじゃね、みたいな。
「だからってベストまで脱いだら、もう隊服じゃねえだろ。リーマンと変わんねえだろ」
でもよでもでも、だってさぁトシ……
「山崎ィィイ! 近藤さんどっか持ってけ」
悪かったと思う。反省もした。それでも、日頃丈夫なのが却って災いして近藤さんが無闇に心配する。休みを取れと強要する。
もう休みはいらない。余計なことを考える時間は要らない。仕事に戻って真選組のことだけ考えさせてくれそれが俺のためなんだ。
総悟も鬱陶しい。疑惑の目をキラキラさせて(普通はキラキラしないはずだ。わかってる)、遠巻きに見てる。遠巻きってのが鬱陶しい。近づいてくればテメェの考えることなんざお見通しだし間違ってんだよバカ、と言ってやれるのに、決して近寄ってこない。そしてこれ見よがしに鉄や山崎に耳打ちして見せる。もうやだアイツ、どっかに捨ててきてえ。
身内さえ鬱陶しいのに、あんな野郎が鬱陶しくない訳がない。
あんな野郎。あんこ食っちゃ何かやってるロクデナシ。あれっ、「あんなやろく」になっちまうのかな? とにかく万事屋だ。
見廻りも順調にこなしている。奴が寄ってこないなら好都合だ。アイツだって秋になれば溶けた頭も冷えて、元に戻るだろう。きっと。
(いやいやいや、どっちでもいい。戻らなくても問題ねえし)
ていうかなんで俺は野郎が邪魔であることを自分に言い聞かせてるんだ。おかしい。鬱陶しいと結論付けて考えないことを選択したのに、『考えてないから。考えるの面倒だから』って考え続けるのは、結局考えてるってことだろう。それは俺の選択と大きくズレている。
どうしてだ。なんでだ。なぜ自分自身なのにコントロールできない。
旧盆手前に、そっとミツバの墓参りをした。
総悟より早い時期だった。墓は整頓されていたが、手向けられた花もなく、線香もなかった。俺も持ってはいない。
こういうところが冷たいと言われる所以なのだろう。だが他意はないのだ。身内でもない者が花を手向け、線香をあげることを、僭越だと思うだけだ。もうじき総悟が来るだろう。その時に、あの野郎勝手なことしやがってと、心を乱すのが不本意だからだ。
だが今年は思い直して、線香を買いに戻った。
これなら灰になるだけだ。総悟にもわからないだろう……
俺はミツバが亡くなってから初めて、墓前に線香を手向けた。いつもは手ぶらで来て一服して帰るだけなのに。
喜ばれた、だろうか。ミツバに。
あの世に住むあの人に。
戻って来るのか。もうすぐ。
――なあ、線香くらいで恩着せがましいけどよ
いつの間にか俺は、ミツバに語りかけていた。
――今度は俺のとこにも来てくんねえか
そして俺をそっちに連れてってくれないか。
なんだか体は思うように動かないし、思考も思い通りにならな……
(俺は、何を)
今、ミツバに何を頼もうとした。
そんな理由じゃない。そんな理由でお前に会いたいんじゃないんだミツバ。
お前に会わなければ、俺は忘れてしまう。在りし日の、あなたの姿を。
それが堪らなく嫌だ。現実に上書きされるのが、あなたの面影がどんどん遠ざかるのが。
あなたをありありと思い出せないくらいなら、そっちの世界に行ってしまいたい。
屯所に戻ると、何処からかまた近藤さんがやってきてどうだったと聞く。何がだと聞き返せば、
「今日どの辺回ったよ」
「収獲あった? ないよなー」
「んでんで? 誰かに会ったりした?」
「んじゃはっきり言うけど、万事屋に会った?」
「もうそろそろいんじゃね? ほんと長いよなぁ今回」
「……万事屋とは会わない。悪いが総悟には聞かせたくねえとこに寄ってきた」
あんなに綺麗な生き方をした人に詣でて、直後に俗物のあの男なんぞ見たくもない。近藤さんの心配はわかるが、それは決して近くにあってはならない物で、見間違いたくないのだ。
今日、それを確かめた。
もう大丈夫だ。
それからは万事屋がいる「かもしれない」と気を張ることもなくなったし、不意に出くわしても無視できるくらい(予想)こころは平静になった。
俺にはミツバがいる。ミツバがどう思っていようが、俺は生涯彼女を心に想う。現世で幸せにできなかった女を、俺は最後まで想い続けるんだ。
やっと平和な日々が戻ってきたというのに。
奴は現れた。奴ともあろう者が、俺の気配に気づかなかった。
女連れで、目の前を横切っていく万事屋を見て俺の予想は脆くも崩れた。
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