『俺を見て』
とうとう気が触れたか。あの流れだと、俺が万事屋とそういうつき合いをすることになる。それはおかしい。おかしいに決まってる。何度考えたって答えは同じだ。
いくら俺が金払って性欲処理してるからって、男は無理だ。しかも万事屋。無理さ加減がハンパない。
さらに意味不明なことに、あいつは端からそう言うつもりだったらしい。端って本当の初っ端で、万事屋に誘われて飲みに行ったものの散々待たされたアレだ。
思い出してみろテメェなに言ってんだ。おまえ最初は俺の金で鰤塩だの鍋だの食ってホクホクしてただけじゃねーか。遅刻については『俺が時間通りに来ると思う?』みたいな、時間守った俺がバカみたいな言い方して。
せ○子それ恋愛感情と違う。
俺だってわかる。それは俺の財布に惚れただけであって、そんなのは却下だ。持ち主として断固拒否する。
そもそも恋心ってのは男女の間に沸くものだ。たとえばお前自身の最近の行動を見ろ。栗子と別れさせろと依頼したのに最後のほうくっ付けようとしたよな。調子乗って俺の頭グリグリ踏んづける奴がどの口で俺に惚れてるとか言うか。あと、なにあの着ぐるみ。惚れた奴に着せるか普通。取ってあるけど。そしてお前だって、俺(男)と栗子(女)だからくっ付けようとしたんだろ。間違ってもマヨ丼がきっかけじゃねえよな。
「だんまりもいいんですがねィ、ザキと鉄がハラハラドキドキしてウゼェんで、さっさと解決してくだせぇ」
俺自身、悩み事に気を取られている自覚はあった。表に出さない努力はしたが、毎日寝起きを共にする奴らにはばれてしまう。
「解決って。困ってんの俺じゃねーから。相手が悪いから」
「旦那が悪いんですか? 説教しときまさぁ」
「なんで万事屋だァァア!?」
「えええ!? 違うんで!?」
なんで万事屋だと思うんだお前は。勘がいいってレベルじゃない、俺のこと尾行してるだろ。イヤ陥れる気だろ。そんなことさせねえから。覚えてろ。
万事屋の事は済んだんだボケ。あの後、気まずい中料理が出てきて食わなきゃ帰れない感じになって、俺は食ったが奴は飲む一方でたちどころに潰れた。
仕方ねえから籠に詰め込んで万事屋まで運んでやった。俺が担いで行く必要はない。飲み屋の金払おうとしたら、もう毛玉が支払い済みだったのにはちょっと驚いたが、籠代は先払いで払ってやったから相殺だろう。
翌日、俺は問題なく見廻りに出たがあの野郎は見かけなかった。前日の酔いをまだ引っ張ってんだろう。外に出たくなきゃ出ないで済むって、いいご身分だ。迷惑かけられたんだから今度会ったら謝罪を要求しよう……
と思っていたのに、一週間たっても二週間経っても、奴の姿を見ることはなかった。遠方で仕事しているのだろうか。それにしてはメガネやチャイナが江戸に残っている。ガンガン遊びまくっている。あまり悲惨なことにはなってないらしい。
「気になりますか? 旦那のこと」
今度は山崎が要らぬことを言い出した。なんで俺が気にしなきゃならねえんだ、と言い返すと、
「探りに行かされないならいいです。俺はそのほうがいいです」
とか言って速攻で逃げた。捕まえてひとつ殴って詳しく聞くと、『副長ったらここんとこ毎日俺に「万事屋を見たか」って聞くじゃないですか!? だから気を利かせたのに! 酷い!』などと妄想を垂れ流して俺を詰ってきたのでもう一発殴っといた。
気にしているわけじゃない。距離を保つために用心しているだけだ。また不意に奴が世迷言を囁いてこないように。ぞっとするわボケ。男とンな付き合いができるわけないだろ。
だがもし、坂田銀時が女であれば、俺の選考対象になっていたのだろうか……
ない。あんな口先だけペラペラよく動く女はいらない。いちいち言い返してきて、そのくせ好みは似通っていて行く先々で待ち合わせもしてないのにかち合い、喧嘩に至る――あれ、女だったらその辺の事情は変わるのかな。女で健康ランド好きっているのかな。や、そもそも女だったら健康ランドで会わねえな。あっでも映画は会いそうだしポップコーンはモッサモッサ今以上に食いそうだしやっぱりイライラするわ掛かってこいや、じゃなくて坂田は女ではないのだから、こんな『もしも』の話は全く無駄だ。
だいたい坂田は今の体に今のこころが揃ってこその憎たらしい坂田銀時なのであって、女の坂田は坂田銀時ではない。気にかける必要もない。女の坂田だったらきっと俺はあの店に連れて行かなかったし、そもそも二人きりで会うことに意味を見出さないから断っただろう。相手が坂田銀時であったからこそ、俺は呼び出しに応じ、心ならずも楽しい時間を過ごし、坂田には俺の内心を――あまり美しくない内心を知られたくないから逃げ出したのだ。あれ、坂田だからってどういうことだ。イヤ待て、これはいろんな要素が絡まっていて坂田になっちまったんだから仕方ない。なんかの拍子に例えば山崎……は、ねえな、原田とか終とかが坂田のポジションになっても……、
違う気がする。
仮に坂田が女だったらそれは坂田銀時ではない。だが坂田が男である限り俺は奴を恋愛対象にはしない。当然だ。
当たり前だがそれが残念だったりしないから。ほんと、そこだけはしっかりしとこう俺。坂田は男で、俺の性欲処理の相手にも、ましてや恋愛対象にもならない。以上。繰り返すが当然だ。
友人としてならどうだ。それくらいは出来るかもしれない。
というかそれが普通だろ。奴と俺は確かにいがみ合ってきたが、これを機にまあ、たまには穏やかに話し相手になってやってもいい。あいつ懐が寒そうだから、今まで行きたくても行けなかったような店に連れてってやってもいいし。貧乏舌かと思えば案外と美味い物をよく知ってた。俺の知らない屋台とか詳しかった。
そういう付き合いから始めるのが真っ当じゃねえのか――や、『から』始めるってなんだ。真っ当な付き合いに始まり真っ当な付き合いに終わるんだ。しっかりしろ俺。
「おい山崎! 今日万事屋を見たか」
「知りませんてば! 自分で見てくればいいじゃないですか、ぎゃあああああ!」
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