「俺は聖人君子じゃねえ。そら性欲もあんだろ、普通に」
万事屋は酷く驚いたらしかったが当たり前だろ、俺はどんだけ人格者なんだ。仏かなんかか。いい加減にしろ。
なんとか納得したように見えたのに、馬鹿は所詮馬鹿だった。
浮気心、と言った。
お前はミツバに惚れてたのか。それは予想外で、かなり衝撃だった。だがお前の思惑なんぞどうでもいい。お前にはその権利も資格もあるし、認めたくないがいい男だと思うから。それより俺が知りたいのは、
ミツバは――お前に惚れたのか。
お前の言う『浮気心』というのは、ミツバを護ると約束した、それに反するからなのか。それとももっと具体的に、ミツバと言葉を交わしたのか。
苦しい。早くここから出たい。女のところに逃げ出したい。
お前はミツバと、何を話した。
その中に俺の話は、少しでもあったのか。
俯く俺に、万事屋の容赦ない声が落ちた。
「俺としてはさぁ。浮気されたような気になっちまったワケよ」
だから言っただろう。俺は性欲だけ切り離して考えられるんだって。ミツバのことを忘れないままに、欲を満たすことは簡単なのだ。
本当に?
武州では確かに本当だった。どうせ触れられない美しすぎる人よりも手近な美人だった。それとこれとは別だった。そんな修羅場がミツバの耳に入っても、彼女は傷ついたりしないと思っていた。俺は知らなかったから……あの日まで。
知ったとしても、もう隠す必要はなかった。嫌ってくれればよかったのだ、俺が去って清々したと思ってくれれば本望だったのだ。
江戸に出てきてからも、真選組が体を成すまでは大人しくしていたもののそれなりに形になり、顔が利くようになれば遠慮なく買いに行った。あの頃は近藤さんも一緒に行ってたな。総悟はさすがに置いてった。隊服が決まり、髪を切り、名が知れ顔が売れて、近藤さんがお妙に夢中になってつき合わなくなっても、俺だけはそれとなく通い続けた。
そして、いつしかあの人の姿がぼやけるようになった。
総悟が幼いうちはまだ良かった。だが時が経ち、総悟は成長してミツバの面影を探すには無理が出てきた。
それは、ウワキとやらに入るのだろうか。
俺はあの人との約束を、忘れてはいないだろうか。
「―――――つけたの」
「……は、えっ」
考え過ぎて万事屋の言葉を聞き逃した。万事屋は仕方なさそうに笑って、繰り返しはしなかった。急かしたけれど、曖昧に笑うばかり。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「ミツバさんはね。死んじゃったんだよ」
もういないんだ。
長く節くれだった指を行儀よく組み合わせて、万事屋は柔らかに笑った。でもその緋色の目には、
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