土方。俺はたぶん、最初からこれが言いたかったんだと思う。
 お前ほど悲しめない後ろめたさや、お前ほど深い愛情を持たなかった後ろめたさや、もっと言えばミツバさんが亡くなったあの日、お前を一人にできなかった後ろめたさとか。

 そんなもの達が目を曇らせた。

 もっともお前と初めてここに来た日、お前にそれを告げたって受け入れられなかったかもしれない。ただ憎まれて終わる可能性のほうが高かっただろう。
 それでも俺はあの日言うべきだった。そうしたら今日、こうしてお前を追い込むこともなかった。

 でも俺は、こうなって良かったと思ってる。



 土方は呆然と俺を見るばかりで、言葉は出ない。

「前を向けなんてェのは決まり文句だ。言われてホイホイ前が向けたら苦労はしねえ」

 苦しいものだ。過去を過去と認めるのは。幸せだったことを過去にするのは。
 俺たちは生きてる。希望もある。どんなに大切な人が死んだって朝は来るし腹は減る。くだらないことに笑う日が来てしまう。その日から、その人の居ないことが普通になる、そんな自分が許せない。

「けど、おめーは前を向け。副長だろう。近藤の盾になんだろう。だからお前は後ろを見るな」



 海の向こうの国に、この国と同じような言い伝えがある、とある日松陽先生が言い出した。

 オルフェウスという音楽家には美しい妻がいた。しかしある時妻は死に、冥府へと連れ去られてしまった。
 オルフェウスは嘆き悲しみ、妻を冥府から取り戻すことにした。船の渡し人や地獄の番犬に妻への愛を歌い、得意の竪琴を奏でると、彼らはオルフェウスに同情して涙を流し、彼を通してくれたのだった。やっと妻の元に辿り着き、冥府の王と王妃に妻を連れ帰る許可をもらうが『出口まで決して妻を見ない』という条件を付けられたにもかかわらず、オルフェウスは出口まであと少しのところで妻がついてきているか不安になって振り返ってしまった。
 妻は冥府に引き戻され、オルフェウスは一人現世に戻る。その後妻以外の女を受け入れず、オルフェウスを愛した女たちに八つ裂きにされて死んでしまうんだ。


 土方、俺にはお前がオルフェウスみたいに見える。死んだ者は神ですら生き返らせることができない。なのにお前はまだ、あの人の死すら受け入れていないんじゃないか。冥府への道を探して彷徨う、哀れなオルフェウス。お前を八つ裂きにするのは女なんかじゃない。俺だ、土方。

「そんなこと、知っ……」

 ほら、声が震えてる。語尾なんか掠れて聞き取れやしない。どうしてそんなに動揺してんの。びっくりするとこなんぞひとつもねえよ。俺は冷たいから人の死なんてすぐに受け入れて過去にしちまうけど、優しいお前はなかなかできないかもしれない。それも、半生を掛けて愛した人なら、なおさら。

 お前はオルフェウスになっちゃいけない。真選組のためなんて表向きだ。俺のために戻ってこい。土方。


「もう一回聞く。いいヒト、見つけたの」


 土方は顔を覆い、首を大きく横に振ったきり動かなくなった。ほんの少し、啜り泣く声が聞こえたような気がしたけど聞こえなかったことにした。

「じゃあさ、」

 俺の声も震え出す。ここが勝負だ。頼む、

「俺を見て。土方」
「……」
「最初からずっとこれが言いたかった。上手く言えなくて、」
「……」
「まだ世界が終わったわけじゃない。だから」
「無理」
「ひじかた」



「だってお前、男じゃん」



 土方はやっと顔を上げた。絶望的に色を失くしていた。涙の溜まった睫毛が綺麗だった。その下から、土方は俺をこの世の終わりみたいに見つめていた。



 ――坂田銀時、玉砕。



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