土方がここに俺を連れて来たとき、俺は嬉しかった。誰も寄せ付けないコイツが、俺だけを懐に入れてくれたような気がした。ほんとは俺もこの店を知ってたけど、知らないフリするくらいに嬉しかった。


 あのとき、半端な覚悟で誘ったのが間違いの元だった。
 俺はどうしたかったんだろう。詫びたかったのか。何に。どうして。
 それがミツバさんに関することだったのは覚えている。コイツとミツバさんの間をほんの僅かでも裂くような真似をしたことが後ろめたかったこと。
 結局俺は何も言わなかった。土方も聞こうとしなかった。今となっては言わなくて正解だったし、土方が逃げて良かったと思う。


「どういうつもりだ。用がねえなら俺は帰る」

 土方はすっかり用心して、鋭くこっちを睨んでいる。親父は気を利かして座敷に席を変えてくれた。ていうかカウンターでツノ付き合わせてちゃ店の雰囲気が悪くなる。

「用はある。けどひと言じゃ済まねえ」

 酷く睨まれて敵意剥き出しだけどそれでも俺はやっぱり嬉しい。周りには誰もいないし土方は俺だけを睨んでるから。
 なあ、土方。
 俺がお前と飲みたがった理由は置いといて、お前はどうして逃げた。それまではすっかり気を許していたように見えたのは俺の錯覚か。
 あのとき俺の隣でふわふわ酔っ払って笑ってたお前が、俺は気になって仕方がなかった。近藤にしか見せないもんだと思ってた顔が隣にいて、愛想は決してよくないけど品書を見てどれがいい、なんて俺に聞いたりして、でも知らないうちに頼んでもらったのがすげえ俺の好みで、美味いって言ったら良かったな、って笑って。

 今日のおめーは隙あらば俺に噛みつこうとしてて、あのときの柔らかさは微塵もない。ないけど、俺はまたお前とサシで会えて嬉しいんだ。しかも今度は正々堂々、細工なしで。


「まず、じゃあアレ、こないだのあのツレのこと」
「言っとくがテメェの暴露なんざ俺は聞く義理ねえから」
「いや、俺が言ったからお前もとか言わねえから……」
「そうじゃねえ。テメェの下半身事情なんざ聞きたくねえっつってんだ。その話なら俺は」
「違うって! だからひと言じゃ済まねえって言っただろ、サワリだよサワリ!」

 ちょうどお通しと最初の一本が出てきたところだった。決して酌み交わすものか、とばかりに土方は速攻で手酌して杯を呷った。仕方ないから俺も自分のに注いだが、飲む気になれない。
 土方は目顔で話を進めろ、と合図してくる。尋問受けてるみたいでなんか泣きそうになる。

「初めに言っとくけどあのコは何にも悪くないから。ただ俺が都合よく遊んでただけで……」
「なんで隠した」
「や、なんとなく……おめーだってもしあん時女連れだったら、ちょっとカッコ悪ィなくらい思うだろ」
「思わないけど」
「……俺はね、不真面目な関係だったから。隠したかったの」
「俺も誠実とは言い難いがな。色恋じゃねえし」


 仏頂面で言い切る土方を、俺は口を開けてしばらく見つめてしまった。なんだか色恋に疎い、ウブいイメージだったんだけどそうではなかった。ちょっと驚いたんだ。
 土方は長いため息を吐いた。

「テメェらは、近藤さんたちも含めて、なんか勘違いしてやがんだ。俺は聖人君子じゃねえ。そら性欲もあんだろ、普通に」
「あ、まあ……だよな、うん」

 聖人君子とは思っちゃいなかったが土方が決しておキレイなだけの男じゃないとわかって、なんだか嬉しい。たぶん俺の顔が緩んだんだろう。土方の眉間に、一層深い皺ができた。火をつけたばかりのタバコを何故か灰皿に押し付け、それに気づいて舌打ちしてる。

「それから、言いふらしてないから」
「だから俺は困らねえって言っただろ。テメェは疚しいのかもしれねェが」
「疚しいこたァねえよ。あるとしたら、浮気心的な? 後ろめたさみたいな」


 突然土方の顔色が変わった。
 ほんの一瞬目を瞠り、すぐに睫毛が伏せられた。キレイだな、と思う。その仕草が。
 正面から俺を睨みつけていた目は影に隠れ、顔も俯いて声も出さない。吸いもしないタバコの灰だけをやけに気にして、灰皿に落とす。その指先はゴツゴツしていて俺と同じような造りなのに、見てて飽きないんだ。

「まあそれは置いといて、俺としてはさぁ。浮気されたような気になっちまったワケよ」

 今日は本当のことだけを言おう。
 そう決めてきた。時間が掛かりそうだと思ったから、沖田くんから土方のスケジュールを聞き出した。明日は非番だって。軽く驚いてたけど、なんだかすぐ納得して教えてくれた。ついでに朝帰りがあの後も一回あったことまで告げ口してくれた。

『俺としちゃどうなってもいいんですけどねィ』

 ほんとにどうでも良さそうに沖田は言ってた。

『姉上を成仏させてくだせえ。早々に』


 その通りだ、沖田。
 もしも天国っていうものがあるなら、ミツバさんは土方の想いの重さに、きっとそこまで行き着けてないに違いない。いつまでもあの世に辿り着かず、この世にも残れず、なんて、あんなに綺麗な人に相応しくない。
 お前の中のミツバさんは、もう本物じゃない。それはあの人にとっても、お前にとっても、不幸でしかない。
 いい加減現世を見ろ。
 そして他の誰かじゃなく、俺を見ろ土方。


 意味が飲み込めない土方は、ゆっくり視線を上げた。負けん気は影を潜め、じっと俺を探っている。


「土方くんにね。浮気されたような気がした」


 土方は再びため息を吐いた。張り詰めた雰囲気はなくなって、それでも言い訳ございますって顔をする。土方って案外表情豊かだ。目元を見ればだけど。

 今度は何を言うのかな。
 今日誤解されたら二度と関係が戻ることはない。それを知っていても俺は、土方が次に何を言うか楽しみだった。
 関係を、元に戻したいんじゃないからかもしれない。
 俺は、先に進めたいのだ。



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