思いがけない場所で土方に会ったとき、考えたのは取り敢えず女を隠すことだった。
ホントは女隠したってしょうがない。隠すのは俺のツラだよ。そりゃあひと晩親密に過ごした後だから、甘い顔もしてただろう。なんか浮ついた言葉も交わした気がする。その現場を土方に押さえられたわけだ。かなりカッコ悪い。
でも女がビビって足を止めるくらいには土方もスゴイ顔だった。なんだか幽霊見たような顔してた。ていうかあいつが幽霊みたいだった。斬られるより悪いことって、俺には想像できなかったけど土方がその何かをしでかしそうで、女は逃した。きゃんきゃん騒がずにすぐ立ち去ってくれたのは馴染みとはいえ有難かった。今度お礼しよう。
土方も見るからに朝帰りだ。芸妓遊びして個人的にお持ち帰り、ってなモンか。イヤ隠してもわかるんだわコレ。なんとなく、雰囲気で。なんか妙にしっとり小ざっぱりしてるし。色艶みたいの増してるし。
なんだよお楽しみだったんじゃねーかと笑って、お互いサヨーナラがこういう時の暗黙の了解みたいのだと思うんだが、どういうわけか顔が強張って笑えない。それで気づいた。面白くない、どころか顔が引き攣るほど腹が立つんだ。
前の日、可愛い女の子をフったその足でどこかのキレイなオネーサンとよろしくやってきた、節操なし。
朝早いから辺りには殆ど人がいない。俺たちが向き合ってることに苦情を申し立てる者もいない。
土方の眉間にゆっくりと深い皺ができた。何かを見つけて不審に思ったのか、俺の態度に苛立ったのか。
「言いふらしたりしねえよ。安心しろ」
突然土方は硬い声で言い放った。コイツ尋問するときもこんな態度なのかな、とチラッと想像した。
何を、と言いかけて女連れだったことを思い出した。俺が腹立ててるのを、女絡みだと思ったらしい。ハッキリ言い切れるけどそれだけは違うから。なんかイラッとしたから言い返した。
「俺は言いふらしちゃうかもよ。副長サンの朝帰り」
「俺ァたいして困らねえが、テメェはなんか疚しいことでもあんのか」
「俺も困らねえ。けどおめーは」
なんかこう、立場的にとか
「……悪いこた、してねえよな」
そうだよな、栗子ちゃんをフったのはこいつにも好みってモンがあるし、まあそこに立場だとか義父(仮)だとかの思惑が絡んだとしても土方の正当な判断だ。そしてその後土方の好みの女と懇ろになってもいいわけだ、俺の勘だと金払って済ませたかんじだけど別に金銭の動きが発生しない恋愛でもちょっとした火遊びでもいいわけだ、むしろ純真な女の子をそういう爛れた大人の恋愛に巻き込まなかっただけエライとさえ言えるわけだ。
なのにさっきから俺はなにイラついてんだろう。コイツにとって良いことなんじゃないのか。俺は常日頃から『こっちを向け』と念じてきた、それが叶ったんだから万歳のひとつもしてやって今度こそ気兼ねなく酒に誘って……あれ?
「じゃあな。帰るわ」
土方がそう言って俺の横をすり抜けるまで、俺は一人で考え込んでいた。どういうことだ。土方の行動には筋道が通っている。通ってないのは俺だ。俺の思考だ。昨日までは早く現世を見ろなんて上から物を言ってた(心の中で)のにこの一晩でなにがあった、俺。
さっきのねーちゃんは馴染みっちゃ馴染みで、ハッキリ言ってこういうのは初回じゃない。頭は回るし機転は利くしいい女だから、こんなこと今回限りって毎回思うのに、俺が愚痴りたくなると目の前にいる。ほんっっと今回で終わりにしよう、つか今回もダメだよな。あの子に懸想してる男もいるんじゃねーの。俺殺される。
というわけだから一晩で土方に対して思うところが変わったわけじゃない。どういうわけかって、それは昨日土方の話なんて一切してないってことだ。たぶん。あれ、少しはしたかな。イヤイヤしてないよ。
強いて言えばアレ、女の子に迫られて断りきれないお馬鹿サンの手伝いしてきたくらいの話はしたかな。一応万事屋だって機密はあるからね、顧客情報をペラペラ喋るわきゃないだろ。その馬鹿が昔好き合ってたひとを忘れられなくて、そのひとが死んだ今も身持ち固く他の女を断り続けてるなんて言ってないし。たぶん。
――ふうん。男の人ってそういうのにロマンとか感じるの
なんて俺のツレが言ってたような気がするけど夢だよな! やべえあの女に口止めしとかねえと。
ロマンなんて感じやしねーよ。ただの馬鹿だ。惚れた女が成仏できなくて嬉しいのかよ。
昨日までは確かにそう考えてたのに。土方が現世を見た途端この有様。何が気に入らないんだ俺、万々歳じゃねーかそれともアイツが殊勝にも『万事屋さんありがとう』なんて言いに来るとでも思ったかそんなタマじゃねーよあの男は期待してたんなら馬鹿は俺だ。そして俺は馬鹿ではない。そんな期待をしたことはない。
なんてぐるぐる考えながら、体は脊椎反射かなんかみたいに手際よく動いてた。つまり、土方を尾けてたんだ。そんで驚いた。
オイオイ朝帰りの報告してどうすんだ。お前ほんと馬鹿だなそんなの正直に墓前に報告しなくていいんだよ、つか罪悪感あんなら余計な火遊びすんじゃねーよオコサマか。ミツバさんは母ちゃんじゃねえぞ。
気づけばさっきの苛立ちがすっかり消えていた。モテ男と言われる土方の、案外不器用な一面を見て微笑ましいくらいの勢いだ。だいたい色宿から墓へ直行って止めたほうがいいんじゃないの。
そして愕然とする。
ミツバさんのことは過去と割り切れ、と推してきた俺自身が、土方の不器用な墓参りを微笑ましく見守っている。現世への一歩を踏み出したときは苛立ち、戻ってきたときは穏やかな気持ちになる。
どういうことだ。
ヤケに落ち着いた顔つきになって、土方は立ち去った。今度こそ屯所に帰るんだろう。見つかりはしなかったけど、すぐ近くを通っていった。心臓がドックンドックンした。土方からは見えなかっただろうが俺は土方を正面から見てしまったからだ。
女性的なところはひとつもないのに、同性から見ても造りの綺麗な男。俺はこれほどマジマジと土方を見たことがあっただろうか。前夜に女と懇ろにしたせいか、しっとりと色気があって艶があって……
「あの、さ。ごめん。俺も馬鹿だわ」
迷った挙句、結局俺も久しぶりにミツバさんの墓前で頭を下げていた。
そういうことだ。俺の矛盾は。
「ごめんね。言い訳すっけど、俺も、あいつも、まだ生きてるんだよ」
あなたの大切な人は、まだ生きている。これからも生き続けなければならない。
生きれば、自分ではどうしようもない思惑やら感情が溢れることもある。むしろ予測できないことだらけなのが生きるってことなんじゃないだろうか。どんな失敗や失態をやらかしても、それを恥じていちいち死んだりできない。生きてそれを乗り越え、『昔はヤンチャしてよ』なんて武勇伝にするもよし、黒歴史として封印するもよし。生きてればそういうことの繰り返しだ。
「だから、俺はあなたに遠慮はしないぜ」
土方がこっちを向かないから苛立った。向いたと思ったらそれは俺じゃなかった。だからもっと苛立った。いつから、と問われても答えは出ない。が、今日わかったことがある。
土方は、俺を見なきゃならない――俺の勝手な都合だとしても。
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