「一丁前に朝帰りですかィ。コソコソしやがって」

 こっそり紛れ込もうとしたけどバレた。こっちの都合が悪いときほど目敏いクソガキだ。

「もっと堂々としなせェ、気色悪ィ」
「堂々と朝帰りすんのか」
「近藤さんを見習ったらどうです」
「……?」
「ま、フルボッコですがね」
「ああ……そういうことな」

 近藤さんはたまに日を跨いで朝方帰ってくる。そういうときは確実に大負傷している。まったく真選組局長を簡単にノせる女ってのも凄いが、凄いなら少しは考えて欲しい。翌日テロがあったらどうしてくれるんだ。

「近藤さんに逃げんじゃねえや土方コノヤロー。アンタのこと言ってんでィ」

 べっ、とわざとらしく唾を吐く真似をしながら総悟は道場に向かった。今あいつが稽古してるなら……俺は後にしよう。


 気を遣うな、ということだろう。
 ミツバのことはいいから、次へ進めと。総悟なりの気遣いだということはわかる。
 だが次、は見当たらないのだ、本当に。
 ミツバの面影さえ忘れつつある俺は、ヒトとして何かが欠落しているのだと思う。その上彼女を俺の中から追い出したら、俺は本物の鬼になるのではないか。俺の人間らしい唯一の想いが、ミツバなのに。
 総悟を見るたびミツバの面影を探す。もう無駄なのに。声や仕草も、ぼんやりと輪郭をなくしている。それで余計に気を引き締めるのだ。俺が彼女を忘れてどうする、と。

 でもこうしてときどき総悟に絡まれると考える。誰がミツバを忘れても、総悟が忘れることはない、と。結局、昔から変わらない。俺はミツバにとって隅の方でただ見ているだけの他人で、何の役にも立たない。
 唯一変化があったとすれば万事屋との関係だが、いい方に変わったとは思えない。ミツバの病床ですらあの男とは斬る斬らないの喧嘩をしていたというのに、今では無関心同士。喧嘩を仕掛けるのも億劫で、見かければそっと道をひとつ外すくらい厄介だと思うようになった。



 思えば俺は勘違いをしていた。俺はあの男と、ミツバという存在を介して謂わば同士か何かのように錯覚していた。俺が倒れた後はあの男が彼女を引き受けてくれるだろうと、甘い期待を寄せていた。
 俺自身が軟弱で臆病なことはもう、あの銀髪は重々承知していたはずだ。何も受け付けない、何も聞かない、ミツバのことは俺の胸にひっそりと一生抱えていくつもりだった。たとえ味方といえども万事屋に一片たりとも見せるつもりはなかった。そこに踏み込もうとする万事屋を拒絶してなお、俺はあの男に期待していた。ミツバを護る者の一人だと思い込んでいた。


 だがそれは俺の勝手な押し付けで、奴は女とよろしくやっていた。思えば俺にエラそうに説教垂れようとしたのも俺の勘違いで、あのときも色里に誘い出してあわよくば財布替わりにする気だったのかもしれない。イヤそうに違いない。なんてヤツだ女遊びくらい自分の金でしろ。文字通り尻拭いさせるな。恥ずかしい。
 たびたび呼び出そうとしたのも、ミツバさえ口実にしたのも、万事屋にとっては罪悪感の欠片もあるまい。

 俺は勝手に、あの男はミツバのことなら事情を汲んで大切に扱ってくれるだろうと思い込んでいた。そうでなければミツバの最期が憐れ過ぎる。つくづく男運のない女だ。そもそもの元凶は俺なわけだが、またなんだって俺に惚れたのか。見る目がないと言わざるを得ない。万事屋も、仕事の上では親切にしただろうがそれだけだ。上京したての娘には分からなかったのだろうが、というか俺すら騙されそうになったしアイツの質の悪さは毛根の奥の奥まで入り込んでてもう手遅れっつーか真っ直ぐとかあり得ねーっつーか、そういうレベルだからミツバなんざイチコロだったのだろうが、万事屋にとってはただの依頼人だったのだ。
 それで、奴はまた俺を揶揄って遊ぼうと考えた。生憎そんな気になれなかった俺を煽るために殊勝なフリをし、ミツバの話を持ち出し、内心揶揄いのネタを探すべく虎視眈々と狙っていた訳だ。
 ところが俺があいつを相手にしないどころか、芸妓とひと晩過ごしたのを知って(絶対バレてる。こういうのは男同士、だいたいわかるもんだ)面白くなかった。遊び道具がひとつ減った、くらいのモノだろう。

 その間の無関心さや、わざわざ屯所へ送り届けようとしたこと、『淋しい』発言など不明な点は多々あれども大筋はこんなかんじだろ。
 というかあの男との関係がどう変わろうと、俺がいちいち頭を悩ますことはないんじゃないか。だったら総悟の言葉に甘えて、あの芸妓をしばらく贔屓にしてもいい。あんまり長くつき合ってると『真選組副長の女』みたいな扱いになって命に関わっちまうから適度に。



 と思って通い始めてたったの三回目。しかも万事屋に朝帰りを目撃された夜も含めてだ。もっと言えば到着すらしていなかったというのに。


「おまえ、明日非番だろ。俺につき合え」


 突然現れた銀髪天パは目を血走らせて、俺の腕を掴んできた。
 振り解いてしまおうと思ったが、やたら力んだ視線から、なんかコイツなりに真面目な話がしてえんだなと察することはできた。決して圧倒されたとかそんなんじゃないから。ごく大人の対応として、いくら親しくない男でもこれほど切羽詰まって何か訴えようとしているなら、聞いてやるのが筋だと思っただけだから。押されてないから。


 連れてこられたのは、初めて二人で飲んだ店だった。



目次TOPへ
TOPへ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -