松平栗子の一途というか一方的というか、正直ありがた迷惑な恋心を押しつけられ、つき合ってもいない女と別れる算段に頭を抱えていたとき。

――金さえ払えば何でもやるって、ホントだな

 クソ天パとその従業員に目ェつけられ、雇わないとどういうことになるかという薄ら寒い未来の切れ端を聞かされて、思わず別れさせ屋として雇ってしまった。


 クソ天パはその頃俺に無関心だったというのに、金が絡んだ途端目に見えて嬉しそうになってああでもないこうでもないとロクでもない算段をしやがった。アダルトな映画を女連れで観る苦行とか女の前でカツアゲに一切抵抗せず土下座する苦行とか(ここぞとばかりにキラキラ煌めいて俺を踏んづけたことは絶対に忘れない。絶対にだ)、マヨ定食をあろうことか嫌がらせの一環扱いしたのがいちばん許せなかったが終いにはマヨネーズ王国の王子という設定を持ち出してきたのにはもう、刀返せブッた斬ってやると叫ぶ寸前だった。着ぐるみと語尾にマヨくらいで、マヨネーズ王国の王子は騙れねえから。そんなやっすい地位じゃねえから。


 しかし女が馬鹿だったのかそれともいい加減俺が嫌がってることに気づいたのか、クソ天パのプランは成功して俺は、まあ無事に栗子から解放された。
 最後の最後にキスかましてきやがったのがもう、なんつーか年頃の女なんだから恥じらいってモンがあんだろうとか、イヤ却ってこの年頃だからこういうドラマチックさを好むのかとか、どっちにしろコッチが恥ずかしいわ!マジ勘弁しろ!とか、一瞬の間に俺の頭の中にいろんなことが渦巻いた。


 そのまま警察庁に報告に行ったら親父は俺にも敵意丸出しで、俺の努力はなんだったんだと虚しくなった。ていうかどこから見てたんだ。少し間違ったら俺も射殺されてたのか。横暴にもほどがあんだろ。しかも万事屋たちが俺の着物をどっか持って行きやがって、マヨの着ぐるみのまま山崎が屯所から着替え持ってくるの待ってる時間は針の筵だった。マヨネーズ王国の王子のニセモノがいたら不愉快だよな、うん。わかるわ。
 やっと到着した山崎はさっさと渡すモン渡して帰りゃいいものを、遠慮なく俺を上から下までジロジロ見た挙句、どうしてこうなったのかとしつこく聞いてきた。屯所から車で来たそうだがこのまま面白半分に根掘り葉掘り聞かれちゃ堪らない。俺は車を断って歩いて帰ることにした。
 少し、頭を冷やしたかったのもある。



 万事屋はどう思っただろう。
 最近は俺にはトンと無関心で、こっちから絡めばそれなりに返ってくるがそうでなければ知らん顔という関係が続いていた。俺も絡みたくはなかったが、ひとつわかったことがある。あのヤローは定期的に絡まないと余計なことをしたり言ったり、他人の事情に首を突っ込んでくる傾向があるということだ。
 たとえば俺を最初に呼び出した飲みの席、あれは『ミツバを亡くした後の俺の様子』を、有難くも探ってくださりやがったからだった。なぜ奴に案じられなければならないのか。もちろんそれは、奴が俺の後ろにミツバを見るからだ。ミツバの話は総悟か俺としかできないからだ。近藤さんを始めとする武州出身の真選組幹部らはミツバを知っているが、万事屋はそんなこととは知らないだろう。そして、総悟とミツバを語るより、見下せる俺を相手にしたほうが気分がいいということに違いない。
 とはいえ大っぴらに『お前を見下す会だ』と言ってしまえば俺は二度と来ない。だから俺があの会の趣旨を聞いたとき、言葉に詰まったのだ。そして俺が(理由は未だにわからないが)酔い潰れたときにわざわざ屯所に送り届けたのは、『たまには飲める関係でいないとつまらない』からなのだ。淋しかった、とはそういう意味だ。安心して見下せる相手がいなければ淋しかろう。絡み酒でも相手をしてやれば満足なのだ、あの銀髪男は。

 それがわかってから、俺は避けることさえ許されないのだと理解した。こちらから接触すれば、あの男のプライドは満たされる。格下の俺から話しかけられたことで奴は自分の優位を確認し、安心する。
 俺にもわずかにメリットはあった。あの銀髪男が俺を見下す理由は重々理解しているが、理解しているからといって俺も不必要に傷つきたくはなかった。その点、俺が奴に近づき適度に引くのを、俺のコントロール下でできれば、俺のダメージは少なくて済む。
 だから俺は、奴にたまに声を掛けた。あいつからは何の音沙汰もなかった。それが、俺の推測の正しさを証明していた。珍しく今日は向こうから声を掛けられたが、大方金欠なんだろう。子供たちも熱心に働いていたし、せっつかれでもしたか。俺を貶める仕事だったからさぞ楽しかっただろうが、俺としては今日は避けたいところだった。


 栗子はいい子だと思う。マヨ丼だけではなく、相手への想いの深さは立派だと思う。少しばかり方向性が間違っているが、相手にすべてを受け入れられる器量があればそんなものはわずかな瑕疵でしかない。
 俺は受け入れられない。すべてなんて。相手が変わらないのに、こちらだけ譲歩する必要があるのか。それがどんなに『いい子』だったとしても、俺はその人と共に歩もうとは少しも思わないのだ。
 だが万事屋には俺が次の女に関心を持ったように見えただろう。そうではないと言えば言うほど、あの男は俺の薄情さを確信して今まで以上に俺を蔑む。万事屋がそう確信するのは当然だ。俺の薄情さをあの男は間近に見たのだから。生きている間からミツバに対する態度も変えず、あたかも今日の栗子と俺のように、『一緒にいたい』という願いに噛み合わない『知ったこっちゃねえ』などという寒々しい言葉を返し、説得もせず、逃げ出した。だから万事屋が俺を見下す理由に不満はない。

 ただ、見られたくなかったのだ。アダルト映画館に出入りする姿や脅しに屈する姿を見られるよりも、栗子といる俺を見られたくなかった。あの強い男には。
 自分が上等な人間じゃないことくらい、俺は自覚しているから。

 わざわざもう一度、その紅い瞳に情けない姿を映して己の惨めさを思い知りたくない。



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