「なーんて、な……」


 独り言が思った以上に辺りに響いて、言った当人の俺が焦った。別に誰に聞かれた訳でもないのに、言い訳みたいなのを付け加えないと気まずいくらい。

 ていうか俺、さみしかったの。絡み酒でもいいって健気じゃね俺。あり得ないよねこれが巨乳な姉ちゃんなら話は別だけどこいつゴツイし男だし。
 でも、思わず溢れたことばこそ、俺のモヤモヤにはぴったりだ。俺は確かに、この男とケンカしたりたまに酒飲んだり、揶揄ったりキレられたりしたかったのだ。
 そんなら次の問題は、今日のことをコイツが覚えてないって事態だ。
 俺は一歩退って元に近づいた――後向きな意味じゃないからね、引いて考えるって意味だから――と思ってるのに、今日のこと覚えてないコイツは明日も明後日も距離置いてくる。それじゃ俺が可哀想だ。絡まれてから屯所に送り届けるまでの間の、俺の時間を返せ。まだ届けてないけど。

 叩き起こすか。起こしてどうすんだ。俺はさっきオメーに絡まれたけど嫌じゃありませんでした。むしろ酔っ払って記憶失くされてんのが嫌なんで起こそうと思いました。イヤイヤ。いやダメだろ。俺だったらキレるわ。気持ち良く酔ってんだから寝かせろって。テメーの都合なんざ知らねーよ。
 えっ、じゃあどうすんの。俺はさっきオメーに絡まれて、酔い潰れたオメーを近場の万事屋じゃなくて遠い屯所に送るところです、どうですか。どうもこうもねえよな。だったら黙って屯所まで送れよ。起こすなバカってぶん殴る。
 オイオイどんどん近づいちゃうんだけどどうしよう。
 あっ、屯所の前だからって道端に放り出すのは良くないから誰かに声掛ければいいんじゃね。そしたら明日の朝『なんで俺ァ布団で寝てんだ』『万事屋の旦那が運んで来ました』って会話があって、ふーんそうかあいつがねぇでも気まずいから覚えてねえ振りしよう……ってテメーどんだけ失礼なんだ。

「オイィィィ! もう考えつかねーよ! 起きてんだろ、起きてるよね多串くんキミ絶対起きて聞いてるってェェエ!」

 だといいのに。
 それが一番都合いい。
 頼むよできれば絡んだトコから覚えててくださいお願いします。


「うっせーな。そんだけ騒ぎゃ嫌でも起きるわ……降ろせクソ天パ」


 えっ。
 マジで?





「なーんて、な……」

 え、どっちだ今のどういう意味だ。
 絡んだのか俺は、そうなのか。
 万事屋の独り言が背中から直に耳に響いて俺は焦った。起きてんのバレてないはずなのに平静を装った。

 ていうかお前、さみしかったの。絡み酒でもいいって健気だなお前。嬉しくないけどなこれが清楚な美人なら話は別だけどこいつ天パだし男だし。
 でも、思わず溢れたことばは俺にこそぴったりだった。俺は確かに、この男とケンカしたりたまに酒飲んだり、揶揄ったりキレられたりしたかったのだ。
 そんなら次の問題は、今日のことを俺が知らないことになってるって事態だ。
 こいつはひとり納得して退くつもり――後向きな野郎だな、ウチの監察の名前みてえなヤツだ――らしいのに、今日のことホントは覚えてる俺が明日からフツーに話しかけたら変だろ。それじゃ俺が勘違い野郎みたいだろ。絡んでから屯所に送り届けられるまでの間に俺の時間を取り返せ。まだ届けてないけど。

 叩き起こせよ。起こされたらアレだ。なんで俺がテメーに背負われてんだよ捨てて帰ればいいだろっつーかテメーいつもそうすんだろ、気持ち悪ィんだよバカって言ってやる。イヤイヤ。いやダメだろ。俺だったらキレるわ。わざわざ気を遣って送ってやってんのに何その言い草。斬る。
 ならどうすんだ。俺は確かに酔い潰れたかもしれないけどなんでテメーが俺を背負ってんだ。何処連れてく気だ攘夷浪士に売り飛ばすのかって言……わねーわ。そんならとっくに斬ってるわ、俺なら。
 オイこれ屯所方面なんじゃね屯所近くねどうしよう。
 あっ、屯所の前で道端に捨てられた瞬間にコイツ呼び止めるのはどうだ。そんで『オイどういうつもりだゴラ』『あ? 黙ってろ酔っ払い』って会話があって、ふーんそうか確かに酔っ払ってるし機嫌悪そうだからやっぱり覚えてねえ振りしよう……って俺が思うか叩ッ斬る。

 あああなんだって俺は結論『斬る』しか出てこないんだ他にどうしろってんだ斬っちまうか、いっそ斬っちまうか。


「オイィィィ! もう考えつかねーよ! 起きてんだろ、起きてるよね多串くんキミ絶対起きて聞いてるってェェエ!」


 えええええ!?
 どっからバレてたなんでバレたいつ起きたことにすればいい!?

「うっせーな。そんだけ騒ぎゃ嫌でも起きるわ……降ろせクソ天パ」

 今だ、今にしよう。取り敢えず今にしようそうしよう。
 えっ、降ろさねーのお前なんつーアホ面してんだ実は起きてるとは予想外だったのかそうなのか、

「クソッ、ハメやがったな糖尿野郎!」
「はぁ? なに? 俺がなにしたって?」
「俺が起きてんの知ってただろ、いつからだ」
「えっ、知らなかったけど」
「……」
「むしろ俺が聞きたいわ、どっから?」
「……」
「オラいつからだよ。もしかして狸寝入りで銀さんに運んでもらおうって魂胆だったとか?」
「……や、ちが」
「俺タクシーじゃねェんだけど。人力なんだけど。酷くね?」
「あァ? さみしかったんだろ、ちょうど良かったじゃね……ぁ、」

「おい。アレ聞いてたの。ねえ聞いてたの」

「……」
「お前さあぁぁぁ! なんなのお前!? ちょ、何なの!? もうよー、ああああ! なんなの土方くんさあ!」
「……」
「そりゃあねーだろ! ないよ、ナイナイ! もおーーないからねソレ! 反則だから!」
「……わ、悪」
「もうよぉ、顔合わせ辛いじゃん。どうしてくれんの。まあお前はそんでいいんだろうけど。笑ってればいいよ。ちょ、もうしばらく話しかけないで。俺瀕死だから」
「え……」
「じゃ、そーいうことで」



 なんだよ。
 さみしかったんじゃなかったのかよ。
 絡み酒でも上等とか言ってただろうが。
 なに、どういうことだ。



「おい、よろず……」



 呼び止めた声は、虚しく響くだけだった。



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