それっきり、万事屋は俺と目すら合わせなくなった。
 気まずいどころじゃない。逃げるように立ち去っていく。俺はと言えば、だいたい総悟やら原田やら、誰かしら真選組の連中と一緒だから追いかける訳にもいかない。あの男との間にできた溝は深まるばかりで、埋める術がない。
 今までなら清々してたところだが、今は違う。明らかに違う。逃げられたら追いかけたくなる、ケンカ屋の本能か。
 もちろん、それはひとつの大きな理由だと思いたい。だがそれよりもっと気になるのは、あの夜なぜ俺は万事屋に背負われる羽目に陥ったのか、なぜ絡んだのか、そこんとこの詳細なのだ。そしてそれは、万事屋しか知り得ない。

 だいたいあいつはずっと俺を避けてたじゃねーか。それがなんでいきなり180度ひっくり返って、さみしかったことになってんだ。いつだ。どの段階からだ。
 アレは飲みの席で俺が酔って会話が成立しなかったから淋しかったって意味か。それでいいのか。そうだよな。
 まあ逆の立場だったら俺もスッキリはしない。俺の周りには万事屋に限らず、飲んだくれるとヒトの話なんざ聞きゃしないヤツばっかりだが確かに虚しい。親しくないヤツだった日にゃ斬りたくなる。
 そう考えると、万事屋は泥酔して会話も成り立たない俺に嘆きながらも屯所に送り届けようとしたらしいから辛抱強いヤツだ。
 そりゃ淋しくもなるか。便利屋扱いだもんな。まあ、実際万事屋なんだけど。

 または実際万事屋だからこそ、仕事でもねえのに酔っ払いに付き合わされるわ大の男を背負って帰らされるわその上酔っ払いはテメーの話しかしないわ、嫌ンなっちまうのも頷ける。


 俺はなんの話をしたんだろう。
 ミツバのこと、は?
 言ってないだろうな。


 断言できない。万事屋を前にして酒で舌が緩んでたら、言いたいことと言えばあのことだ。
 お前はミツバをどう思った?
 ミツバはお前をどう思ってた?
 俺の話は、少しは出たのか。

(まさかな! 言ってない言ってない言ってない……)

 ……。
 断言する証拠がない。
 証拠は万事屋だけが握っている。

 そして思考は初めに戻るのだ。

 どうしよう。確かめたいけどどうやって。俺から誘えばいいのか、そうなのか。そういやアイツから飲みに誘ってきたのに俺はなんもしてねーな。誘い返すのが礼儀だったかもしれねえがそれどころじゃなかったし。じゃあそれもこれも引っくるめて飲みに誘えばいいのか。
 けどアイツ俺を避けてたし、今じゃ接触すらしようとしねーしどうやって誘うんだ。つうかなんで俺から誘うんだ。淋しかったンならテメーからお誘いがあって然るべきだろうが俺は嫌だ。負けた気がする。

 それにもし、俺が口を滑らせていたら。

 なんて考えてるうちに日数ばっかり経っていって、万事屋に会うことは少ないというのに俺の頭ン中は不本意ながら万事屋でいっぱいになってしまった。







 あれっきり、俺は土方と目を合わせられなくなった。
 気まずいどころじゃない。姿を見ただけで背中がゾワゾワしてダッシュで逃げた。アイツはだいたい総一郎くんやらスキンヘッドやら、誰かしら真選組の連中と一緒だから追いかけてこない。ホッとするけど追いかけて来ねえのが少し残念だったり……しねえけどな! ただ、あの男との間にできた溝は深まるばかりだ。
 

 わかっちまったんだ。あいつがずっと俺を避けてた理由が。
 それから、なんで酒の力借りてやっと話しかけてきたのか。いつ、どの段階からあの男が気にしてたのかも。


 最初の飲み会のとき、なんでアイツが逃げ出したのかは知らない。
 でもその後の気持ちはわかる。全力で逃げちまったあとにどのツラ下げて会えばいいかわかんないっていう、その気持ち。今の俺と同じってことだろ。
 恥ずかしい訳ですよ。
 まず独り言聞かれたってこと自体がハズカシイ。誰も聞いてない前提だからこそ独り言なんであって、誰かが聞いてたらそれはただの『ダダ漏れた心の声』なわけだ。聞かないで欲しかった声なんだよ。それを漏らしてたって知られたのがハズカシイ。
 次に内容が恥ずかし過ぎた。本人に向かって、避けられてたのが淋しかった、なんて本音ダダ漏らしちまったんだから穴があったら飛び込みたいだろ。蓋して引き籠りたくなるだろ。もうほっといてくれよ俺ずっとここで暮らすわってなるだろ。

 あいつも穴に飛び込んで蓋して引き籠ってたんじゃねーの。

 とはいえホラ、飯の差し入れとかジャンプ買ってきて貰うとか、構って欲しいのもあるだろ。俺はないけど。アイツはあったんだろ、きっと。
 で、悶々としてたらたまたま俺を見かけてしこたま飲んでたのもあって絡んじまった、と。


 アイツはなんと言った。
 どうして避けてたのか、と言わなかったか。


 避けたのはテメーだろと言いたいが、そりゃハズカシイよな。自分が避けたイコール自分が赤っ恥晒したのを認めるってことだから、俺のせいにするよ、うん。いつもならムカつくとこだが今はよくわかる。

 けどそれは、多串くんが俺と話したいと思ってくれてることの裏返しじゃねーの。
 どうでもいい相手なら恥掻いてもそれほど……あいつは気にするタイプかな。たとえ過剰な気にしィだとしても、俺に対するアレはちょっと違って、今回の俺みたいな「ほんとハズカシイんで自分的にほとぼりが冷めるまでほっといてくれる?」みたいな、次回もある前提だからこその恥ずかしさなのでは、と思うわけよ。俺は。
 だったら今回は恥じ入ってる銀さんのために多串くんから声掛けてくれりゃいいと思うんだけど、アイツ話しかけてこないだろ。カッコツケだし。
 じゃあまた俺から誘ってやって、ついでに前々回のときなんで逃げたのって聞けば、勝負はドローだろ。むしろ二度も誘ってやった分俺が上だろ。




「土方くん。こないださ」
「うわぁぁあ!? なんだテメェ急に話しかけんなビビ……いやビックリすんだろうが!?」
「ビビったんだ土方くんそっかー、逃げてもいいけどカッコ悪いよね二度も逃げるの。真選組の副長が二度も」
「はァア!? 上等だゴラ、淋しがり屋サンはさっさと友達探して構い倒して貰ってろ! 構われ過ぎて死んでこい!」
「じゃあ、こないだ途中まで送ってってやった礼寄越せ。ついでに銀さんのハズカシイ独り言聞いた責任取って飯奢れ」
「なんでだァァア!? 割り勘なら……」
「あ、そーいうこと言う? なんでこの前俺が誘ったか、聞きたくねーの。聞きたくねーよな、逃げちゃったもんな」
「……ッ!」
「別に意味はなかったんだけどね。なんとなく。アレ、激辛せんべい以来どうしてっかなって思、」



「……そうか」

「へ?」



 土方は急に表情を無くした。

 驚いた。こいつはいつも、何かしらの感情を俺にぶつけてきてたから。大抵怒ったりムカついたりキレたり、いい感情じゃなかったけど、くるくる変わる表情は面白かった。
 こんな顔、初めて見る。


 そして俺は、こんな顔見たくない。


「そうか、って……」
「なんも変わりねえし、もう終わったことだ。俺に関係ねえ」
「え? なに」
「テメェにも関係ねえはずだ。もう、やめろ」


 くるりと背中を向けて去っていく土方が、遠い。
 どうやら俺はヤツを負かしたらしい。
 でも、こんなふうに遠くなるのは望んでなかったんだ。本当に。




目次TOPへ
TOPへ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -