初めての月命日、俺が行くのは違うと思った。
 だからミツバさんの墓にこっそり挨拶しに行ったのは、亡くなってからもう半年も経ってからだった。

 夕暮れ刻に行ったんだけど、不思議と怖くはなかった。同じ幽霊でも、あの人なら怖くないと思えた。
 墓前には沖田くんが供えたのであろう花が少し萎れていて、未開封の一味唐辛子の小瓶が置いてあった。まあ、激辛せんべいは置きっ放しにできんわな。カラスが悶絶死するわ。
 全くもって手ぶらで来たわけだが、墓の前で手を合わせるくらいがちょうどいい。

 俺は他人だし。

 やっぱりわずかな繋がりしかなかった俺は、たちまち彼女の顔も朧げになってしまって、酸っぱい恋心みたいなのも思い出になっている。
 そうなると返す返すも後ろめたいのは、あのニコチンコのこと。

 あいつは一生忘れないだろう。
 俺が言うのもなんだけど、あいつは最後まであなたの幸せを願ってたんだと思う。

「なあ、あいつ泣いてたぜ」

 それだけは、あなたに聞いてほしかった。
 それであいつへの詫びになるとは思ってない。でもあの時すでに、あなたの人生の中にあいつの居場所がなくなっていたのなら……取り戻して欲しかったと思うんだ。
 あなたはもう、居ない。だからあなたに未来を望むのは愚かなことなのに。

 クスクスとよく笑っていた、あの声を聞くのはあのマヨラーであれば良かった。

「なんてな! 馬鹿でごめんな」

 困るよな、今さらそんなコト言われても。

 やっぱり俺が墓参りなんて、おこがましかったな。

――ごめんなさい


 沖田くんに会った。あんなガキでも真選組の幹部だなぁと思ったのは、姉の死を静かに乗り越えていたからだ。
 泣いて取り乱してたのは最初の数日だけで、すぐに隊務に復帰した。
 その後、なぜか万事屋にふらりとやって来たんだ。

「何だってあんなオッサンと婚約しちまったのか、それだけは知っときたかったんです」

 と総一郎くんは言った。

「総悟でさァ。見合いって訳でもなかったんです。武州で野郎が姉上を見初めた、って筋書きです」
「沖田総悟のお姉さんって、知ってたわけだ」
「後から知ったのか沖田ミツバを探してたのか、そこまではわかりやせんでした。だが、惚れた腫れたで結婚の約束をしたわけじゃねえのは確かでさ」
「あっちはな。姉ちゃんは知らなかったんじゃねえの? しょうがねえよ、一般人なんだから」
「いや、姉上は知ってたようです」

 攘夷浪士に繋がりがあり、つまり真選組に仇成す勢力だってことを承知の上で、ミツバさんは婚約したようだ、と総一郎くんは言った。

「総悟ですけどもういいです。だいたい最近は体も落ち着いてたのに、急におかしいとは思ってました」
「悪くなったってこと?」
「ええ。姉上は、調べたんです。婚約する前に、相手がいったい何者なのかってぇことを」
「……まあ、自然じゃねーの。何にも知らない奴と結婚はしたかねえだろ」
「そんで知っちまった。奴の目的をね。だから姉上は一人で、内部に潜入することにしたんです」
「オイオイ。無茶だろ女が一人で……」
「ウチの馬鹿野郎のため、でしょうね」
「……」
「俺たち真選組のためかもしれません。とにかく姉上は素知らぬ顔で婚約して、奴から裏情報を聞き出そうとしたんでさァ。どうやら失敗だったようですが」
「……」
「急激に体調が悪化したのはストレスのせいです。好きでもねえどころか敵みたいな野郎と一緒に暮らした訳ですから、当然でしょう」
「……」
「ウチの野郎は別ルートで蔵場のやり口を探り当てた。こっちはその道のプロですからね」
「でも、おめーの姉ちゃんが体張ってることまでは知らなかったんじゃねえのか」
「でしょうね」

 沖田くんは苦笑いのような、泣き笑いのような顔をした。

「姉上を幸せに出来なかったのは、やっぱり俺でした。あの野郎じゃねえ……だからこそ、気に食わねえんでぃ」

 なぜわざわざ俺に報告にきたのか、その言葉でわかった気がする。
 これはこいつなりの詫びなのだ。
 姉ちゃんにではなく、あの野郎への。
 だがそれを口にするほど素直ではないし、そもそも『ごめんなさい』なんて言葉では表せない。
 だから、何となく似てる俺に吐き出したかったんだろう。

 特に掛けてやる言葉も見つからないまま、俺は沖田を見送った。精一杯背筋を伸ばして俯かないよう努めてるのが、後ろからよく見えた。

 ごめんな。
 俺はとんだ邪魔モンだったっつーのに。


 総悟は思いのほか早く平常業務に戻った。
 と言ってもあいつの場合、サボりが通常だから。何がどう変わったかわかんねえから。
 何を思ってるのかさっぱりだが、徐々に俺にも話しかけるようになって、元の距離に近づきつつある。

 転海屋・蔵場当馬がミツバに懸想したのかどうか、今となってはわからない。
 どっちにしろ、最終的に奴は沖田総悟の姉という価値を選んだわけだ。
 俺もまた、ミツバの婚約者としてではなく、攘夷浪士への密売者として扱ったのだからその辺は大して変わりはない。

 ただ、もしも、ほんの少しでもミツバに愛情を持ってくれていたら良いと思う。
 そうすれば、ミツバの最後の日々は決して辛いだけの時間ではなかっただろうから。

「……というわけで、ミツバさんが内部を探ろうとした形跡はあります。ですが我々が持っていた情報以上のものは、見つかってはいませんでした」

 山崎が遠慮がちに報告する。
 あの件、最後にひとつだけ気になっていた。
 ミツバはどういうつもりで婚約したのか。
 お人好しの田舎者がうっかり騙されたんだとしたら、それは、置き去りにした俺のせいではないのか。

 しかし山崎の調査で、あの女はすべてを承知の上で、敵地に身を置こうと決断したことがわかった。

 女の身で、たった一人で。

 女でなければ出来ないことだとしても。


「聞きましたぜ、山崎から」
「どっから沸いて出たテメーは」
「ありゃあ俺のためですから。可愛い弟のために、我が身を省みずってヤツでさぁ」
「……」
「どっかのスカしたいけすかねえ野郎のためとか、全然違いますぜ。自意識過剰なんでィ気持ち悪い」
「だァァれが自意識過剰だ!? テメーのせいでオチオチ寝てらんねえんだよ!?」
「それが自意識過剰だってんでィ。死ね土方」
「死ね沖田」

 こんなふうに軽口が叩けるようになったのも、総悟の気遣いの賜物だと思う。
 それでも、感謝の言葉を口にするのは何か、しっくりこないのだ。
 ありがとう、なんぞと言ってしまったらまた、あのガキは拗ねて口を利かなくなるだろう。
 俺は感謝を述べる立場にはない、ただの他人だから。

 それでも月命日にはこっそり墓参りをする。総悟とかち合わないよう、夕方に行く。不思議と怖くはなかった。同じ幽霊でも、彼女なら怖くないと思えた。
 墓前には総悟が供えたのであろう花が少し萎れていて、未開封の一味唐辛子の小瓶が置いてあった。こんなちっさいので足りるのか。
 だからと言って俺は供えるつもりもない。墓の前で手を合わせるくらいがちょうどいい。

 俺は所詮、他人だから。

 顔ははっきりと覚えてる。心を揺すった想いも忘れない。それでも、繋がりをわざわざ断ち切ったのは俺なのだ。だから、墓前にすら詫びることはない。おまえを愛せたことに、感謝もできない。
 俺はおまえを、一刻たりとも幸せにできなかったから。

 そうなると返す返すも腹立たしいのは、あの糖尿野郎のことだ。

 あいつはミツバに最後の笑顔を与えた。俺が言うのもなんだけど、あいつは最後の最後にしゃしゃり出てきたクセに、ミツバに安らぎを与えた。友人として最大の努力をした。

「まったくとんだお節介野郎だろう」

 それくらいは、言わせてほしい。
 いくらミツバの身内でなくても、あいつに有難さみたいな気持ちを持っていることは認める。おまえの人生の中に、ほんの一瞬でもあのキラキラした銀髪がいたことに、俺は確かに安堵している。

 あなたはもう、居ない。だから、未来にあなたをあいつに奪われる心配もないから。

 コロコロと何が可笑しいのかよく笑っていたあの声を、この世で知っている奴がもう一人くらいいてもいい。

「でも、野郎は馬鹿だけどな」

 困るだろうな、こんなとこでまで張り合われても。

 やっぱり俺はおまえの墓前でも、俺は上手く言い表せない。



 立ち去ろうとしたら、かすかに砂利をふむ音がした。
 転海屋の残党か。ほとんど習性みたいなもんで、俺はすぐに身を隠した。
 そうしたら、現れたのは、
(あの野郎じゃねえか)

 どういうことだ、なんでクソ天パが墓参りなんぞするんだこの墓地に知り合いでもいるのか、イヤ墓地に知り合いって変だな所縁の人が眠ってるのかそれにしちゃ近い、近いんだけど近寄んないでくんない、



 なんでミツバの墓の前に突っ立ってんだあの野郎は……!


 前言撤回だやっぱ腹立つテメーこそ関係ねえだろうつき合いがあったのなんて数日とかだろうどういうことだ。


 ああ、そうか。


――俺よりあの天パのほうがおまえを悼むに相応しい


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