「悪いことした。うん。それはわかってるさ。俺だってそれくらい常識あるよ。だからってさー、謝るのは違うと思うわけよ。謝るのは俺の自己満足のためじゃねーの?って。悪いことしたと思ってんのは俺だけなんだからさ」
「うるさァァアい! とっとと謝ってきてくださいよ誰にだか知らないけど!」


 新八のヤツが突然叫び出した。何言ってんの?って聞いたらお前が何言ってんだ!って怒鳴られて、蹴り出された。ここ俺んちなんだけど。

 ミツバさんの四十九日が終わったそうだ。総一郎くんが言ってた。身内は総一郎くんだけだったらしい。それでも葬儀から真選組が非公式に参列したりして、ミツバさんはたくさんの人に見送られて旅立ったそうだ。

「野郎は見廻り優先しましたけどね」

 総一郎くんは苦々しく付け加えた。

「総悟です。そんなこったろうと思ってたし期待はしちゃいなかったんですが」
「でもガッカリしてると」
「さあ。わかりやせん」

 偽とはいえ友達なんで、報告に来やしたと言って、沖田くんはあっさり帰っていった。
 俺の淡い恋は、弟には知られずに済んだようだ。良かったような、知ってほしかったような……でも、これは言ってはいけないと思う。所詮俺は偽の友達だから。
 あの人がそんなのお見通しだったのも、あいつには言わないでおこう。

 知ってたんだろうとか、我慢してたんだろうとか、言いたくなかったんだろうとか。
 全部推測なのにそれらしく見えてくるから厄介だ。ミツバさんという人は。

 ミツバさんが亡くなった日、あのチンピラは泣いてたんだと思う。

 好きだったんだろう。俺の恋心なんてカワイイもんに見えるだろうほど、深く。
 考えてみれば彼女が倒れたとき、俺が手を出さなければあいつがあの役をやってたはずだ。そうしたらあの二人は、また別の別れ方ができただろう。
 一切手を出さなかった。出そうとして、止めた。
 それは自分の知り合いだからこっちで引き取ると、言えば言えただろうに。あのニコチン野郎があの人と触れ合う最後の機会を、俺は図らずも奪ってしまった。

 それやこれやが後ろめたくて、でも誰に詫びるというモノでもなくて、胸の奥が疼く。
 あ、もしかしてダダ漏れてた? そんで追ん出されたのか俺。それはないんじゃないの。まあ新八も神楽も事情は知らない訳だから、ウザイと思うのも仕方ないけど。また俺がなんかやらかしたくらいにしか思ってくんないのもわかるけど。

 前を見ると、あの真っ黒い野郎がめっちゃ感じ悪い目つきで周りをジロジロ睨んでた。やべえ。隠れろ。
(隠れろってなんだよ!? なにがやべえんだよ俺、しっかりしろ)

 そう自分に言い聞かせてみても、やっぱり進んであの野郎と顔突き合わせる気にならない。
 嫉妬、とは違う。
 とにかく、後ろめたい。なんなら謝ってしまいたい。

 だがそんな必要はないんだと、思考は元に戻るんだよ。
 だいたいなんて言うんだよ。

『お前の大事な人に横恋慕しましたごめんなさい』

 違う。全然違う。そんなのはあの婚約者に言って然るべきで、さらにあの男はあの人を大事にはしていなかった。ジミーの断片的な情報では。
 沖田総悟の姉を娶れば、商売の幅がさぞ拡がったことだろう。武器の密売と真選組。二重に甘い汁が吸えるのは俺でもわかる。

『最後の機会を取っちまってごめんなさい』

 それも違う。
 そもそもあの時が最後になるなんて誰も知らなかった訳だし、あの野郎突っ立ってるだけで何にもしなかった。ミツバさんだってあいつには何も言わなかった。それぞれがそうしたくてそうしたんであって、俺があの場で出来たことといえば、どんなに思い返してもあの屋敷の連中に病人を受け渡すだけだ。それが最善策だった。

『重病人に激辛せんべい届けてごめんなさい』

 イヤイヤ。依頼受けたんだもの。そこでやらなかったら俺、万事屋じゃなくなっちゃうもの。『ほんとに何でもやってくれるのね』って喜んでたし。それこそマヨネーズ中毒野郎に関係ない。

『お前を差し置いて見舞いに行ってごめんなさい』

 いや。イヤイヤ。あいつだって行きたきゃ行くだろ。自分の意志で行かなかったんだろ。ニコチンコの責任に於いて行かなかったんだから俺がとやかく言う筋合いのモンじゃない。俺は用事があったから行った、ニコチンコは事情があったから行かなかった。それだけだ。

 結局何を詫びればいいのかわかっちゃいないんだ。俺自身が。とにかくある一人の男(個人的にはものすごく嫌いだけど)が、側からは想像もできないくらい大切にしていたひとに、ほんの少し首を突っ込んだだけの俺が軽々しく恋をした。それを恥じてるだけ。

 口にすれば「俺はバカですごめんなさい」と同意語になるし、言われたほうだって「ああそうですね、消えてください」としか言いようがないことを、わざわざ言ってみて互いに不愉快になる必要はない。
 俺が悪かったんだから俺だけの胸にしまっとけばいいんだ。そんで後でひとりで思い出して、布団の上を転げ回って黒歴史と向き合えばいいんだ。
 もちろんこの場合の黒歴史はミツバさんのことじゃない。俺のことだ。

 というわけで俺は税金泥棒の横を通り過ぎることにした。完全無視で。
 いつもこんなかんじだろ、俺。あれ? いつも揶揄って遊んだりしてたっけ。そんなことないよな。向こうが絡んでくるから致し方なく俺が相手してやってたよな。俺から話しかけたことってないよな。うん、ない。覚えてない。
 あれ、ちょっと待て定食屋で喧嘩した時って俺がマヨネーズぐちゃぐちゃすんなって話しかけたんじゃなかったっけ。イヤ違うよな。向こうが宇治銀時丼にケチ付けたほうが先だよな。あれ?
 アレだ、もし俺が先だったとしても土方スペシャルとかいう犬の餌を注意しただけだから、アレは仕方ない。うん。公共の迷惑を注意しただけだから。話しかけた訳じゃないから。
 そうだ。注意すべき時に注意すべき奴に注意事項を述べただけで、その相手がたまたまあいつだった、っつー話だからアレはセーフだ。うん。
 だからこの場は無視だ無視。合ってる。大丈夫だ俺。





 腐れ天パがやってきた。絶対俺を見たはずなのに、目をキョロキョロ泳がせたと思ったら足元を見て、ビームでも出すんじゃねーかって勢いで凝視し始めた。
 歩きながらだからビームが出てたら足元割れるだろうな。飲み込まれちまえばいいのに。

 ミツバの四十九日はちょうど俺が見廻り当番だった。わざと入れた訳じゃない。順番に入れていったらたまたま俺だったってだけの話だ。
 総悟は何も言わなかった。嫌味さえ言わなかった。それだけあのガキが腹立ててるってことだ。そんなことはわかってる。

 たとえ俺が非番だったとしても、俺はどんな顔をして参列したらよかったのか。
 遺族は総悟だけだった。
 当たり前だ。縁者は総悟だけだったしそんなことは武州にいた頃から知ってた。俺は他人だった。最後まで他人のままだった。
 まともに言葉を交わしたことがあっただろうか。
 いつも彼女が声を掛け、俺は必要最低限の言葉で返した。それで終わりだった。それどころか、必要な言葉すら掛けなかったかもしれない。どうしていいか、わからなかったから。
 自分に近い年齢の女と話したのが初めてってわけでもなかったのに。むしろ……ゲフンゲフン。彼女にだけは上手く立ち回れなかった。立ち回ってはいけないと思っていた。触れてはいけないくらいにさえ思っていたかもしれない。

 それを、あのクソ天然パーマ野郎はいともあっさり、手どころか、あの野郎、ベタベタ触りやがって。
 腐れクルクル天パ馬鹿の判断は正しかった。そんなこた、わかってる。いちばん近くにいたのは野郎だし咄嗟に手も出るだろうし、考えてからだとしてもやっぱり手を差し伸べるに決まってる。
 俺が何年かかってもできなかったことを、あの野郎はほんの数分でやりやがった。
 それが、悔しい。

 本来ならその役は俺であったはずだとか、最期の枕元で死んでもお前を忘れないと誓い、亡骸を見送るのは俺のはずだったとか、

 言えるわけがない。
 思うことすら許されない。

 ミツバの最期の刻に笑顔を与え、彼女の束の間の健康を喜び病を嘆き、死を悼んだのは俺ではなく、あの男だった。
 ミツバがそれで良かったのだから、それでいい。

 それはいいんだ。
 だが俺だ。
 俺はあの男にどんな顔をすればいいのか。だいたいなんと言えばいいのか。

『ミツバを助けてくれてありがとう』

 いやいや。俺はミツバの身内じゃない。弟の総悟を差し置いて他人の俺が言うべきことじゃない。それに看取った訳じゃない。看取ったのは、総悟だ。

『ミツバを笑わせてくれてありがとう』

 違うだろ。あの女はもともとコロコロよく笑ったし……ってそういう話じゃなくて、アレは依頼だ。万事屋の仕事だ。あの野郎がそういうの上手いのは、仕事なんだから当然だ。礼を言う筋合いのもんじゃないし、そもそも俺はミツバの身内じゃない。

『テメーに全部任せっきりでごめんなさい』

 阿呆か。全然違うってーの。
 ミツバがそれを望んだのだ。俺が口を挟む余地はない。重病人に激辛せんべいはどうかと思うが、それだってミツバが望んだことだろうし、まず初めにクルクル天パを巻き込んで姉貴を喜ばせようとしたのは総悟だ。
 俺が口を出していいことじゃない。

 結局ミツバについて俺は何も言うことはない。増してやクソ天パに礼なんぞ言う道理もない。俺は部外者だからだ。口にすれば「俺は彼女に惚れてたけど何もしませんでした、あなたはいろいろやったみたいで羨ましいです」と同意語になるし、言われたほうだって「ああそうですか、それは残念でしたね」としか言いようがないことを、わざわざ言ってみて互いに気まずくなる必要はない。
 武州を出るとき決めてたはずだ、ミツバへの気持ちは墓まで持って行こうと。幸せにしてやれなかったんだ、本当は好きだったなんて、俺に言う資格も権利もない。これは俺の胸にだけしまっておくと決めていたし、今もそう思ってる。

 というわけで俺は無職ニートが何を言ってきてもスルーできるよう、頭の中で台詞を何通りも考えていた。野郎がこう言ったらああ言おう、ああ言ったらこう言ってやる。
 ところが野郎は目からビームを地面に向かって浴びせたまま、俺の横を通り過ぎようとする。
 あれ? いつもとなんか違うぞこの野郎。普段通りだってーなら何かしら俺に難癖付けるはずだ。そうだろ。向こうが絡んでくるから致し方なく俺が相手してやってんだ。俺から話しかけたことってない。ないよな?
 あれ、ちょっと待て映画館で喧嘩した時って俺がまたテメーかって怒鳴ったんじゃなかったっけ。イヤ違うよな。向こうがイチャモンつけてきたほうが先だよな。あれ?
 アレだ、もし俺が先だったとしてもあの馬鹿がしつこかったのは事実だから、アレは仕方ない。うん。付きまとうなって文句言っただけだから。話しかけた訳じゃないから。
 そうだ。注意すべき時に注意すべき奴に注意事項を述べただけで、その相手がたまたまあいつだった、っつー話だからアレはセーフだ。うん。
 だからこの場はあの野郎が話しかけて来るはずなんだ。どういうことだ。無視か? 無視は大人げないだろ。共通の知人が四十九日を迎えたってのに無視は失礼だろ。



――ああ、あいつのほうがミツバにより近かったのかもしれない


 俺は、ミツバに何をしてやれたのか。
 万事屋以下じゃないか。ほんの数日を一緒に過ごした、あの男以下。

 何だか可笑しくて、笑いたかったのに笑えなかった。



 ミツバ。
 俺はお前にさえ、詫びることができない。



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