『あなた、私が痔で昏倒したと思ってるの』



 そうであったらどんなにいいか。
 イヤイヤ決して美女が人に言えないトコロに恥ずかしい疾患抱えてるってシチュエーションに萌えてるわけじゃないよ。
 痔主にゃ悪いが死ぬことはないだろ。よく知らないけど。
 でも、この人は死ぬ。

 身内じゃないから詳しくは聞いてない。

 それでもわかっちまうんだ。この人はもう、長くない。
 わかるのは当たり前だ。生気が抜けていく、その感触を頼りに生きてた時間のほうが、俺は長い。
 もしかして俺の持ってきた激辛せんべいがいけなかったのかもなんて後悔するのと同じこころで、『ここを斬ったからこいつは死ぬ』っていう感触を掴み、自分を安心させてきたんだ。


 ジミーくんが後で教えてくれた。


 やっぱりあの人はあの野郎が好きで、やっと想いを振り切って婚約したんだけど体が悪くてなかなか祝言が挙げられないんだそうだ。
 早く挙げてやんないと間に合わないだろう。きっと。

 お妙も大概ブラコンだと思ってたけど、ミツバさんも相当甘いと思う。初日に見た姉弟は仲睦まじかった。いくら総一郎くんが取り繕ったって、お姉さんは全部お見通しだった。そして笑って、すべてを許してた。信じてるんだろう。弟が道を踏み外すことはないと。たとえ踏み外しても、愛していられると。
 ミツバさんは一度だってあの野郎の名前を口に出さなかった。それは弟への愛とは違うんだと思う。もう関わらない。あの野郎の人生からきっぱり身を引く。そういう、自分はものすごく辛いけどあいつのためならそんなこと屁でもないっていう愛し方なんじゃないかと思う。

 比べちゃいけないとは思うけど、高杉の先生への執着と同根なんじゃないか。愛する相手からは決して同意を得られない。先生が今の高杉を見たら、そんなことを望んだんじゃないと嘆くだろう。高杉だってそんなことは知ってるんだ。それでも、あいつはあのやり方でしか先生への想いを形にできない。
 ミツバさんも、そう。
 あの野郎を切り捨てれば二度と想いが通じることがないのに、それがあの野郎の望みなら喜んで叶えてやろうと思ったんじゃないかと俺は思うんだ。
 だから、あの人は決してあいつの名を呼ばない。
 意識を失っても、なお。


 誰も俺に気づきゃしないのをいいことに、集中治療室の前で狸寝入りしてた。

 俺は傍観者でいい。弟に頼まれたことだけやってれば良かった。
 けど、こんなに早く逝っちまうならせめて最期に(俺には美味さが全然理解できねえしする気もねえけど)大好きな激辛モノが食えて良かったのかな。
 なんてどうでもいいコトを考えてる俺の後ろで、近藤が沖田をぶん殴るわ、ジミーが駆け込んできて大騒ぎするわ、


――あの野郎、なにカッコ付けてやがんだ、





「なんでアフロなんだ」

 いい加減ウザイ。目障り。場所取るし、いっそ剃ってこい。原田みたいに。
 なんてどうでもいいコトを考えてイライラして、山崎を蹴飛ばして、だが口止めだけはしっかりしとかねえとコイツは余計なことをしそうだから苛めるのも程々においた。

『もう、長くないんでさァ』

 だからなんだ。
 悪いが総悟、俺はあいつと約束した。浮気はしない、と。真っ直ぐ、自分の信じる道だけを進むと。
 俺の進む道は、真選組だ。
 真選組の敵と知れば例外なく抹殺するのが俺の道。他ならぬ、あいつと約束した道なんだ。

 それがあいつを苦しめることになったとしても。

 蔵場が悪党なのかどうか、俺にはわからない。商人なら商いの成立するところ、なんでもやるのが正義なのかもしれない。奴が攘夷を正義と思ってないことも知ってる。真選組と商いが成立するなら明日からでもこっちに付くだろう。
 だが俺たちはそれを信頼しないし、信頼できない者を受け入れるほど懐が広くもない。獅子身中の虫をのさばらせるより、さっさと始末するに限る。

 ミツバが蔵場の思惑を見抜けずに上辺の優しさに絆されたのだとしても、真選組副長である俺は見逃すわけにはいかないし見逃す気もない。
 ただ、ほんの少し、私情が許されるなら。
 蔵場のやってることの善悪なんか知ったこっちゃねえが、俺は野郎が嫌いだ。野郎のしてることも、考え方も。


――惚れた女にゃ、幸せになってほしい


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