「テメーはホントに本能の赴くままだな……」

 土方は慌ただしく朝食をかっ込む。だが向かいの坂田は土方の嫌味など聞こえなかったように欠伸をして、新聞に目を落とした。
 このあと洗面所と厠の取り合いになるのが日課だ。
 内心(朝イチから仕事があるわけじゃあるまいし、こっちを優先にしろ)と思わないでもない。真選組には隊規というものがあって、しかもそれを定めたのは他ならぬ自分であって、通いになったからといって……いや、なったからこそ、破る訳にはいかないのだということに、この男は思い至らないらしい。

 寝起きが悪いからいつまでもぼんやり歯を磨いてるし、邪魔だから先に使わせろと言えば急にシャキッとして『あとちょっと』とか言い出すし、そのくせ『じゃあ台所使うからゆっくりやってろ』と譲歩してやると『メシ作るところで歯磨きだの髭剃りだのはイヤだ』なんて、滅多に見せない潔癖ぶりを発揮する。これに関しては土方は黙らざるを得ない。料理をしない、というかできないからだ。一方的に坂田に任せっきりなので、文句は言えない。

(でも毎日おまえが作ってる訳じゃねえだろ)

 新居と言えたころは真選組の面々も、万事屋の子どもたちも少しは遠慮があった。神楽でさえひとこと『行っててもいいアルか』と連絡していた。
 それが最近じゃどうだ。
 こないだは玄関開けたら白いモフモフに押し出されそうになった。その前は新八が押入れまで掃除してて、その日の夕食は新八が作った。彼がお妙に頼らなかったことを心底感謝した。沖田が仕事中にここで昼寝してるのも知ってる。その前は万事屋の子どもたちと鍋やってたらいつの間にか山崎が紛れ込んでた。

 別に構わない。沖田だけはいただけないが、オフのときに来るならまあ許す。全然気にしてない。

 だが出勤前の銀時だけは困る。

 結局土方が折れる。争っていれば余計に時間がかかるからだ。毎朝顔を洗ってる坂田の横で意味もなく歯ブラシを咥えて待たされるのはまだいい。

「ちょっ、ウンコ出そう」
「あっ待てッテメー長えから俺が先に……」
「ヤダ。漏れる」

(俺だってテメーが昨日ガンガン突くから腹の具合が)

 ヤバイ。腹痛い。尋常じゃない。いや毎回だけど。

「お願い、します……先にッ、厠、つ、使わせ……ぎんとき」
「えー。しょうがねえなァ」

 そして、今日も土方は坂田に懇願するのだ。

「ほんとドMちゃんだよな。十四郎って」
(そうじゃねえだろォォォ!?)



「土方さん。今日も遅刻スレスレでさァ」
「……遅れてねえ」
「遅れたとは言ってねェ。寸前だって言ったんでさァ耳付いてんのか土方コノヤロー」
「テメーがコノヤローだボケェェェ!? とりあえず厠行かせろ」
「会議始まりやすぜ。伝えといてあげまさァ、土方さんはウンコだっ……」
「ちげーよ(違わねーけど)!?」

 屯所に着いたら着いたでこの有様。沖田に限ったことではない。悪意こそないが近藤がお妙について朝っぱらからオカシなテンションで語り出したり、忠実な山崎が朝イチの報告をしてきたり(もういっそ夜に電話してきていいと言ったのに、遠慮深いこの男は翌朝で足りると判断すると決して掛けてこない)、鉄之助が文字通り付き纏ってやれ煙草を買ってこようかやれマヨは足りてるかと聞いてくるし、

(俺がゆっくり出来るところはねェのか……)

 なんか、想像してたのと違う。
 一緒に暮らそう、なんて言ってたときはこんなの考えてなかった。
 ただ離れたくなかった。いつ消えてしまうかわからない男を、少しでも長く留めておきたかった。好きで好きで堪らなくて、その男が知らないところへ行ってしまうのが恐ろしくて。

(まあ、平和ってことだろうな)

 少しくらい思い通りにいかなくても。
 あの男がこの世から消えることに比べれば。
 おまえなんぞ要らないと言われることに比べれば。

 やっと朝の一服に有りつきながら、土方は自分の不満を嗤った。





「明日、非番だ」

 下心は確かにあった。ただそれよりも、同居している以上互いの予定は伝えておくものだろうと思った、そのほうが大きかった。
 けれど坂田は、新聞を読みながら(この男が案外新聞を隅から隅まで読むということを、同居して初めて知った)、ふーん、と気のなさそうに言っただけだった。

 ふーん、て。

「俺、明日店番なんだわ。悪ィね、遊べない」
「……ガキじゃあるまいし遊べたァ言ってねえ」
「そうなの? じゃあどうする?」
「どうするって……仕事があンなら上等じゃねえか。働いてこい」
「電話番じゃ一銭にもなんないけどね」

 棘のある言い方だと思ってしまうのは、自分が悪いのだろうかと土方はしばし考えた。これが他人なら考えもせずに怒鳴り上げるところだろうにと、こころの片隅で囁く声がしたが無視した。
 自分は何かしただろうか。譲れるところは譲っていると思っていたのは間違いだったか。銀髪を無造作にかき回す目の前の男は、いったい何を自分に要求しているのだろう。

「不満があンなら、ハッキリ言えばいいだろう」

 穏やかに問いかけられない己の舌を呪いながら、土方は呻いた。坂田が顔を上げたのが視界の隅に入ったけれど、まともに向き合えなかった。

「何が気に食わねえか知らねえけど、」
「気に食わねえなんて言ってねーよ?」
「テメーは思い通りにやってりゃいいんだろうけどな」
「え、どうしたの?」
「俺は、テメーみてえに好き勝手する気にゃなれねえんだよ……ッ」
「十四郎」

 気がつけば坂田が目の前に立っていて、顎を掴まれていた。外そうと躍起になって両手で掴み返すのに、外れないばかりか引き寄せられる。

「俺は気ィ回せねえかもしんねーが、好き放題はやってねえぜ」

 よく言う、と土方は思った。
 同時に自分がどれほど愚かなことをしているのかと、愕然とした。
 この男は本当に自由だったのに。
 なんのルールにも捕らわれず、『他人を傷つけない』ことだけを願っていたのに。

(それを縛りつけたのは、俺だ)

 あの時は、純粋に『一緒にいたい』と思っただけだった。たとえ、愛されなくても。

「……悪かった」

 足掻く気力が消え失せてしまった。
 自分の利を望んでしまった。この男と共にあればそれでよかったはずが、あろうことかこの男に自分の都合を考慮させようとしてしまった。

「何が?」

 土方がもう暴れないと知った坂田は少し手を弛めたが、下を向かせまいとするのか、顎から手を離さない。目を逸らしても逸らしても、緋色の瞳が追ってくる。

「なぁ謝るってことは、まだ一緒にいてくれんだろ? だったらちゃんと言えよ。何が?」
「……」
「タダじゃ頭下げねえよ、俺は。おめーもそうだろ」
「……」
「つか、おめーが言ったんじゃん。なに、どうしたの?」
「……」
「お口で言えないなら躯に聞いちゃうけど」

 坂田はゆっくり唇を近づけた。問いかけるような目で、土方を真っ直ぐ見ながら。
 とても目を開けていられなかった。思わず閉じたとき、坂田がわずかに息を呑んだのが聞こえたけれど、すぐに柔らかい唇の感触がして、

(流されるな、流されたらダメだ)

 土方は必死でそれだけを思った。
 たぶん、久しぶりに本気で抵抗したのだろう。
 夜が明けるころ、土方は気を失った。コックリングしたまま前立腺だけを意地悪く弄られ、イかせて欲しければ言えと責められ、それでも強情を張ったせいで坂田を怒らせた。涙だけは止められなかったがあくまで声は漏らさなかった。

「そんなに酷くされてえの?」

 最後に冷えた声で坂田は言った。
 そんな色の声は、嫌いだ。

(なんだ。俺は、愛されることに)

――慣れ過ぎてたんだ、









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