「これは生涯をともにする約束と受け取って、いいんだよな?」






「先生がさぁ」

 また銀時は眠れなかったらしい。目の下に隈を作って、朝飯も碌に食わない。
 言いたがらないからしつこく聞くのもどうかと迷って、でも味噌汁くらい飲めよ(俺が作ったんじゃないけど)なんて言ったら、突然話が飛躍した。
 もう慣れたけど。

「みんなを頼むって言ったんだよ」
「いつ?」
「いつも。や、現実のことなんだけど、夢ン中でも」
「師匠の夢見たのか」
「うん。そう」

銀時は胡座をかいて、行儀悪く手を後ろに付きながら日本茶ばかり飲んだ。

「みんなって誰だ」
「……へ?」
「高杉とか桂とか、塾の同期のことか」
「いや、知らね」

 今度は起き上がって、湯呑みを机に置いた。俺を見て、首を捻る。

「誰だろう?」
「さあ……俺にはわかんねえぞ」
「そんなことねえよ。俺だってわかんないもん」
「……どんな理屈だよ」
「あんときはさ、俺が周りの連中を傷つけないように自重しなさいって意味だと思ったんだよ」
「今は?」
「違う、かな。高杉から少し聞いたし。先生は俺をヒト扱いしてくれてたんだって」
「……」
「化け物が暴れ出すのを止めろって意味だと思ってたから、ちょっと驚いた」
「もしかして高杉と脱獄したとき、それ話してたのか?」
「あれ、高杉としゃべってたの知ってた?」
「リアルタイムでな」
「さっすが真選組監察。優秀だねえ。でも、正解はもうわかんないんだ」
「そうだな」
「先生は、もういないんだから。誰にもわかんないよな」
「……」
「だからこそ、生き残った俺たちは考えなきゃいけねーと思うんだ」

 銀時はもう、苦しんでいなかった。
 さみしそうに銀色の睫毛を伏せて、それでも笑ってみせてた。

「一緒に考えてくれるか?」

 答えが一朝一夕に出ないのはわかってるけど。最後まで一緒に、と。

「いいぜ。俺でいいんなら」

 これは生涯をともにする約束と受け取って、いいんだよな?

「高杉のこと。ごめんな」

 銀時は少しイタズラっぽく笑った。

「逃がしちゃった。でも、先生とは関係ねーよ?」
「じゃあどうしてだ」
「……沖田くん、無事だった?」
「無事ってか、たいしたこたァなかったな」
「そっか。あの娘っ子、ちゃんと約束守ったんだな」

 あっ、と思った。
 今井信女か。

「あの女、行方眩ましたぞ」
「あらら。怒られたかも」
「どういうからくりだ」
「えーと。カラクリってほどのモンじゃねえんだけど」

 銀時は少し考えて、茶を淹れ直した。

「俺が勝手にやったんだかんな。俺がそうして欲しかっただけだから」
「なんだ」
「……真選組を、傷つけないでくれって」
「はァ!?」
「代わりにっつーか、順調にいけば俺か高杉の首は手に入んだろ? その見返りを寄越せって言ったんだ」
「おまえ……」
「あの子、両方逃したからよ。上のほうから怒られんのが嫌で隠れてんのか、片眼鏡が隠したか知んねーけど、だからいないんじゃね」
「どうして?」
「俺が高杉にやられた時点で、あいつの首より俺の首って判断したんじゃねーの? つか、沖田くんが俺見たら面倒なことになるし。ジミーがいなくなってすぐだよ。あの子黙って引きずってったからね、俺のこと」
「どこへ」
「おめーが俺を見っけたとこだろ。さすがに気絶してんよ俺も。けど俺、少なくとも沖田とあの子の喧嘩は邪魔しなかったらしいじゃん?」
「……そうか、」
「真選組が俺を拾う訳にゃいかねえだろ、あの状況じゃ。あの娘っ子は高杉を逃がすってより、真選組から俺とか高杉の死体を隠す役割りだったわけ。見廻組の手柄にするために。俺ァおめーが探しにくるたァ思わなくてよ」
「探さないわけないだろ……なんでおまえは、」

「うん。今は少しわかる」

 気がついたら銀時は俺の後ろに座ってた。背中が銀時の胸に包まれ、腹に腕が回ってくる。肩には銀色の髪、耳には甘い声。

「あんなに泣かれると思わなかった……俺は、生きてても、少しは役に立つんだな」
「少しじゃねえよ。師匠に託されたんだろ? 『みんな』って奴を」



 みんなを頼む。
 それは、俺にとって武州にいたころは道場の連中だったり、江戸にきてからは真選組だったり、隊士たちだったり、市民だったり、いろいろだ。疑問を持ったことはなかった。
 近藤さんに会ってからは、ひとりじゃなかったから。
 銀時、おまえは師匠に会ってからひとりだった?

「先生がいなくなるって知らなかったから。ひとりじゃなかった。いつでも必ず迎えに来てくれるって思ってた」

 耳元で呟く銀時の声は、震えたり怯えたりしていない。ただ、甘えの色が交じる。それが、嬉しい。

「端からひとりなら耐えられる。けど、ひとりに『なる』のは耐えらんなかった」
「……」
「だったら最初っから拾ったりしないでくれりゃよかったのにって思ったこともあった」

 けど、先生だってどうしようもなかったんだよな。
 銀時は小さく、それでも力強く言った。

「だから託した……ここにいない、すべてのひとを、かな」
「俺がその人だったらそんな無茶は振らねえ」

 おまえを。坂田銀時を護って。
 願いは、それだけ。

「なんのために?」
「それこそ、俺がそうして欲しいだけだ」
「……おー。約束する」

 銀時はそっと俺の向きを変えた。向き合うと、今でもどきどきする。
 銀色の髪。真紅の瞳。常なら薄い膜の掛かっているような目は、俺の前ではいつも澄んでいる。

「なあ……高杉はおまえに、その……惚れてたんじゃねえのか」

 銀色の睫毛に縁取られた目が丸くなるのを、俺は間近に眺めた。

「どして?」
「どうして、って……それこそどうして高杉がおまえを何度も連れに来たのかって、ずっと考えてた」
「……それで?」
「あんだけ野郎がいたら、セックスの相手にゃ事欠かねえだろ。地球人にこだわりがあるわけでもなさそうだし」
「まあね」
「銀時だけだろ。見廻組に潜入までして」
「……だから、それはよ」
「師匠のことか? でもおまえは違うと思ったんだろ、高杉とは」
「……うん」
「それでも連れてこうとしたんだろ」
「うん。……はは、鬼の副長の目は、誤魔化せねーってか」

 ほんの少し、銀時は俺を抱く腕に力を込めた。そして『でも俺は十四郎が好きだよ』と囁いた。

「信じてくれる?」



 力に任せて躯を繋いだところから始まった関係だった。
 信じ、信じられるとは想像できないこともあった。
 でも、今ここにいる銀時はこんなに暖かい。

 俺のほうから唇を重ねた。
 今日は非番だ。休むって言ってないけど、俺の勤務票は白いはずだ。後で電話すりゃいい。

「おめーが待っててくれるなら、何があっても帰ってくる。十四郎」

 それでいい。
 何を護るか、これから考えればいい。
 もうおまえは、たくさんの者を護ってるから。それに気づけばいい。


 万事屋から電話が掛かってきた。神楽だろう。遊びに来てもいいかってヤツだ。

(悪ィな、チャイナ)

 もう少し、独り占めしたい。
 この愛しい男に、俺のすべてを委ねていたい。



 銀時が柔らかく笑って、俺の耳を塞いでくれた。







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