「終わらせねえ。終わらせてたまるか」





 あっという間に坂田は、白衣に囲まれて見えなくなった。
 俺は窓際に追いやられた。時々白衣の間から銀髪や白くなった肌が見える。
 好転だったのか悪くなったのか、それさえわからない。

 万事屋の子どもたちがすぐにやってきて、説明してほしそうに俺を見上げてきたが、声も出なかった。大家の婆さんと猫耳の従業員が何か怒鳴っていたような気もするが、理解できなかった。

 ピーッとけたたましく機会音が鳴る。白衣の動きがいっそう慌ただしくなった。
 怒声に近い指示が飛び、医療用語が飛び交う。坂田の胸に機械が当てられる。その身体が不自然に跳ねた。
 チャイナが泣いて俺の腕にしがみついた。メガネも泣きながら、名前を呼び続ける。

 俺の名前を、呼んでくれた。
 躯を求めてくれた。
 あれが最後の会話なんて、許さねえ。
 終わらせねえ。終わらせてたまるか。
 でも、今の俺にはなんにもできないのだ。

 長い時間だったような気がする。



「今は、持ちこたえました」



 ぐらり、と脳が揺れた。
 その後の説明はよく聞こえなかった。
バカみたいに膝が笑う。
 腕にぶら下がったチャイナの重みに絶えられず、しゃがみこんだ。
 その途端、視界が狭くなり、辺りが黄色くなって、終いには真っ暗になっていき、子どもたちの慌てた声がして、

(頭いてえ)

 それを最後に俺は気絶した。



 気がついたら坂田の横のベッドに寝かされていた。

 ベッドとベッドの間の椅子にはメガネの小僧が座ってて、器用にりんごを剥いているところだった。

「おはようございます。もう夕方ですけど」

 りんご食べますか、とメガネは皿を差し出した。

「お疲れだったんですね。貧血ですって」

 鬼の副長でも貧血で倒れることあるんですね、とメガネは子どもらしく笑った。

「銀さん、寝てますよ。ったく心配させるだけさせて、呑気なもんです」

 まあ、死ぬと思いませんでしたけど。
 そう言って、さすがに自分の取り乱しようを思い出して気まずくなったようで、急いでりんごを口に放り込んだ。

「チャイナは?」
「あ、そうだ、ありがとうございます。沖田さんが迎えにきてくださって。今日は道場に泊めます。姉上も休みですし」
「総悟が? あんま信用すんな」
「大丈夫ですよ。神楽ちゃんだし」

 チャイナだとどう大丈夫なのか、理解できそうにない。りんごに手を伸ばそうとしたら、腕に点滴の管が繋がっていた。

「気をつけてください。相当お疲れだったみたいですから……しょうがないですけどね」
「もっと早く、来ればよかった」
「今から居ればいいじゃないですか」

 お疲れなんだからちょうどいいし、と言って、メガネは帰り支度を始めた。

「? 帰るのか」
「え? お休みなんでしょ?」
「?」
「沖田さんが、当分休みだって。近藤さんからの伝言って言ってましたけど、違いましたか?」

 ああ、出掛けに言われたような気がする。

「神楽ちゃんが、もっと早くに呼べばよかったって。土方さんだって、銀さんの傍にいたいはずだって」

 女の子ですからね、その辺は当たってると思います、とメガネは真顔で言った。

「僕たちも交替します。もちろん。だから姉上と、僕と神楽ちゃんの当番に、土方さんも入ってくれませんか」


俺は受け入れられたのか。


 さかた、

 おまえの家族が、俺を迎えてくれたよ。
 俺の仲間もおまえを認めた。



 だから早く、帰ってこい。
 終わりになんてしたくない。
 なんだ、俺だけじゃなくておまえ、みんなに大事にされてんじゃねえか。
 おまえは死ぬつもりだったんだろうけど……誰もそんなこと望んじゃいない。


 早く帰ってきて、シたいだけシて。
 今度こそおまえんちの傍に部屋借りる。
 そこで、朝から晩まで抱いてほしい。
 ずっと好きだって、何回でも言いたい。


 名前を、呼びたい。


「ぎんとき、」


 メガネ小僧が帰ったあと、寝顔を見つめながら何度も囁いた。


「ぎんとき」






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