4 「泣くな。おちおち逝けねえだろが」 新八たちは俺に完全に意識がないと思ってたみたいだけど、実は途切れ途切れにある。 二人が泣くのも聞こえたし、神楽が一生懸命天パの手入れしてくれたのも覚えてる。 けど、やっぱり夢うつつなのかもしれない。 土方はどうしてるだろう。 心配はそれだけだった。神楽の生活は土方が見てくれるだろうし、新八もあいつは気にかけてくれる。 俺が死んだあと、って言ったら嫌な顔してたけど、いざほんとに死んだら、きっとやってくれるだろう。 でも、その土方の身は護られてるだろうか。 ジミーくんは上手くやっただろうか。 あの髪の長い姉ちゃんは黙っててくれただろうか。沖田くんにはバレなかっただろうか。 今となっちゃあいつらに任せるしかないというのに。 惚れた奴ひとり護るのに、こんなにいろんな奴の手を借りることになるとは思わなかった。 あんとき、高杉は俺との会話を盗み聞きしてたジミーくんを、一瞬で殺ろうとした。俺に見せつけるように。だから急に俺に手を貸すみたいな話を始めたんだ。迂闊なことに俺は気づくのが一歩遅かった。そういやジミーくんは、生まれて始めて大事に抱いた子だった。 ジミーくんが狂撃に倒れるとこなんか見たくなかった。体が条件反射で動いていた。俺だってどうしてああなったかわからない。 ただ、ジミーが死ぬところを見たくなかったんだ。 さっさと逃げてくれればいいのに、泣いちゃって大変だった。 突然マイクとイヤホンを投げつけて、ジミーくんは走ってった。 鼻メガネはやっぱり土方のことを疑ってて、そのために俺を真選組から移送させたってわかって、今こそ俺が役に立てる時だと思って、 インカムの向こうで土方が俺を呼んでた。俺は傷も高杉もどうでもよくなった。 「必死だな」 高杉が後ろで小さく笑った。 「忘れんな。テメェを最初に愛してくれたのは、その狗じゃねえ」 高杉は俺を隅っこに引き摺りながら、ゆっくり、ゆっくり言った。 「松陽先生だ」 答えようとしても息が苦しくて、吸えば吸うほど空気が足りなくて、これは肺をやられちまったなぁとぼんやり思った。 「どうやら先は長くねえようだが、死ぬまでそいつァ忘れんな」 俺の顔を覗きこんで、高杉はもう一度言った。 驚いたのはそのあと。 「こっちは……忘れていいぜ」 そう言って、高杉は俺の唇に自分のを重ねてきたんだ。 ずっと、ずっと前から躯を重ねてきたのに、 初めてだった。 すぐ高杉は居なくなり、今度は別の軽い足音がした。 胸が苦しい。息が、できない。 そこで一旦、記憶が途絶えた。 次にぼんやり浮上したときは、周りが真っ白だった。 息は相変わらず苦しくて、体の向きを変えたいのにできなくて、それどころか人の気配がするのに誰も俺に気づかない。 頭が痺れる。神楽の涙声が聞こえて、それを宥める新八も涙声なのが、なんだかこそばゆかった。 ときどきそんなふうに浮上しては沈みを繰り返していたのに、土方のところに行ったときだけは沈まなかった。 どうやってとか、なんでとか、それはわからない。とにかく俺は土方に逢った。 ああ、最期の挨拶ってやつだな、と直感でわかった。つまり俺は死にかけてて、もう時間は少ないってことだ。 あのあとどうしたかとか、聞きたいことはたくさんあったのに、顔見たら言えなくなった。 「待たせやがって」 土方が驚きもせず、不満そうに言ったから。 「待ってなくてよかったんだぜ」 だって、俺はもうすぐ消える。待たせることもできなくなる。 何を思ったのか土方は、そんな顔させたかったわけじゃないよ、と傷ついた顔で言った。俺だってそんな顔してほしくない。 「土方、俺ァ行くけど」 時間がない、と何かが俺を急かす。 土方を心配させないように、笑ってみせた。 「もう、大丈夫だから。おめーを邪魔する奴ァあらかた片づけたし、残りはおめーの仲間がやってくれる。おめーは真っ直ぐ歩いてけばいい」 土方は眉を顰めて、なにが?と言った。 なにが、って。要するに、 「好きな奴早く作って、幸せンなれ」 ほんとにそう思うのに、胸のへんが痛い。傷のせいじゃない、この痛さ。 土方はますます怪訝な顔をした。俺は慌てて、「俺はもう、充分」とか「ありがとな」とか、思いつく限りの言葉を並べた。 それでも土方は納得しなかったらしい。 ぱっと駆け寄ってきて、手を握られた。 それは、まずい。 俺はもう、地獄に足を突っ込んでる。 「離せ。ひじかた」 「どっか行っちまうつもりだろ」 「おめーは連れてけねぇのよ。離してくれ」 「嫌だ」 土方はあろうことか、首ったまにしがみついてきた。思わず抱きしめようとして、辛うじて腰を支えるだけで我慢した。 「やめろって。連れてきたくなっちまうだろーが」 「連れてけよ」 「ダメなんだって。ああもう、」 こんなにあったかいのに。 少しだけなら、大丈夫だろうか。 後ろ髪を掴んで引き剥がしたのに、くっつこうとするのか、必死で抵抗すんだ。鳩尾がきゅうっ、と傷んだ。つい、いつもの癖で抵抗を封じるために唇を塞いじまった。 大丈夫そうだ。 でも、 「知らねーぞ。時間切れになったら、おめーも道連れだ」 土方はこく、と頷いた。 これが、愛おしいって気持ちなんだな。 死ぬ間際にやっとわかったよ。 「逢いたかった」 そう言ったら怒られた。涙でいっぱいの目を精一杯開いて俺を睨みながら、 もっと早く言えって。 「泣き顔もたまんねーな、おめーは」 頬を舐めたらしょっぱかった。土方の肌の味がした。 都合のいいことに俺たちは素っ裸で、土方は大人しく俺の腕に収まってる。 そして、切羽詰まった顔で言うんだ。 「酷くして」 まったく、こいつは。 本当に連れてこうかと思った。 でも、思いとどまった。 こんな綺麗なひとを、俺の勝手であの世になんて連れていったらいけない。 土方だけを気持ちよくした。 俺にはもう必要ない。 望みどおり、酷く。 あったかい躯に触れると、あれもすればよかった、これもすればよかった、なんて未練が出るけど。今さら耳が弱かったなんて知っちゃって、なおさら。 追い詰めて、でも俺はなるべく触れずに、高まる土方を目に焼き付けた。 「アーーーッ!! ぎん、ぎんときーーッ!」 放心した土方の耳に、そっと吹き込む。 「……さよなら、十四郎」 それが最後のつもりだったのに。 どうやって帰ってきたのかわからないけど、俺はまた白い病室にいた。そもそもさっきのはどこだったんだろう。 土方が、手を握ってくれていた。 ぽつり、ぽつりと声が聞こえる。 あったかいものが、ぱた、ぱた、と、俺の顔に落ちてくる。 土方、泣くな。おちおち逝けねえじゃねえか。 笑って。 おまえが泣くと、俺も痛い。 カナシイって、こういうことなんだ。 俺の声が、慰めになればいい。 「とうしろう」 名前を呼ぶだけなのに、酷く力が要る。 でも、それだけで土方の顔に赤味が差したからいい。 「シてえ」 俺もだ、と土方は泣いた。絶対に死ぬなと言われた。 「おう」 人がたくさん来て、俺は土方から離されてしまった。 わらえ、ひじかた。なくんじゃねえ。 おまえのまわりには、こんなにたくさん、 章一覧へ TOPへ |