「泣くな。おちおち逝けねえだろが」





 新八たちは俺に完全に意識がないと思ってたみたいだけど、実は途切れ途切れにある。
 二人が泣くのも聞こえたし、神楽が一生懸命天パの手入れしてくれたのも覚えてる。

 けど、やっぱり夢うつつなのかもしれない。
 土方はどうしてるだろう。
 心配はそれだけだった。神楽の生活は土方が見てくれるだろうし、新八もあいつは気にかけてくれる。
 俺が死んだあと、って言ったら嫌な顔してたけど、いざほんとに死んだら、きっとやってくれるだろう。
 でも、その土方の身は護られてるだろうか。

 ジミーくんは上手くやっただろうか。
 あの髪の長い姉ちゃんは黙っててくれただろうか。沖田くんにはバレなかっただろうか。

 今となっちゃあいつらに任せるしかないというのに。


 惚れた奴ひとり護るのに、こんなにいろんな奴の手を借りることになるとは思わなかった。
 あんとき、高杉は俺との会話を盗み聞きしてたジミーくんを、一瞬で殺ろうとした。俺に見せつけるように。だから急に俺に手を貸すみたいな話を始めたんだ。迂闊なことに俺は気づくのが一歩遅かった。そういやジミーくんは、生まれて始めて大事に抱いた子だった。

 ジミーくんが狂撃に倒れるとこなんか見たくなかった。体が条件反射で動いていた。俺だってどうしてああなったかわからない。
 ただ、ジミーが死ぬところを見たくなかったんだ。
 さっさと逃げてくれればいいのに、泣いちゃって大変だった。
 突然マイクとイヤホンを投げつけて、ジミーくんは走ってった。
 鼻メガネはやっぱり土方のことを疑ってて、そのために俺を真選組から移送させたってわかって、今こそ俺が役に立てる時だと思って、



 インカムの向こうで土方が俺を呼んでた。俺は傷も高杉もどうでもよくなった。

「必死だな」

 高杉が後ろで小さく笑った。

「忘れんな。テメェを最初に愛してくれたのは、その狗じゃねえ」

 高杉は俺を隅っこに引き摺りながら、ゆっくり、ゆっくり言った。


「松陽先生だ」


 答えようとしても息が苦しくて、吸えば吸うほど空気が足りなくて、これは肺をやられちまったなぁとぼんやり思った。

「どうやら先は長くねえようだが、死ぬまでそいつァ忘れんな」

 俺の顔を覗きこんで、高杉はもう一度言った。
 驚いたのはそのあと。

「こっちは……忘れていいぜ」

 そう言って、高杉は俺の唇に自分のを重ねてきたんだ。
 ずっと、ずっと前から躯を重ねてきたのに、
 初めてだった。

 すぐ高杉は居なくなり、今度は別の軽い足音がした。
 胸が苦しい。息が、できない。
 そこで一旦、記憶が途絶えた。


 次にぼんやり浮上したときは、周りが真っ白だった。
 息は相変わらず苦しくて、体の向きを変えたいのにできなくて、それどころか人の気配がするのに誰も俺に気づかない。
 頭が痺れる。神楽の涙声が聞こえて、それを宥める新八も涙声なのが、なんだかこそばゆかった。

 ときどきそんなふうに浮上しては沈みを繰り返していたのに、土方のところに行ったときだけは沈まなかった。


 どうやってとか、なんでとか、それはわからない。とにかく俺は土方に逢った。
 ああ、最期の挨拶ってやつだな、と直感でわかった。つまり俺は死にかけてて、もう時間は少ないってことだ。

 あのあとどうしたかとか、聞きたいことはたくさんあったのに、顔見たら言えなくなった。

「待たせやがって」

 土方が驚きもせず、不満そうに言ったから。

「待ってなくてよかったんだぜ」

 だって、俺はもうすぐ消える。待たせることもできなくなる。
 何を思ったのか土方は、そんな顔させたかったわけじゃないよ、と傷ついた顔で言った。俺だってそんな顔してほしくない。

「土方、俺ァ行くけど」

 時間がない、と何かが俺を急かす。
 土方を心配させないように、笑ってみせた。

「もう、大丈夫だから。おめーを邪魔する奴ァあらかた片づけたし、残りはおめーの仲間がやってくれる。おめーは真っ直ぐ歩いてけばいい」

 土方は眉を顰めて、なにが?と言った。
 なにが、って。要するに、

「好きな奴早く作って、幸せンなれ」

 ほんとにそう思うのに、胸のへんが痛い。傷のせいじゃない、この痛さ。
 土方はますます怪訝な顔をした。俺は慌てて、「俺はもう、充分」とか「ありがとな」とか、思いつく限りの言葉を並べた。

 それでも土方は納得しなかったらしい。
 ぱっと駆け寄ってきて、手を握られた。
 それは、まずい。
 俺はもう、地獄に足を突っ込んでる。


「離せ。ひじかた」
「どっか行っちまうつもりだろ」
「おめーは連れてけねぇのよ。離してくれ」
「嫌だ」


 土方はあろうことか、首ったまにしがみついてきた。思わず抱きしめようとして、辛うじて腰を支えるだけで我慢した。


「やめろって。連れてきたくなっちまうだろーが」
「連れてけよ」
「ダメなんだって。ああもう、」


 こんなにあったかいのに。
 少しだけなら、大丈夫だろうか。
 後ろ髪を掴んで引き剥がしたのに、くっつこうとするのか、必死で抵抗すんだ。鳩尾がきゅうっ、と傷んだ。つい、いつもの癖で抵抗を封じるために唇を塞いじまった。
 大丈夫そうだ。
 でも、


「知らねーぞ。時間切れになったら、おめーも道連れだ」

 土方はこく、と頷いた。
 これが、愛おしいって気持ちなんだな。
 死ぬ間際にやっとわかったよ。


「逢いたかった」


 そう言ったら怒られた。涙でいっぱいの目を精一杯開いて俺を睨みながら、

 もっと早く言えって。


「泣き顔もたまんねーな、おめーは」

 頬を舐めたらしょっぱかった。土方の肌の味がした。
 都合のいいことに俺たちは素っ裸で、土方は大人しく俺の腕に収まってる。
そして、切羽詰まった顔で言うんだ。


「酷くして」


 まったく、こいつは。

 本当に連れてこうかと思った。
 でも、思いとどまった。
 こんな綺麗なひとを、俺の勝手であの世になんて連れていったらいけない。

 土方だけを気持ちよくした。
 俺にはもう必要ない。
 望みどおり、酷く。
 あったかい躯に触れると、あれもすればよかった、これもすればよかった、なんて未練が出るけど。今さら耳が弱かったなんて知っちゃって、なおさら。
 追い詰めて、でも俺はなるべく触れずに、高まる土方を目に焼き付けた。

「アーーーッ!! ぎん、ぎんときーーッ!」


 放心した土方の耳に、そっと吹き込む。


「……さよなら、十四郎」


 それが最後のつもりだったのに。
 どうやって帰ってきたのかわからないけど、俺はまた白い病室にいた。そもそもさっきのはどこだったんだろう。

 土方が、手を握ってくれていた。
 ぽつり、ぽつりと声が聞こえる。
 あったかいものが、ぱた、ぱた、と、俺の顔に落ちてくる。
 土方、泣くな。おちおち逝けねえじゃねえか。
 笑って。
 おまえが泣くと、俺も痛い。


 カナシイって、こういうことなんだ。



 俺の声が、慰めになればいい。

「とうしろう」

 名前を呼ぶだけなのに、酷く力が要る。
 でも、それだけで土方の顔に赤味が差したからいい。

「シてえ」

 俺もだ、と土方は泣いた。絶対に死ぬなと言われた。

「おう」



 人がたくさん来て、俺は土方から離されてしまった。
 わらえ、ひじかた。なくんじゃねえ。

 おまえのまわりには、こんなにたくさん、






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