「俺はその、テメェの僻み根性が気に入らねえ」




 幸せ、だった。
 土方を好きになって。
 昔ならきっと、『雑音』と思っただろうことも、心地よく聞こえた。

 それは土方だけのおかげではないのかもしれない。ババアに拾われて、新八とお妙に会って、神楽が押しかけてきて、猫耳が増えて、定春を拾って。
 その中にいる間は、化け物である自分を忘れられた。
 気を抜いても、狂ったりしなかった。

 その分の狂気を土方にぶつけてたのかもしれない。

 可哀想な目に遭わせた。拒まないのをいいことに、無理強いした。
 その最中にあの男が無言だったのが気に入らなかった。
 やっと口利いてくれたとき、好きだと言われた。


 思い返せばあのときから、俺の中に染み入る言葉が邪魔ではなくなった。
 もっとも、そんなこと体験したことがなくて驚いたし、排除さえしようとしたけれど。


「雑音なんて、そんな言い方したくねえ」


 高杉がほんの少し、眉を寄せた。

「テメェの休憩時間は三時間だろ」
「ははっ、そこまで知ってんのね」
「テメェがおっ死のうが、俺ァ関係ねえ。だがテメェが先生の遺言を、理解もしねえで死ぬのは許せねェ」
「……いや、ちゃんとわかってるし」
「わかってねえ」


 高杉の片目がやけに光ってる。気持ち悪い。


「テメェ、あの人がどんだけテメェを可愛がってたかわかるか」
「……そりゃ、世話んなったよ」
「鬼の子を手元に置いて育てたってェことが、どんだけあの人の交友関係を狭めたか。俺もいっとき辞めさせられそうになったんだぞ、塾」
「……」
「ヅラもだ。テメェみたいな狂気の沙汰を飼ってる人間に、自分の子を預けたかねえよ。世間はな。テメェはぼんやりしてて気づかなかっただろうが、あの頃ずいぶん弟子が入れ替わったし、減った」
「……」
「そんでもあの人は、俺たちにテメェには言うなって言った。なんでだと思う」
「……俺を野放しにするほうがあぶねーからだろ」
「だからわかってねェってんだ」

 かつん。
 牢の柵に煙管があたり、灰が落ちる。

「テメェに聞かせたくないからだ。知りもしねえ人間どもからテメェが忌み嫌われてるなんぞと、テメェに知らせたくなかったからだ」
「俺がキレるから」
「違えよ阿呆。『今の銀時に必要なのは、愛情だけだから』って言ってたぜ。あの人は」
「……?」
「テメェはそれを無碍にしたんだ。そいつを思い知ってから死ね。それまでは死なせてやんねえよ」
「無碍に……って?」
「文字通りだ阿呆!」


 護られていた?
 他のヒトを、じゃなくて。

 お れ を ま も っ て く れ た ?

 なんで?

『今度はあなたがみんなを護ってくださいね。約束です』

 俺から、みんなをじゃなくて?
 俺が、あなたのかわりに、みんなを?

「ないわ。ない」
「どうしてそう思う。俺は事実しか言ってねーぞ」
「いやいやいや。現に箍が外れた俺を見てんだろテメーは。あんなんが人様を護るなんて、ナイナイ」
「……俺たちはテメェに護られてきた。シャクだがな」
「……」
「白夜叉と聞けば敵は退いた。聞かなくたってテメェはさっさと退けた。無茶な戦も簡単にやってのけた。俺もテメェにゃあ無理難題ふっかけやすかったぜ。頭悪ィから言うこと聞くし、ノリノリで思った以上のことやらかしてくるし、どんだけ俺たちがテメェをあてにしてたか」
「……」
「セックスの性癖は、たまたま相性良かっただけかもしれねえがな。テメェとヤんのが一番ヨかったぜ」
「……」
「それでもテメェは、テメェが役立たずで先生にあしらわれて世間から隔離されてたと思うのか。役立たずなのは先生のせいじゃねえ。先生は、いつかテメェがひとりになっても、一人前に生きてけるようにテメェを育てたはずだ。手放すのが、思いの外早かっただけで」
「……」
「俺はその、テメェの僻み根性が気に入らねえ。あの人を独り占めしといてそれっぽっちしか受け取れねえ、テメェの小さすぎる肝っ玉が嫌いだ」
「……」
「さっさとチクればよかったぜ。テメェ嫌われてるぜって。ヅラもご苦労なこった。せっせとガキども集めてテメェと仲良くしろなんて説教たれて、それが嫌われる原因だっつの。そんなことするからそのフワフワ頭見るとヅラの説教思い出してウンザリしちまう奴が続出だってーのに、阿呆だから気づきゃしねえ」
「……」
「最初から、じっくり聞きたくねえか?」
「……なんだって」
「ココ抜け出したら、話してやるよ」


『そんでも俺は、お前が好きだ』


 ひじかた。
 先生は、おまえと同じ言葉で語っていた。


『銀時。謝りなさい』
『ふん』
『私はいいんです。もう許してしまっていますから』
『じゃあいいじゃん』
『後悔するのはあなたなんですよ? いつか私がいなくなっちゃって、あの時松陽のお饅頭食べちゃって謝ってなかったな、もう謝ることもできないなって、後悔して辛い思いをするのは銀時ですよ』
『せんわ、んな後悔』
『それがね、するんですよ……謝っておきなさい』
『そのうちな』


 謝らなかった。
 そのまま突然、先生は連れ去られた。
 饅頭ごときで悔やみはしないけれど、詫びることはまだたくさんあった。
 いつまでも、あの時間が続くと思っていたから。
 いつでもいい、なんて思っていたから。


『謝らないとおまえは自分を責める』
『俺は、謝れなかったから』


 ひじかた。
 俺は、もっとましな生き物になれてたはずだった。
 もしかして、ヒトになってたかもしれなかった。
 もしもおまえとこの先を過ごせたら、俺は先生から学べなかったあれやこれやを、今度こそ理解できたかもしれない。
 そうしたら、もしかしたらおまえを、


「高杉くんさぁ。それ言うために俺のことチクって、真選組から無理矢理引っ張りだしたの。ちょっとやり過ぎじゃね」

 『もしも』なんてありゃしない。
 山崎が教えてくれたじゃねえか。
 そんなことより、俺はこいつから是非に聞き出さなきゃなんない。こいつは、見廻組はどこまで知ってるかを。

「そんだけテメェが嫌いだってことよ。感謝しろ」
「嫌だねそんな感謝。俺のこと好きなくせに。少なくともちんこは好きなくせに」
「ああ、テメェのデカさはハンパねェからな。病みつきになるわ」
「他の男に盗られたくない〜ってか」
「いや別に。誰かにもぎ取られるんなら話は別だが」
「ふーん。ヤキモチ妬かないんだ」
「なんだ、妬いてほしいのか。残念だったな。あの狗にでも妬いてもらえ」
「……おまえさ、なんであいつに拘わんの」

「あ? 拘ってんのァテメェだろうが」

 やっぱり見廻組は潰しておく必要がある。
 今は高杉についてく振りして、このチビは後で殺っちまおう。
 そんときは、差し違えになるだろうけど。







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