7 「さすがの総悟も、顔色を失くしていた」 *流血あり。 まさに猛獣のようだった。 紅い瞳が、地獄の釜のように見えた。 見廻組隊士が慌てて鎖を引こうとするのを鎖ごと五人、六人と一気に引きずり倒す。 自由なのは脚だけで厳重に拘束されている。だが、その鎖の重ささえ坂田には有利な材料でしかない。 唯一自由な脚で、地べたに這いつくばった連中の急所に蹴りを食らわし、見廻組ひと隊はほぼ全滅状態だった。 脱出のためなのか破壊のためなのか、自覚さえなくなっているかもしれない。 総悟が捕らえに行ったときに、この男がどれ程手加減していたのか、思い知らされる。 いつもなら問答無用で斬り込んでいく総悟が、どうする?と目顔で俺の指示を仰いできたのがいい証拠だ。 さすがの総悟も、顔色を失くしていた。 「真選組だ。双方引け」 差し違えるつもりで飛び込んでいかないと、止められない。止められる気がしない。腰から鞘ごと刀を抜き、一気に坂田の正面に飛び込んだ。 紅い目、血走った白目、返り血の伝う頬、額。 向き合っておや、と思う。 「帰れ! なんで来たッ!?」 「逃げんなっつっただろがボケ」 「逃げてねえッ、こいつらが引きずり出そうとしてんだ!」 「……オイッ、そっちァ容疑者の移動に関する書面は持ってんだろうな?」 「書面は後程提出する。佐々木局長と近藤局長はご存じだっ!」 「俺は局長から何にも聞いてねえ。アンタらが高杉の周りをウロチョロしてる理由もな」 「それは局長同士が……」 「悪ィな、真選組は近藤局長の言うことしか聞かねえんだ。出直してこい」 案外意識はしっかりしてるようだ。 別人格が乗り移るわけでもなし、当然と言えば当然なのだが……、 「オイ待て。近藤の許可が下りてるってのァほんとか」 紅い焔が鎮まり切っていないのに、坂田が口を挟んだ。至って理性的に。 「未確認だ!」 「じゃあ確認すればいい」 見廻組で口の利ける奴らが、こっそり顔を見合わせているのに気づいて、俺は慌てた。 「時間がないっ! 後でする!」 「電話一本で済むだろ。待っててやんよ」 早くしねえとこいつらマジで殺すから。 爛々と暗い目を光らせ、踏みつけた白服の隊士の急所に踵をめり込ませる姿は、いつか見た魔物の王のようだった。 なのに、頭は冷静に回ってるなんて。 「近藤局長ですか! こちら、見廻組です」 「勝手に連絡してんじゃねえ!」 「土方副長に代わります……どうぞ」 『トシ、入れ違いになって悪かった。坂田はいったん見廻組に引き渡してくれ』 ここで、局長と言い争うわけにはいかなかった。 「理由は?」 『向こうの言い分に一理ある。高杉の件は追って取り調べるから……』 「先に罪状が確定したら?」 『え? それでもこっちも調べるよ? 当たり前じゃん』 近藤さんがそう思ってても佐々木はどうするか。 どう考えたって官僚殺害のほうが厄介だ。被害者の体裁もある。 さっさと坂田を抹殺するに違いない。 「取れたみたいね。確認」 坂田は無表情に言った。 「じゃあ、俺行ってもいい?」 「どこへ……」 「お呼ばれしてるらしいし。牢屋から牢屋なら変わんないし。向こうに」 と、無造作に見廻組に顎をしゃくってみせる坂田は、絶対に俺の目を見ようとしない。 「すいませんね。後で脱獄したみたく言われんの嫌だからちょっと駄々捏ねたけど、真選組が立ち合ってんなら問題ないよね。大人しくしてっから連れてってくんね?」 話す相手は半死半生の見廻組たち。 護送車に自ら脚を向けるのに、隊士たちは体を引きずってやっと鎖の端を握った。 そして坂田は俺の顔を見ないまま、連行されていった。 章一覧へ TOPへ |