「いつから俺はこうなってしまったんだろう」




 読み通り、なんて高を括ってたのが間違いだった。

 真選組の主力部隊は出払ったらしい。屯所が静かすぎる。
 真選組としては確実に鬼兵隊の本拠地を押さえたつもりなんだろう。屯所を空けても安全だと確信する程には。
 俺は、監視カメラの死角を選んで密かに手錠を外した。縄抜けよりダメージはデカいが、長く痛むもんでもない。手首の関節をはめ直し、痛みが引くのを大人しく待てばいい。
 得物は、そうだな、寝台のパイプでもへし折るか。高杉は単身斬り込んでくるか、河上がついてくるか。いずれにしろ、奴らはまず、この錠をぶっ壊すと同時に俺を殺っちまうことを考える。その第一撃は何としても避けなければならないし、そこで得物をぶん捕る必要がある。

 そうなると、配置は決まる。

 俺が簡易ベッドの近くにいて、かつ砲撃か斬り込みか不明だが一撃必殺の初撃を躱す。
 生憎牢内に武器になりそうな物は置いていないのが常識だ。パイプベッドは破格の厚遇なんだ。土方が手配してくれた、何よりの。生かさぬ手はない。


 三日、俺は縛られた振りをして暮らした。
 早く外したのは、久しぶりの縄抜けだから万が一失敗して手首を傷めたときの快復期間をとっておきたかったのと、高杉がいつ仕掛けてくるかわかったもんじゃないから早目に仕込んでおくためだった。
 三日目に、思わぬ来客があった。


「旦那。お久しぶりです」
「!? ジミー?」
「だから言ったでしょう。好き合ってるのに、どうしてこうなるんですか!」
「お宅のゴリラとドS王子がさあ」
「人のせいにせんでください。アンタ、土方さんにちゃんと言いましたか? 好きだって。愛してるって」
「そりゃ……言ってねーけど……でもよ! 好きとか愛してるとか、なんなのそれ!? どうしたら俺があいつを好きだったり愛してたりしてるってわかんの?」

「あー……恋愛音痴はうちの副長だけじゃなかったんですね……旦那の口があんまり上手いし経験も豊富そうだったんで、てっきり副長さえ動けば上手くいくと思ってたのに」
「はァ!? 馬鹿にしてんのかコノヤロー」
「馬鹿にしたいところですけど、副長からお使いに出されたんでもう帰ります」
「?」

「旦那がちゃんと捕まってるかどうか、見てこいって言われました」

 ジミーはイタズラっぽい笑顔になった。
 可愛いな、と思う。

「すいません。話をするのは命令には含まれてないんですけど、せっかくだからちょっとだけ顔見てこうと思って」
「……」
「ちゃんと言ってなかったですよね。もう旦那と会っても俺、大丈夫なんで」
「……?」
「あの時『これっきりにしてください』なんて言っちゃったんで旦那が気にしてると悪いなって。ほら、旦那も副長に逢いにきたいでしょ? 俺が変なこと言っちゃったから、来にくくなると困るなって思って」
「……」
「あれ? もう二人とも仲直りしましたよね? 副長がここんとこずっとシャキシャキ働いてたんでもう大丈夫なんだろうと思ったんですけど、違いました?」
「……仲直りもなんも……、争ってた訳でもねえし」
「でも意地は張ってましたよね? 二人揃って」
「意地っつか……張り合っちゃいたけどよ、」
「やめたんですよね」
「は?」
「意地の張り合いはやめたんですよね?」

 あくまで信じて疑わない呈のジミーに、シラを切り通してもよかったんだが……、この子がいじらしいほど純粋なのは、よく知っていた。
 純粋だからこそ、気づかない振りをしてくれていることも。

 くらり、と脳みそが傾いたような気がした。
 すべての証拠を、俺は抱えて消える計画だったというのに。
 誰かひとりくらい。
 坂田銀時が土方を愛していたことを伝える人間がひとりくらい、いてもいいのではないか。
 不意に、気持ちが傾いてしまったんだ。

 ほんとは好きだった。
 本当に好きだった。
 愛するってことがどんなことか、未だによくはわからないけど、俺の人生の中でこんなに大事な人はいなかった。
 俺はおまえを嫌ったりしてない。大好きなまま死ぬ。

 そんなこと、土方の今後の人生に関係ないことだと思うけど。
 俺がおまえを好きだったことを、おまえが知ってくれたら嬉しい。


「張り合いはやめてねーよ。けど、俺の負けだ」

 こんな言葉で、わかってくれたらいい。
 山崎が俺の意図を汲んで、あいつに伝えてくれたらいい。

「オメーはそんでいいのか」

 なんやかんやでまた顔を合わせにきたってことは、何かしら希望とか期待とかを持ってきたのかもしれない。そんなら、この子はとんだ当て馬になっちまう。
 それでも、伝えてほしいんだ。

「旦那。俺はとっくに気持ちの整理つきましたから。心配せんでください」
「……なんて言やいいの、俺は」
「え? んー、そうですね」
「……」
「ごめんなさい? いや、そこは『ありがとう』ですかね」
「? なんで、」
「ええ? いやぁ……けっこう物分かりいいでしょ俺? まあほんとに副長には旦那みたいなひとが必要だと思いますし、嫌味じゃなくて似合ってると思いますから」
「……」
「けど俺が駄々捏ねたら旦那、困るでしょ? 幸い俺は捏ねる気なくなったんで、旦那にとっちゃありがたい話じゃありませんか」
「……」
「あの、俺、恩着せたいわけじゃないですからね? 今後も旦那と顔合わせるじゃないですか。そんときに気まずいの、イヤですし」
「……」
「えっ!? 旦那!? ちょっ、どうして泣、」


「ジミーくん、俺はッ、『ありがとう』もっ、『ごめんなさい』も……言う資格、ねえわ……っ」


 土方が教えてくれた。
 この後も一緒にいるために、挨拶するんだって。謝るんだって。
 俺はもう、いなくなる。
 だからこの子にも、何も言えない。

 自分勝手な話なんだ、伝えてほしいなんて。

 土方とはもう関われないんだな、俺は。
 俺の命と引き換えに土方を護るってことは、そういうことなんだ。

 目の前で俺を許し、笑ってくれる山崎にも、
 きっとまた、差し入れに来ては手を握っていくつもりの土方にも。


 なんでこうなった。
 いつから俺はこうなってしまったんだろう。
 何もかもが、遅すぎた。
 ああ、誰か、

 もっと早くに、



 俺をヒトに戻してくれたら。



『人のせいにせんでください』




 ――やっぱり、

 俺は居ちゃいけなかったのだ。





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