4 「俺の計画は滞りなく進んでいる」 あれが『愛』というものなのかもしれない、とぼんやり思った。 土方は怒った。新八と神楽を頼むと言ったら、自分でやれ、と。 それは駄目なんだ、土方。 新八と神楽に、俺は関わりすぎた。 あの化け物が養っていた子どもと蔑まれないよう、心根のきれいなおまえに託したい。 俺はそのおまえを護るから。 高杉と結託して真選組副長を陥れたことは、早々に認めた。そしてこれは、いくら土方が否定しても証拠がない。 俺がバイクを乗り捨てたことがこんなところで役に立った。あの後どうしたか知らねーが、たぶんアレで足がついたんだろう。高杉の潜伏先が。 高杉は黙ってはいまい。色欲には常軌を逸した男だが、戦のやり方は秀逸だ。奇策にしろ常道にしろ、あの男の戦いは人の常識の上をいく。潜伏先を突き止められるような、奴に言わせれば『無粋』なことをされたら激怒するだろう。なんせ、あの血みどろの戦場に三味線を持ち込んで歌いまくってた洒落男なんだから。 そんなら、どうするか。 ただ撤退なんぞするわけがない。 足がつく原因となった俺の命を取りに来る。 自分で誘っといて理不尽な話だが、そこはあいつに理屈なんか通じない。俺を殺す。しかも真選組の屯所内で。そうして一泡吹かせて帰るだろう。 俺はただそれを待つ。 むろん、ただで殺されてやりはしない。 真選組屯所が鬼兵隊の襲撃に遇ったなんて、世間がどれだけ面白がるか。 そんな無様な目に、土方を遭わせない。 差し違えるくらいのことはできる。沖田たちにやられた傷を治すことに、今は専念しよう。 土方はちょくちょくやって来て、牢の外から甘味だのジャンプだのを差し入れてくれる。受けとるために手を出すと、ときどき不意討ち(のつもりなんだろうが顔見ればバレバレだ)で手をきゅう、と握る。 恥ずかしそうに目を伏せて、耳たぶまで赤く染めて、それでも嬉しそうに、そっと笑うのだ。 柵越しにキスをねだられたことさえあった。触れるだけのキスでも、心が何かに満たされた。 そういえば二十四時間監視下に置かれても、自慰に困らない。前なら誰が見てようが構わずヌいてただろうに。 土方とほんの少し、触れあうだけで、俺の中の何かが確実に、満たされていく。 「さかた、」 ある日土方は思い詰めた顔で俺の牢の前に立った。 「一週間だ。絶対にここを出るな」 とうとう来たんだな。 良かった。 俺は十分味わった。たぶん、『幸せ』とか『愛』って奴を。 高望みすればまた、すべてを壊すだろう。土方を、新八と神楽を、かぶき町の連中を。 身体はほとんど完全に治った。 俺の計画は滞りなく進んでいる。 「絶対にだ。約束しろ」 「キミね、俺ァ囚人よ? んなの、約束したって信用できねーだろ」 「俺はおまえに言ってンだ。坂田銀時」 「……聞いてますけど?」 「そうじゃない」 土方の唇は震えていた。 「……ぎんとき、」 俺の背中に爪を立てて、掠れ声で限界を訴えた呼び方 「頼むから」 「おう。ここに居んよ」 目を見られなかった。 土方の肩越しに、遠くの壁を眺めた。 目を合わせたら、余計なことをいいそうだったから。 「銀時、俺は」 「わかったっての。出られる訳ねーし」 「たとえここが開いたとしてもだ」 「……そりゃ、保証できねえよ。囚人がンなこと守るわけないじゃん」 「だから、囚人に命じてンじゃねえっつってんだろ。俺が、銀時に言ってんだ。おまえがここ出てくってんなら俺も行く。けど今、俺ァ行けねーから……」 「から?」 「待ってろよ? ひとりで行くな」 「待ってられっかどうかわかんねーけど、ここに居る。何だか知んねーが行ってこい」 バレてる。 なんでだろう。 そんなこと、ひと言も漏らしてないのに。 嘘さえ吐けない。口が上手く動かない。 土方、ひじかた、 「早く行けって!」 涙が出そうだ どうして? 「呼んで、くんねーの」 土方はさみしそうに目を伏せた。 睫毛に縁取られた切れ長の目の中に、少しくすんだ蒼がきらきら光っている。 口許には諦めに似た微笑みが薄く浮かび、白い肌が一層白く、透明になったみたいだ。 綺麗なひと。 愛しい、ひと。 最後に一度だけ、 許して 「十四郎。無事に帰れよ」 あなたの名をこの薄汚れた口が呼ぶことを、 許して 章一覧へ TOPへ |