6 「どうして通じないんだ」 あっという間に俺はパトカーに押し込まれて、屯所に連れていかれた。 待っていたのは、無断外泊した娘の親父よろしく、難しい顔をした局長だった。 「トシ!」 「いちいち局長が出張るなよ。大袈裟な」 「大袈裟じゃない。これでも内々に留めたくらいだ。身体は?」 「なんともねえ」 「隊服、ボロボロじゃねーか」 「大したことねえだろ? よくあることだって」 「医者を呼んである。念のため、診てもらえ」 えっ……!? それはまずい。 さっきまで坂田に抱かれていた。 躯にはその跡がくっきり残っている。 ワイシャツに擦れてヒリつく、胸の突起とか。 拡がった肛門とか。 胎内に残る、坂田の体液とか。 全部坂田がつけた跡だと思えば愛おしくて、消す気にはなれない物たち。 「今じゃなくても……」 「おまえの気持ちもわかるけど、仕事としてわかるだろ? 証拠は今取らないと、後じゃ遅いんだ」 「待てよ、証拠って!」 「無理矢理、されたんだろ。万事屋に」 なんてこと……! あの男は獣の勘で、それを見抜いたのか。 そしてすべての罪を、犯してもいない罪を負うつもりだったのか。 「違う。聞いてくれ近藤さん」 「ごめんな、トシ。俺、酷いこと言ったの覚えてるよ……もっと早く気づけばよかったのに」 「だから違うって! 聞けよ、」 「とにかく、今はおまえの身体だ。可哀想だけど、証拠になるのはそれが一番だし、何より健康被害が心配だし、」 「聞いてくれよ!」 どうして通じないんだ。 長年の親友ですら、俺の言葉に耳を傾けてはくれない。 俺は、あの男が好きになっただけだ。 飄々としてて、他人に関心がない振りをしてて、死んだ魚のような目をしてるくせに、妙に子どもっぽくて、笑うと本当に幸せそうで、泣くと本当に憐れで、拗ね顔が愛おしい、 坂田銀時。 「絶対、嫌だ」 「トシ。聞き分けてくれ」 「絶対に診せない。絶対に、だ」 「……トシ、」 「俺の身体はなんともねえッ! なんで他人に診せる必要があんだ!」 「なんかあったって、言ってるようなもんだろ? わかんねーか?」 「じゃあどうすれば納得するってんだ!?」 「医者に診せれば、誰もが納得するさ。違うか」 嫌だ。 銀時に言ったんだ。『もう、しない』って。 俺の躯を見ていいのは、銀時だけだ。 「ふんじばってでも、連れてくぞ」 「アンタそれでもいいのかよ!? 俺が嫌だって言ってんだぞ!?」 「いい顔するだけが愛情じゃない」 「押しつけるのも、違うだろ!」 近藤さんが身を乗り出してきたとき、俺はパニックに陥っていた。 「やだ! 離せェェェ!! 触んな、」 「トシ落ち着け! 大丈夫だから、悪いことはしねえから!」 「離せよォォォォォ!! ぎんときーーーッ!! 助けて、ぎんときィィィ!!!!」 息ができない。 力が入らない。 苦しい、死にたくない、 「さかたァァァァーーッ!!」 涙が勝手に出てくる、 息が詰まりそうだ、 嫌だ、こんなので死ぬのは嫌だ、 「局長、」 「ちょっと待て! 後にしてくれ」 「先生はお帰りです。後でもう一度来るそうで」 いつからいたのか山崎が、隅っこで正座していた。 「なんで帰しちまったんだよ!?」 「だってお医者さんですよ? 急患とか、そんなんです」 「止めればいいじゃん!」 「無理言わんでください。理由も言わずに往診してもらって、帰んないでなんて言えますか」 それから俺のほうを振り返って、 「副長、お疲れでしょ? 少し眠ってからのほうが楽だろうと思うんですけど」 おそらく近藤さんは、総悟にしか事情を説明していないのだろう。または総悟が単独で密告したか。 山崎は何も知らされていないと見て良さそうだ。 「そうする。近藤さん、悪い」 俺は逃げるように、局長室を出た。 隣の自室に戻る気にはなれず、屋根の上で自堕落に寝そべっている。 あの男も好みそうだと思った途端、涙が溢れて止まらなくなった。 「サボりですかィ。副長が」 「……うるせえ」 「近藤さんは甘いんで、心配だなんだって言ってますけど」 「……」 「俺ァ誤魔化されやせんぜ。アンタ、旦那にヤられたんだろィ? 検査なんてアホらしい。ここで裸にひん剥いてみりゃ、すぐわかることでさァ」 「……」 「無理矢理脱がせてほしいですか? 自分で脱ぎますか?」 「どっちも願い下げだ」 「そうこなくっちゃ」 無表情に言い放った途端、菊一文字が閃く。 「嫌がるのを無理矢理ってーのが、俺の流儀なんでねィ」 スカーフからベストまで、切り裂かれていた。 咄嗟に身を捻り、距離を置いたが 「首筋に、デケェ吸い跡がありやすぜ。どんな虫に食われたんだか」 「……ッ!」 「ははは、心当たりがあんですねィ。嘘でさァ」 「テメーッ、」 「もうちょっと、脱ぎましょうか」 無造作に刀を振っているように見えて、確実に狙っている。 ワイシャツのボタンが取れて、 「総悟、テメーも謹慎喰らうぞ」 「俺ァそんなヘマしやせん」 ぱち、と鍔鳴りが響く。 「もう見えたんで。やめますァ」 「!?」 「乳首腫らして、エロい体してまさ。さすが土方さん」 「……俺だって、色恋くらいする」 「色恋なら目ェ瞑ります。けどアンタのァ違うでしょう」 「違わないッ」 「目撃証言があるんでさァ。アンタが複数に暴行受けてんのを、旦那が見物して煽ってたっていう、ね」 ああ。 それだって、違うのに。 伝わらない。 幼馴染みにさえ。 章一覧へ TOPへ |