「どうして通じないんだ」






 あっという間に俺はパトカーに押し込まれて、屯所に連れていかれた。

 待っていたのは、無断外泊した娘の親父よろしく、難しい顔をした局長だった。

「トシ!」
「いちいち局長が出張るなよ。大袈裟な」
「大袈裟じゃない。これでも内々に留めたくらいだ。身体は?」
「なんともねえ」
「隊服、ボロボロじゃねーか」
「大したことねえだろ? よくあることだって」
「医者を呼んである。念のため、診てもらえ」


 えっ……!?


 それはまずい。
 さっきまで坂田に抱かれていた。
 躯にはその跡がくっきり残っている。
 ワイシャツに擦れてヒリつく、胸の突起とか。
 拡がった肛門とか。
 胎内に残る、坂田の体液とか。
 全部坂田がつけた跡だと思えば愛おしくて、消す気にはなれない物たち。


「今じゃなくても……」
「おまえの気持ちもわかるけど、仕事としてわかるだろ? 証拠は今取らないと、後じゃ遅いんだ」
「待てよ、証拠って!」
「無理矢理、されたんだろ。万事屋に」

 なんてこと……!
 あの男は獣の勘で、それを見抜いたのか。
 そしてすべての罪を、犯してもいない罪を負うつもりだったのか。

「違う。聞いてくれ近藤さん」
「ごめんな、トシ。俺、酷いこと言ったの覚えてるよ……もっと早く気づけばよかったのに」
「だから違うって! 聞けよ、」
「とにかく、今はおまえの身体だ。可哀想だけど、証拠になるのはそれが一番だし、何より健康被害が心配だし、」
「聞いてくれよ!」

 どうして通じないんだ。
 長年の親友ですら、俺の言葉に耳を傾けてはくれない。
 俺は、あの男が好きになっただけだ。
 飄々としてて、他人に関心がない振りをしてて、死んだ魚のような目をしてるくせに、妙に子どもっぽくて、笑うと本当に幸せそうで、泣くと本当に憐れで、拗ね顔が愛おしい、

 坂田銀時。

「絶対、嫌だ」
「トシ。聞き分けてくれ」
「絶対に診せない。絶対に、だ」
「……トシ、」
「俺の身体はなんともねえッ! なんで他人に診せる必要があんだ!」
「なんかあったって、言ってるようなもんだろ? わかんねーか?」
「じゃあどうすれば納得するってんだ!?」
「医者に診せれば、誰もが納得するさ。違うか」


 嫌だ。
 銀時に言ったんだ。『もう、しない』って。
 俺の躯を見ていいのは、銀時だけだ。


「ふんじばってでも、連れてくぞ」
「アンタそれでもいいのかよ!? 俺が嫌だって言ってんだぞ!?」
「いい顔するだけが愛情じゃない」
「押しつけるのも、違うだろ!」

 近藤さんが身を乗り出してきたとき、俺はパニックに陥っていた。

「やだ! 離せェェェ!! 触んな、」
「トシ落ち着け! 大丈夫だから、悪いことはしねえから!」
「離せよォォォォォ!! ぎんときーーーッ!! 助けて、ぎんときィィィ!!!!」

 息ができない。
 力が入らない。
 苦しい、死にたくない、

「さかたァァァァーーッ!!」

 涙が勝手に出てくる、
 息が詰まりそうだ、
 嫌だ、こんなので死ぬのは嫌だ、


「局長、」
「ちょっと待て! 後にしてくれ」
「先生はお帰りです。後でもう一度来るそうで」

 いつからいたのか山崎が、隅っこで正座していた。

「なんで帰しちまったんだよ!?」
「だってお医者さんですよ? 急患とか、そんなんです」
「止めればいいじゃん!」
「無理言わんでください。理由も言わずに往診してもらって、帰んないでなんて言えますか」

 それから俺のほうを振り返って、

「副長、お疲れでしょ? 少し眠ってからのほうが楽だろうと思うんですけど」

 おそらく近藤さんは、総悟にしか事情を説明していないのだろう。または総悟が単独で密告したか。
 山崎は何も知らされていないと見て良さそうだ。

「そうする。近藤さん、悪い」

 俺は逃げるように、局長室を出た。






 隣の自室に戻る気にはなれず、屋根の上で自堕落に寝そべっている。
 あの男も好みそうだと思った途端、涙が溢れて止まらなくなった。

「サボりですかィ。副長が」
「……うるせえ」
「近藤さんは甘いんで、心配だなんだって言ってますけど」
「……」
「俺ァ誤魔化されやせんぜ。アンタ、旦那にヤられたんだろィ? 検査なんてアホらしい。ここで裸にひん剥いてみりゃ、すぐわかることでさァ」
「……」
「無理矢理脱がせてほしいですか? 自分で脱ぎますか?」
「どっちも願い下げだ」
「そうこなくっちゃ」

 無表情に言い放った途端、菊一文字が閃く。

「嫌がるのを無理矢理ってーのが、俺の流儀なんでねィ」

 スカーフからベストまで、切り裂かれていた。
 咄嗟に身を捻り、距離を置いたが

「首筋に、デケェ吸い跡がありやすぜ。どんな虫に食われたんだか」
「……ッ!」
「ははは、心当たりがあんですねィ。嘘でさァ」
「テメーッ、」
「もうちょっと、脱ぎましょうか」

 無造作に刀を振っているように見えて、確実に狙っている。
 ワイシャツのボタンが取れて、

「総悟、テメーも謹慎喰らうぞ」
「俺ァそんなヘマしやせん」

 ぱち、と鍔鳴りが響く。

「もう見えたんで。やめますァ」
「!?」
「乳首腫らして、エロい体してまさ。さすが土方さん」
「……俺だって、色恋くらいする」
「色恋なら目ェ瞑ります。けどアンタのァ違うでしょう」
「違わないッ」


「目撃証言があるんでさァ。アンタが複数に暴行受けてんのを、旦那が見物して煽ってたっていう、ね」


 ああ。
 それだって、違うのに。
 伝わらない。
 幼馴染みにさえ。




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