「俺は坂田に近づけたのだろうか」
心通わないセックスあり。




 万事屋はいつもぼんやりしていた。
 眼球の上に、一枚不透明な膜を貼り付けたような目で、見るともなしに街を眺めて暮らしていた。

 通いで少年がひとり、共に業務をこなしていると聞いたとき、胸の奥に僅かな軋みが走った。
 俺は慌ててそれを奥底にしまいこんだ。
 あまりに覚えがありすぎる感覚。
 あの男に、抱くはずのない感覚だったから。

 しばらくすると、天人の娘が同居するようになった。
 そのときの衝撃といったら、自分でも情けなくてしばらく自己嫌悪に陥った。
 あの男が、俺に何かの感情を向けるとしたら、それは嫌悪の部類でしかないのはわかりきっているのに。
 やっと表面だけは取り繕って表に出たとき、娘がまだほんの子どもであることを確認して、笑い出しそうになった。
 もっとも後に、ただの子どもではないことを、この目で知ることになるのだが。

 認めざるを得なかった。
 俺は万事屋を意識しすぎている。
 花見では深酒しすぎて醜態を晒したし、その割りには銀髪の男との会話を覚えていない。
 惜しいことをした、という思考回路がすでにおかしい。

 さっさとすっきりしてしまおう。


 なぜか俺は、非番の日に限って万事屋に出くわすことが多かった。
 単に行動パターンが似ていただけなのだが、もしかして向こうも俺を意識していないだろうか、とわずかな期待を持つ自分が惨めでならない。
 その日もまた、なんとなく足を向けた居酒屋に、その男はいた。
 隣に座ると露骨に嫌な顔をした。

「席、空いてんだろーが」
「ここも空き席だろ」
「チッ。おやじ、席変えていい?」
「子どもじゃねえんだ、大人しく座ってろ」
「オメーに言われたくねえ」

 そうこうするうちに俺の前にも徳利と料理が出てきたし、万事屋のところにも酒が運ばれてきて、席の件は有耶無耶になった。
 万事屋は俺の側の肘をカウンターに付き、頬を手のひらで隠した。あくまで見ないつもりらしい。
 露骨な拒絶に心が竦む。
 黙っていると酒ばかりが進んでいけない。沈黙に耐えられない。

 だがそれは万事屋も同じだったようで、そわそわと膝を揺すり始めてやたらと杯を煽るようになった。

「落ち着かねえ。帰るわ」

 遂に万事屋は立ち上がった。
 今日はこれまでか、と内心がっかりした。
 それを遮ったのは、なんの関係もない飲み屋の親父だった。


「銀さん、ツケ。払ってってくれんだろ」
「……!」
「土方の旦那の前で財布出してみな。まさか、今日もツケてくつもりじゃ……」
「そうだけど」

 ピシャッ、と薄っぺらい音がして、次に俺の目の前に万事屋の財布が叩きつけられて、

「そのつもりだったけど、やめるわ。コイツが飲み終わるまで待ってりゃいんだろ?」

 ごつごつと節くれだった手が、財布を押さえる。意外と長い指が、目の前に突き出されている。
 視線を感じてはっ、と顔をあげれば、紅い目がじっとこっちを見つめていた。
 ニンマリと、万事屋の唇が持ち上がる。

「副長さんに、奢ってもらうわ」


 その目にもう、膜は貼っていない。
 この男が護ってきたものが、漏れ出している。
 やっと、見られた。
 坂田銀時の、素顔。

 嫌々支払いを済ませた振りをした。
 店を出るやすぐに態度を変えられたら、と案じるあまり、必死で万事屋を引き止めた。

「テメー、只酒は高く付くって、知ってるか」
「あん? 金はねーぞ、さっき見ただろ」
「端から無銭飲食するつもりか。しょつぴくぞ」
「どうぞ」

 口は未だに下品な笑いの形を作っていたが、獣じみた瞳の色が、ふ、と弱々しく伏せられた。
 意外と言えば意外だが、その子どもっぽい顔が妙に似合う。
 魅入っていると、不意に尋常ならざる光を取り戻した目が、真っ直ぐ俺を射抜いた。

「ならよォ、銀さんの手ェ握んの、止めてくんね? 手錠だろ、フツー」
「!」

 うっかりどころではない。
 この男を逃がすまいと、そればかり考えていて、自分の行動に意識が行っていなかった。

「しかもジットリ湿ってんだけどぉ。なに、興奮しちゃったとか?」

 燃える紅。
 靡く銀。

 美しい魔物の首領みたいだ。

「ふーん。しちゃったんだ。確かめてみようっと」

 ぐい、と手を引かれ、俺はたたらを踏んだ。
 この男相手にひとたび態勢を崩したら、終わりだ。
 ずるずると言いなりに引きずられていったのは、俺の本心の現ればかりではない。
 力量が、違うのだ。
 弱いつもりはない。むしろ強さを自負している。その俺を、腕一本で自由に引き回すほど。


 期待は、あった。
 けれども、いざそういう建物の前に立ったとき、俺は初めて恐怖を覚えた。

 くわれる。
 内臓も、骨も残らないかもしれない。

 漠然とした怖れは、部屋に押し込まれ、服を剥ぎ取られたときにようやくイメージとして俺の脳に刻まれた。


 この男は、俺を抱こうとしている……!


 男に犯されたことが、ないわけではなかった。子どもの身で家を持たず、放浪していれば当たり前だった。ときにはわずかな飯のために、ときには寝床のために、俺は男どもに躯を弄らせた。

 だがこの男は違う。
 見返りを期待していない。
 期待しているとしたら……、


 俺の、屈辱


 逆らった。
 今さら遅いとわかっていたが、抵抗せずにはいられなかった。万事屋は笑って、いとも簡単に俺を押さえつけた。

「誘ったのァ、テメーだろ」

 股間を弄りながら、万事屋は笑い続けた。

「やーっぱ勃ってやんの。なに、オメー俺に抱かれたくて隣に座ったの?」
「ちがッ、な、に、かんちがいっ、してやがるッ」
「勘違い? そうでもねーみたいだけど」

 急所を強く握られた。

「アアァアァアアアーーー!?」
「ははっ、痛てえ? だよなー、爪たてたもん。でも見ろよ、テメーの粗末なちんぽ」

 うっとりと、坂田が呟く。

「勃ってる……」

 躯の中に指が入ってくる。
 あのとき目の前に突き出された、節くれだった、あの指が。

「んあっ、ぅああん、」
「へえ、キモチイイんだ。変態」
「ちが……、ちが、う」


――おまえだから


 そう言えたら、どんなに幸せだろう。
 そのあとがどれ程辛くても、坂田の指が嬉しいのだと言えたら、聞いてもらえたら、俺は生きていける。

 こり、と坂田の指が俺の胎内の一ヶ所を押した。

「やっ、そこ、そこダメだッ、そこさわんなぁ……あっ、んあ!? や、イヤだ!!」
「うそ。ちんぽ泣いて喜んでるぜ」
「み、見んな、見んなッ」
「無理。目の前だし」
「いや、いやだって、いっ、てんだろ、やめ、うああん!」
「オメーさ、モテんだろ? その割にゃ色薄いな。もっと黒くてグロいかと思ってた」
「んう、ああ……え?」


 想像、してた?
 俺のものを?


「ちょ、よく見えない。膝持ってろ」

 考えがまとまらないうちに坂田は俺の膝を胸まで抱えあげて、その位置で固定しろと命じてきた。
 そして、腰の下に照明を差し込む。

「うっわー、ぱっくりイッてら。オメーのケツの穴、食ってるぜ? 俺の指」
「んーーッ、は、ひ、」
「ちょっと水分な」

 坂田の頭が消えた。
 後ろの穴にぬるり、と柔らかいものが這う。

「やめっ、やめろ、なに、どこ舐めて……」
「ケツマンコ」

 口の周りに着いた唾液を、舌を伸ばして舐め取りながら坂田は笑う。

「テメーで濡れてくるわきゃねーだろ。だからわざわざ濡らしてやってんだよ、感謝しな」
「ひっ、やめ、しなくていいッ、やめろ!」
「痛いけど、いい?」


 悪意に溢れた、笑顔。


「痛くしてほしいなんて、変態だなオメー。ストイックな振りしてよぉ。隊服着てりゃわかんねえってか?」
「……っ!! ーーッ、」
「お望み通り、痛くしてやるよ。俺もそのほうが楽しいし」
「〜〜〜っ、ッーーー!!」
「力は抜けよ? 挿れにくいからよ」


 カラダ、ガ、サケル――


「アアァアアアァァァアアーーッ!!!!」
「力抜けっつの。ヤりにくくてしゃあねえ」
「痛い、いたいイタイーーっ!? ああああぁあああーー!!」
「うるせえな。少し黙れ」

 口に布を詰め込まれた。多分脱がされた下穿きだ。下半身に着けたものを口に入れるなんて。

「あれ、口塞ぐと少し締まるのな。ついでに息も止めとけ」
「うーーっ、んぐぅーー!! ん、んく」
「加減てェモンがあんだろが。入れにくい。弛めろ」

 無理だ。
 自分の意志でどうにかするなんて。
 痛みを通り越して、焼けるように熱い。周りの筋肉が裂けたんじゃないか。

 こんなに大きな男のモノなんて、知らない。

 適当にヨガって見せて、たまに自分で扱いてさもイかされたかのように装えばよかった、今までの男とは違いすぎた。

 痛い、苦しい。
 喉元まで、坂田のモノでいっぱいだ。

「痛てえの、ただ逆らいたいだけなの、どっち?」

 痛いに決まってんだろ。
 逆らいたくなんかない。早く全部受け入れて、おまえをヨくしたい。
 俺の中で。

「痛がってんなら、俺は楽しめるけど? 逆らってんなら止めといたほうがいいぜ」

 ズルッと音が聞こえたような気がした。

「んぐゥゥうぅぅぅうーーッ!?」
「あー、やっと全部入ったわ。少し萎えちまったじゃねーかどうしてくれんの」

 萎えた、だと?
 もう俺の中ははち切れそうだ、これ以上拡がるわけ、ない

「尻の穴の皺、ぜーんぶ拡がってやんの。ツルンツルンだぜ? ははっ、」
「んう、んんんーーッ」
「キモチヨくしてくれよ、土方くん」

 物凄い力で腰を掴まれたかと思ったら、内臓が裏返るほど下から突かれた。
 苦しい、くるしい、
 もう、駄目だ、

「ん、んふぅ、んぐ、むぐ、」
「気絶してんじゃねーよ、甘ったれが」
「う……、んう、ん、ん、」
「こうされたかったんだろ? 人がせっかく気づかない振りしてやってたっつーのによぉ。せいぜい腰振って、銀さん楽しませろよ、淫乱」
「ん、んぅ……んっ、ん、」
「下手だな、テメー」


 どうすればよかったんだろう。
 坂田はやっぱり、俺を嫌っていた。
 それでも、抱いてくれた。
 坂田は嗜虐の質があるのだろう、俺の苦しむ格好を強いるたびに逸物は腫れ上がっていく。
 もう入らないと思っていた俺の胎内は坂田の形に拡がり、坂田を受け入れるところとしてしか、機能しないかもしれない。

 それでもやはり、坂田は俺が嫌いなのだ。

「ふぅ……ぐず、んふぅ、ひっ、」
「ベソベソしやがって。気持ち悪ィ」

 坂田は一際激しく突き上げた。
 そして、俺の中に大量の分身を注ぎ込むと、そのまま出ていった。


 俺は坂田に近づいたのだろうか。
 出ていくときの、坂田の背中の遠さを思って、俺は泣いた。




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