『俺のルールだ』






 その髪色はあまりに鮮烈だった。
 それより鮮やかだったのは、その男の身のこなしだった。

 全くの不意討ちだったにもかかわらず、その男は体を捻っただけで完全にかわしたばかりか、俺の第二撃を封じるために、わざと下にすり抜けて見せた。


『それでも役人か。よく面接通ったな』


 出自が卑しいと散々貶され、結果を出すまでの辛抱と言い聞かせてきたこれまでの過程を、偶然とはいえ男は揶揄した。

『瞳孔が、開いてんぞ』

 所詮ケンカ屋だろう、思想もなく政治も理解できまい。力押しの乱暴な集団が。

 そう嘲笑っていると思った。
 真選組を、軽んじている、と。
 一網打尽にするはずが、その男には逃げられた。桂も逃げたが、桂が逃げおおせたのはあの男のせいだ。
 腸が煮えくり返って、なんなら桂より真剣にあの銀髪を捕らえてやりたいくらいには、怒りが燻り続けた。

 局長が白髪頭の侍に決闘を申し込み、折れた木刀を持たされて負けたと聞いたのは、それからずいぶん経ってからだった。

 池田屋の一件で真選組は幕府からも認められる地位を得た。ガマガエル天人に無茶はしたが、それでも我々の職務は全うしたし、ガマガエルに危害は及ばなかった。
 近藤さんが身を呈して庇ったことが、心証をよくした。それがあったからこそ、ガマガエルへの非礼は咎められなかった上に、真選組は単なる使いっ走りをするつもりなどないことを、上の連中に知らしめたのだ。


 銀髪……坂田銀時と再会したのは、そんなときだった。

 一太刀こそ浴びせたが、それはあの男がまるで本気ではなかったからだ。鞘を払ってからの男は、息を飲むほど美しく、危うく立ち姿にさえ見蕩れるところだった。
 斬ったと思ったのが、綺麗にかわされ、立て直す間もなく反撃がくる。

 刀を、折られて。

 あの態勢なら首だって落とせたはずだ。
 俺は死んでておかしくなかった。

『ケンカってのは、何かを護るためにするもんだろう』

 どこを見ているか知れない、茫洋とした目。
 近藤さんの名誉、ひいては真選組の、確立して間もない地位を、おまえは護ったんだろう、と言いたいのが、わかった。
 今度は、棘のない言葉だったから。

『テメーは何を護ったんだ』

 負傷した肩を押さえ、そのくせ刀傷に慣れた様子で慌てるふうもない後ろ姿には、さっき刀を抜いたときの美しさはなく、ただ覇気のない男の背中でしかないと思った。

『俺のルールだ』

 ほんの少し、振り返って見せた男の横顔が、なぜか抱きしめて声を掛けてやりたいほど愛おしくなった。
 幼い子どもが精一杯虚勢を張っているのに、本当は寂しくて、気づいて欲しいような欲しくないような、顔。
 遠い昔、俺もあんな顔をしていただろう。

 そのまま男はふらふらと立ち去ったが、俺は動く気になれなかった。


 なにを護る?
 おまえはおまえを律するために、厳格な決まりを自らに課している。
 そこまではわかった。

 でも、何のために?
 誰のために。


 それを、知りたいと思った。
 そのときから、俺は坂田に心を囚われたままだ。




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