1 『俺のルールだ』 その髪色はあまりに鮮烈だった。 それより鮮やかだったのは、その男の身のこなしだった。 全くの不意討ちだったにもかかわらず、その男は体を捻っただけで完全にかわしたばかりか、俺の第二撃を封じるために、わざと下にすり抜けて見せた。 『それでも役人か。よく面接通ったな』 出自が卑しいと散々貶され、結果を出すまでの辛抱と言い聞かせてきたこれまでの過程を、偶然とはいえ男は揶揄した。 『瞳孔が、開いてんぞ』 所詮ケンカ屋だろう、思想もなく政治も理解できまい。力押しの乱暴な集団が。 そう嘲笑っていると思った。 真選組を、軽んじている、と。 一網打尽にするはずが、その男には逃げられた。桂も逃げたが、桂が逃げおおせたのはあの男のせいだ。 腸が煮えくり返って、なんなら桂より真剣にあの銀髪を捕らえてやりたいくらいには、怒りが燻り続けた。 局長が白髪頭の侍に決闘を申し込み、折れた木刀を持たされて負けたと聞いたのは、それからずいぶん経ってからだった。 池田屋の一件で真選組は幕府からも認められる地位を得た。ガマガエル天人に無茶はしたが、それでも我々の職務は全うしたし、ガマガエルに危害は及ばなかった。 近藤さんが身を呈して庇ったことが、心証をよくした。それがあったからこそ、ガマガエルへの非礼は咎められなかった上に、真選組は単なる使いっ走りをするつもりなどないことを、上の連中に知らしめたのだ。 銀髪……坂田銀時と再会したのは、そんなときだった。 一太刀こそ浴びせたが、それはあの男がまるで本気ではなかったからだ。鞘を払ってからの男は、息を飲むほど美しく、危うく立ち姿にさえ見蕩れるところだった。 斬ったと思ったのが、綺麗にかわされ、立て直す間もなく反撃がくる。 刀を、折られて。 あの態勢なら首だって落とせたはずだ。 俺は死んでておかしくなかった。 『ケンカってのは、何かを護るためにするもんだろう』 どこを見ているか知れない、茫洋とした目。 近藤さんの名誉、ひいては真選組の、確立して間もない地位を、おまえは護ったんだろう、と言いたいのが、わかった。 今度は、棘のない言葉だったから。 『テメーは何を護ったんだ』 負傷した肩を押さえ、そのくせ刀傷に慣れた様子で慌てるふうもない後ろ姿には、さっき刀を抜いたときの美しさはなく、ただ覇気のない男の背中でしかないと思った。 『俺のルールだ』 ほんの少し、振り返って見せた男の横顔が、なぜか抱きしめて声を掛けてやりたいほど愛おしくなった。 幼い子どもが精一杯虚勢を張っているのに、本当は寂しくて、気づいて欲しいような欲しくないような、顔。 遠い昔、俺もあんな顔をしていただろう。 そのまま男はふらふらと立ち去ったが、俺は動く気になれなかった。 なにを護る? おまえはおまえを律するために、厳格な決まりを自らに課している。 そこまではわかった。 でも、何のために? 誰のために。 それを、知りたいと思った。 そのときから、俺は坂田に心を囚われたままだ。 章一覧へ TOPへ |