「なに、礼が言いたいわけ?」
鬼畜坂田の懺悔。




 その夜、土方は高熱を出した。
 感染症か、精神的ショックか。
 いや、両方だろう。
 意識をなくして眠る土方の傍らで、俺にできることといえば、
 触れないことくらいだった。




 服を着せる気はそもそもなかったので、口ではああ言ったものの何にも用意していなかった。
 改めて買い出しに行くのも躊躇われた。
 それほど、土方は弱りきっていた。

 俺の着流しを着せた。

 体を冷やすための水だけは事欠かなかったから、できる限り冷やし続けた。


 それ以外は、近寄らなかった。
 ただ、離れたところから土方の息遣いに耳をそばだて、胸の動きに目を凝らした。

 そうして、夜も明け、陽は昇り、日陰がだんだん少なくなって、焼けるような日射しが目に沁みるようになったころ。


「……か、た、」


 土方は、身動ぎしたのだった。


「よう。喉乾いただろ」
「……さ……、た?」
「水、置いてあっから。手ェ伸ばせ」
「……、」


 ぼんやり焦点の合わない視線をさまよわせ、何かを探す素振りを見せたかと思うと土方は、ようやく意識ごと目を覚ましてハッと飛び起きた。

「ぃッ……、」
「無理だ。とりあえず寝とけ」
「……」
「目障りなら消える。でも動けねえだろ? なんかあったら呼べ。近くにいる」
「……?」
「声、出ねえ? なんか、その辺のモン叩けや。手でもいい」
「……」
「水分は摂れよ。まだ熱も下がりきってねえだろうから」
「よ……ず、や」


 あんまり真っ直ぐに見つめてくるので、何か用か、と問いかけると、

「あり……と、」
「は?」
「おま……の、き……し、」
「あんま喋んな。なんつってっかわかんねーし」
「……」

 着せていた物を弱々しく持ち上げて見せた。

「……なに、礼が言いたいわけ?」
「……」
「おまえな。バカですか? そんなことより、着物ん中のテメーの身体だろーが。どんな目に遇ったか忘れたか? こっちはテメーが気ィ失うまで楽しませてもらったけどよ」
「……、」
「それともああいうプレイ、気に入った? 高杉ンときはあんなに嫌がってたのに。おめー、どんだけ俺のこと好きなんだよ」
「……」
「高杉に突っ込んだの、覚えてっか? あんときも意識飛ばしただろ。さかたサカタってヒトの名前連呼しやがって、なにがサカタのおっきい、さかたのキモチイイだァ? いざヤッてみりゃ泣き喚くくせに」
「……」
「妙に律儀で気持ち悪ィんだよ。もう、うっせーから寝とけ」
「……も、」
「だから何言ってっかわかんねーっつの。聞こえた? 耳もイっちまったのか? なんならもっかい思い出させてやろうか。どんだけ鳴かされたか、テメーのどこで鳴かされたか、もっかい試すか? 小便する穴だぜ、ド変態が」
「……ぃ、」
「突っ込む穴は裂けてるわ拡がってるわで使えやしねーし、口は泣き喚いてて噛まれたらたまんねーし、楽しめる穴っつったらそんなトコくらいだ。まさか目ん玉や耳の穴に俺の『おっきい』の挿れらんねーし? ほんっと使えねえ」



「……んでも、す……で、わり……」


 しゃがれた声がそう言った。


「……らい、……れ……くて、」


 目の奥が痛い。
 熱い。
 駄目だ。


『そんでも好きで、悪ィ』
『嫌いになれなくて』


 理解しては駄目だ。
 ここで泣いたら、俺はヒトに戻ってしまう……!!


「……ん、とき」

 嗄れた喉が大切そうにその名を呼んだとき、

 俺は堪らず、逃げ出していた。




 この前もそうだった。
 この男が他人に犯されて傷ついたとき、やっぱり俺は逃げたんだ。
 人非人であるべき俺を、人に戻そうとしたこの男から。
 そうとは意識しなかったとしても、いや、しなかったからこそ、俺は本能的に逃げたのだ。
 少しでも、時間を延ばしたかったから。
 ヒトに混じってなに食わぬ顔をした、『坂田銀時』であれる時間を。

 泣いたら終わる。
 終わってしまう。

 この男の傍に、歪んだ形であれ、居られる時間が。


 人の気配に振り向くと、身体を引き摺るようによろめき出た土方が、立っていた。


「な、いてる、のか……?」

 そんなはずはない。
 あってはいけない。
 見るな、俺を、

「土方……、」


 敗けを、認めないわけにいかなかった。
 どうしたってこの美しい男には敵わない。敵うはずがなかった。
 だって、俺はヒトですらないのだから。


「好きになって……ごめんな……」


 涙で土方が見えない。
 頭の上に、暖かい物が降りてきた。

「……んなこ……、……うな」
『そんなこと言うな』

 その暖かい物は、そうっと、壊れ物を扱うかのように、俺の捻くれた髪を撫でた。


「すき、な……て、……るいこ……んぞ」
『好きになって悪いことなんぞ』


 まるでほんとうに、大切にしているかのように、


『あってたまるか』


 掠れた、優しい声が聞こえた。




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