7 「なに、礼が言いたいわけ?」 鬼畜坂田の懺悔。 その夜、土方は高熱を出した。 感染症か、精神的ショックか。 いや、両方だろう。 意識をなくして眠る土方の傍らで、俺にできることといえば、 触れないことくらいだった。 服を着せる気はそもそもなかったので、口ではああ言ったものの何にも用意していなかった。 改めて買い出しに行くのも躊躇われた。 それほど、土方は弱りきっていた。 俺の着流しを着せた。 体を冷やすための水だけは事欠かなかったから、できる限り冷やし続けた。 それ以外は、近寄らなかった。 ただ、離れたところから土方の息遣いに耳をそばだて、胸の動きに目を凝らした。 そうして、夜も明け、陽は昇り、日陰がだんだん少なくなって、焼けるような日射しが目に沁みるようになったころ。 「……か、た、」 土方は、身動ぎしたのだった。 「よう。喉乾いただろ」 「……さ……、た?」 「水、置いてあっから。手ェ伸ばせ」 「……、」 ぼんやり焦点の合わない視線をさまよわせ、何かを探す素振りを見せたかと思うと土方は、ようやく意識ごと目を覚ましてハッと飛び起きた。 「ぃッ……、」 「無理だ。とりあえず寝とけ」 「……」 「目障りなら消える。でも動けねえだろ? なんかあったら呼べ。近くにいる」 「……?」 「声、出ねえ? なんか、その辺のモン叩けや。手でもいい」 「……」 「水分は摂れよ。まだ熱も下がりきってねえだろうから」 「よ……ず、や」 あんまり真っ直ぐに見つめてくるので、何か用か、と問いかけると、 「あり……と、」 「は?」 「おま……の、き……し、」 「あんま喋んな。なんつってっかわかんねーし」 「……」 着せていた物を弱々しく持ち上げて見せた。 「……なに、礼が言いたいわけ?」 「……」 「おまえな。バカですか? そんなことより、着物ん中のテメーの身体だろーが。どんな目に遇ったか忘れたか? こっちはテメーが気ィ失うまで楽しませてもらったけどよ」 「……、」 「それともああいうプレイ、気に入った? 高杉ンときはあんなに嫌がってたのに。おめー、どんだけ俺のこと好きなんだよ」 「……」 「高杉に突っ込んだの、覚えてっか? あんときも意識飛ばしただろ。さかたサカタってヒトの名前連呼しやがって、なにがサカタのおっきい、さかたのキモチイイだァ? いざヤッてみりゃ泣き喚くくせに」 「……」 「妙に律儀で気持ち悪ィんだよ。もう、うっせーから寝とけ」 「……も、」 「だから何言ってっかわかんねーっつの。聞こえた? 耳もイっちまったのか? なんならもっかい思い出させてやろうか。どんだけ鳴かされたか、テメーのどこで鳴かされたか、もっかい試すか? 小便する穴だぜ、ド変態が」 「……ぃ、」 「突っ込む穴は裂けてるわ拡がってるわで使えやしねーし、口は泣き喚いてて噛まれたらたまんねーし、楽しめる穴っつったらそんなトコくらいだ。まさか目ん玉や耳の穴に俺の『おっきい』の挿れらんねーし? ほんっと使えねえ」 「……んでも、す……で、わり……」 しゃがれた声がそう言った。 「……らい、……れ……くて、」 目の奥が痛い。 熱い。 駄目だ。 『そんでも好きで、悪ィ』 『嫌いになれなくて』 理解しては駄目だ。 ここで泣いたら、俺はヒトに戻ってしまう……!! 「……ん、とき」 嗄れた喉が大切そうにその名を呼んだとき、 俺は堪らず、逃げ出していた。 この前もそうだった。 この男が他人に犯されて傷ついたとき、やっぱり俺は逃げたんだ。 人非人であるべき俺を、人に戻そうとしたこの男から。 そうとは意識しなかったとしても、いや、しなかったからこそ、俺は本能的に逃げたのだ。 少しでも、時間を延ばしたかったから。 ヒトに混じってなに食わぬ顔をした、『坂田銀時』であれる時間を。 泣いたら終わる。 終わってしまう。 この男の傍に、歪んだ形であれ、居られる時間が。 人の気配に振り向くと、身体を引き摺るようによろめき出た土方が、立っていた。 「な、いてる、のか……?」 そんなはずはない。 あってはいけない。 見るな、俺を、 「土方……、」 敗けを、認めないわけにいかなかった。 どうしたってこの美しい男には敵わない。敵うはずがなかった。 だって、俺はヒトですらないのだから。 「好きになって……ごめんな……」 涙で土方が見えない。 頭の上に、暖かい物が降りてきた。 「……んなこ……、……うな」 『そんなこと言うな』 その暖かい物は、そうっと、壊れ物を扱うかのように、俺の捻くれた髪を撫でた。 「すき、な……て、……るいこ……んぞ」 『好きになって悪いことなんぞ』 まるでほんとうに、大切にしているかのように、 『あってたまるか』 掠れた、優しい声が聞こえた。 章一覧へ TOPへ |