卒業後篇


 旧3Zが同窓会をやるから出席しろと、半ば命令のような招待が志村姉から来たのがちょうど梅雨時だった。バイト先のビアガーデンを借り切ってやるから金を出せ、ということだろう。
 志村姉の仕切りなら、近藤は間違いなく出席だろう。

 そうなればあの子も出席するだろうな。


 二年も経って彼らがどんな姿になったのか知りもしない俺は、学ラン姿の土方しか思い出せない。
 卒業式の日に、風紀委員らと連んでいたのが最後に見た姿だった。大きくなった。女の子と勘違いした中学三年の頃とは全く違った。背はほとんど俺と同じまでに伸び、肩幅も近藤と並んで遜色ないほどにがっしりと男らしく成長した。
 それでも最後まで、真っ直ぐ前を見つめる切れ長で瞳孔が開き気味の目は変わらなかった。

 その目に広い世界を焼き付けてほしい。
 きっとキミはすぐに気づく。なんと矮小な恋をしていたのかと。そしてそれは苦い笑い話になって、やがて消えていくはずだ。



『なんだ、テメェ来ねえのか』

 高杉は相変わらず……というより、教師と生徒でなくなった分余計に、傍若無人になった。河上と上手くいってるときは傲岸不遜な態度なくせに、ちょっとでもケンカするとこの世の終わりみてえに俺ンとこに泣きついてくるのは変わりなかったが。

「忙しいんだよボケ。ボーナス突っ込んだだけ有難いと思え」

 志村姉は上手いこと、同窓会を七月七日に設定しやがった。その日は例年雨だろっつったら、屋根がある施設だから大丈夫だって。電話越しだから命は助かったけど、面と向かってたら俺死んでたかも。ボーナス直後のイベントデイに狙い澄ましてくるってどんなバイトだ。有能すぎんだろ。

 金は巻き上げられた。当然。
 だが、どうしても顔を出す気になれなかった。
 他の生徒には申し訳なく思った。彼らがその後どうしているか、会って聞きたかった。けれどどうしても……あの子が、いやもう子供ではなくなったあのひとが、他の誰かと幸せに過ごしていると、聞かされたくなかった。

 高杉は電話の向こうで少し黙って、なんで、と珍しく普通に問いかけた。

「なんでって。仕事で」
『へえ。熱心だな』
「そりゃな。やるこたたくさんありますよーだ」
『じゃあ、今ガッコにいんのかい』
「たぶんな」
『この後も?』
「タブンねー」
『絶対いるんだろうな』
「たぶんっつってんだろうが」
『絶対いろっつー意味だ阿呆。例の場所で妙なモン飲んでスーパッパしてろ腐れ頭』
「はぁ!? なにそれ、なんの嫌がらせ!?」
『絶対だぞ。いなかったらブッ潰す』

 妙に威圧感だけ増した高杉の声に押し切られるようにして、承諾した。
 そもそも日本刀持ち込んだ実績のあるバカ杉の脅しはもしかしたら脅しではない可能性が限りなく少ないけどゼロではなくて、

「まあ…….仕事あんのは事実だしな」

 カチ込み掛けられちゃ堪ったもんじゃない。俺は仕方なく、期末試験の採点を始めた。
 今ごろ盛り上がってんだろうな。誰が来てるんだか。いや全員だろ、お祭り大好きだし店借り上げてるし。未成年は――いるだろうな。高杉を筆頭に。河上は大丈夫。沖田なんか明日まで待てよな。アレで案外近藤がまだ未成年ってのが笑える。志村姉もまだだし……

 いちいち覚えてる訳がない。
 卒業アルバムを捲り、一人ひとりの生年月日を辿り、コイツは大丈夫、コイツはだめ、ああでもこの子は案外真面目に…….と思い返してみる。


 土方十四郎。五月五日生まれ。


 飲まずに近藤や沖田の面倒を見てるんだろうな。
 あっちこっちから弄られたり引っ張られたり、それにいちいち律儀に答えようとして混乱したり、訳がわかんなくなると取りあえず地味な…….あれ、あいつブン殴って。
 やべえ、涙で文字が滲んで地味なヤツの名前読めねえ。



「さかた、センセ?」



 さすがに絶叫したよ。怖かったからね。
 スタンド的怖さじゃなく、不審者的な。イヤほんとだからコレ。

 部屋の電気を点けなくても仕事ができるくらいには明るかったけど、廊下側はもう影になっていて、人影だってことしかわからなかった。
 だれ、ですか、と妙に下手に出た俺の声は、間違いなく震えていた。
 でも見えなくても、俺の問いかけにその人影が息を飲んだのはわかった。


「呼んで、ない?」
「えっ、えええっ、だだだれ」
「呼ばれたって……すいません間違えましたッ」


 その声に覚えがあった。
 あったどころではない。



「……ひじ、かた?」



 忘れたことはなかった。

 駆け出そうとする腕を思わず掴んだ。
 無理に顔を明るいほうに向けると、

「土方」

 土方が泣いていた。

 どうして、と言いかけて納得がいった。高杉だ。
 土方が泣いているとかつて俺に忠告したのもヤツなら、今日珍しくもお節介を焼く気になったのも、

「高杉の野郎に、騙された」

 涙声で土方は小さく罵った。

「すいません帰りますッ、離して」
「なんで帰るの。せっかく来たのに」
「だって……坂田センセが、途中から……飲み会ッくるから、呼びに来い、て、うぐっ」
「呼びに来いって言ってるって? 言われたのか」
「お、れを……っで、いっ、でるがら、っで……ひぐっ、うっ、うれじぐで!! バカみでえにッ、うえっ」
「迎えに来てくれたの」
「ごべんなざい、じゃばじ、で……ひぅっ、」
「邪魔じゃねえよ。邪魔なんかじゃねえ」

 綺麗な顔を台無しにして泣きじゃくるひとを目の前に、俺の理性は無様にぐらついた。

「ひじかた。成人おめでとう」

 背中を抱き寄せるだけ。

「会えて、嬉しい」

 髪を撫でるだけ。



「ダメだッ、おれっ、わすれッられ、ながっ……うぅっ、うえ……はだぢになっだ、のに……おれッ、まだ、ゼンゼがすき、ひぐッ、うわぁぁあ!」



 泣き崩れるひとを、腕に納めてしまったらもう歯止めは効かなかった。


「俺もだ、土方。もうずうっと……六年も前から好きだったよ」


 嘘だ、と土方はもっと泣いた。泣いて泣いて、咳き込んでえづくまで泣いて、俺がどれだけこのひとを傷つけたかをハッキリ俺に見せつけた。


「もう子供でも、俺の生徒でもねえ。俺は」

 好きだ。

「十四郎」

 俺の胸に納まるほど小さなひとではなくなったけれど。
 もし、まだ俺を選んでくれるなら。

「俺も、じゃない。俺が、好きだったんだ。お前がここに来る前から」






「そっちお開き? 間に合わねえし二次会もムリっつっといて。次回は誘ってくれんの」

 十四郎は今、泣き疲れて準備室のソファで眠っている。俺は声を潜めて高杉に電話していた。

「あー、その、あ、ありが」
『言うな。気色悪ィ』
「ナニソレ酷くね」
『万斉がな。こないだの喧嘩で、世話になったからってよ』
「イヤ泊めてねーから」
『当たり前だ。だが万斉』
「オイそこにいんの河上。ちげーっつってやっから代われ」
『余計怪しいカンジになんだろが!?』
「いーや、言っときたいね」



 俺の部屋には誰も入れたことがない。
 高杉を預かったのは、松陽先生の自宅がまだあった時だ。
 養子の俺に相続権はあったけれど、高杉を帰したときに手離した。
 思い出が、あり過ぎたから。
 そして広めのアパートを借りた。

 それからすぐ、土方に会ったから、今の部屋には誰も呼んだことがない。



『俺ァテメェの妙なこだわりを知ってるがな』
「シャキッとしろ」
『こないだの喧嘩の後……万斉と』
「?」
『その、』
「……」
『……』


 あっそう良かったね。
 無言になった電話を切った。ああ、おめでとう。上手くやれてすっげキモチよかったのかな。



「起こしたか」


 泣き腫らした物凄い顔で、土方がむっくり起き上がる。

「センセ、」
「……そういやお前だけ、俺のこと銀八呼ばわりしなかったな」
「……」
「近藤だって銀八っつぁんとか言ってたのに。風紀乱れるからか?」
「そんなんじゃねーよ」

 泣き過ぎて声もガラガラだから、俺はそっと缶のブラックコーヒーを手渡す。

「言えなかった……嫌われてると、思ってたから」

 俯いてポツリと零す、その頼りない言葉。

「でも、違う、んだよな?」

 確かめるように、真っ直ぐ見つめる目。

「違うよ」

 もう、いいよな。

「好きで好きでたまんなかった……その話、長くなるけどここで聞きたい? 俺んちで聞く?」

 パッ、と輝く顔の眩しさ。

「いいの、か?」
「来て欲しいな。ものすごく長くなるから」

 これが、すべて俺に向けられたというのなら。

「もう我慢しねえぞ俺は」

 抱き寄せて唇を寄せたら、土方……いや、十四郎は小さく口の中でつぶやいた。



 ぎんぱち、と。



 その唇をそっと塞いだ。
 土方が小さく身動ぎした揺れが俺のからだに伝わってきた。愛おしくて狂いそうだった。









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