出会い篇 俺は当時、剣道部の顧問なんかやってた。新任のころ、手当て付くしぃ俺金無いしぃとか思って安易に引き受けたんだ。 抜けられなくなった。 ウチのガッコは腕っ節の強い教師が揃ってるわりに、剣道経験者が少なかったのが大きな理由だ。なんやかんやで引き止められて、気がつけば六年も経っていた。部員は幸か不幸か途切れないから、辞め時を逸した。 でも最大の理由は、辞めようと本気で思ってなかったからだ。今になればわかる。 銀魂高校の剣道部はそこそこ強くて、でも大会ではいつもあと一歩及ばず、パッとしないチームだった。 まあ顧問が俺みてぇなユルい教師だからシゴいたりすんの嫌で、怪我しない程度にやってたからだろう。それに、多くの新入部員が初心者だった。それにしちゃソコソコだろ、と顧問同士では納得し合ってた。 ところがその年、近所の中学に頭空っぽだけど剣道がめちゃめちゃ強い三年生がいるって話が流れてきた。 頭空っぽ、つまり成績は悪い。すなわちウチくらいしか引っかかる高校はあるまい。 期待してたら案の定、ウチを受験してきた。前評判より成績が格段に良かったのが笑えたが、合格してホントにウチを選んできた。 こりゃ逃す手はないってんで、そこそこ強いけどパッとしない剣道部は、ソイツを予めスカウトしちまうことにした。 生徒の名前を、沖田総悟という。 とはいえ、おおっぴらにスカウトするのはマズイのでそこの中学出身の生徒を唆して、合同稽古に持ち込んだ。引率は俺だった。坂本のバカは二日酔いと方向音痴のせいで、集合場所の銀魂高校にも辿り着けなかった。大丈夫なのかアイツ。勤務先だろ。 そこで仕方なく、俺は恩着せがましい稽古を始めたわけだ。 坂本のゴタゴタで俺たちは少し遅刻気味だった。中学生たちは律儀にもウォーミングアップを始めていた。それで、遅れた負い目もあって俺は急いで自分の生徒たちに準備運動をさせ、両方の部員に防具を付けるように指示してしまった。 軽く立ち合い稽古をさせれば、だいたい部員のレベルは見当がつく。その時点で、中学高校に関わらずレベル別にグループを作った。中学の顧問の先生には初心者チームを任せて、俺は上級者の監督についた。ちなみに連れてきた生徒たちには大爆笑された。『マジメに仕事してやんの』とかって。腹立つわ。 沖田総悟はひと目でわかった。 速さが違う。それに撃ち込みの正確さ。無駄に動かない。だが、動けば必ず有効な攻撃となる。 こんなに上手いと却ってウチみたいな中途半端な部活に来たがらねえかな、なんてちょっと思ったんだけど、この沖田総悟らしき生徒ときたら。 自分の番の立ち合い稽古が終わったら防具つけたまま座って、 (ありゃ絶対寝てる) 船漕ぐような下手はしないけどね。俺もやったからわかるよ。ナマケモノだ。俺と同じ匂いがする。 なーんだ、じゃあ大丈夫だ。コイツは上手いこと言えば絶対入部するわ。 そこでちょっと気が楽になった。気難しい奴だったらヤじゃん。校長が『絶対入れるのじゃ』とかハリきってて面倒くさかったし。 てなわけで、俺は余裕ぶっこいて他の部員を見回したんだ。 ここのガッコは……というか、この学年は沖田の他にも強いのがいた。 背が高くて身体つきがガッシリした生徒は、粗削りだけど押しの強い剣捌きだ。相手に踏み込ませて骨を断つタイプ。もう一人はそいつより少し背は低くて、ずいぶん華奢な身体の生徒。最初、女の子じゃねえだろうな、と疑ったくらいだ。 ところがその子の立ち合い稽古を見て驚いた。 蹲踞から立ち上がった途端、身長が十センチくらい伸びたみたいに見えた。相手はウチの生徒で、しかも大会に出したこともある有段者だったのに一瞬たじろいだ。 (あー、やられるわ) と思ったと同時に、中学生は物凄い勢いで突っ込んできて――真正面から面を取りに行った。思わずウチのが突きを出しかけて、 「待て!! 突きはナシ! 中学生だから!」 相手の手前厳重注意を食らわせたが気持ちはよくわかる。要はビビったんだ。気合い負けってヤツ。中坊ナメてたのが最大の敗因とはいえ、相手の中学生の気迫は、それだけ凄まじかった。 この三人、まとめて入ってくんねえかなぁ。 とはいえ人間関係も、大体沖田以外の子の進学先もわかんねーのにいくらなんでも虫が良過ぎるか、と反省っつか文句っつーか、隣にいたウチの生徒に溢してたんだけど。 「銀八っさんあの三人」 「あん?」 「ダチっぽいぜ。ほら、連んでる」 「あ。ほんと」 「ダチならまとめてウチの高校って可能性、あんじゃね」 「可能性だろボケ。確かめてこい。聞いてこい」 「自分でやれよ! 顧問だろ」 確かに三人は固まってる。 それに、スタイルは別に見えて剣の運びに共通項があった。 たぶん、同じ道場に通ってたか、未だに通ってるか。それにあの様子だと、小学校からの筋金入りだろ。 その後は強い者同士、リベンジしたりされたりの立ち合いに続いて試合形式の練習をさせて、 ――所作のきれいな子だな いつの間にか、さっきの華奢でヤンチャな子の竹刀捌きが好きになっていた。 試合で勝てるのは沖田だ。 でもこの子も、もう一人のデカイのも強い。 微笑ましく見守って、できればまた稽古が見たいな、なんて思っていた。 クールダウンするために全員が面を取った…… ひと目惚れ。 可笑しな話だ。 高校教師が、中学生に。 しかも男に。 一時の迷いだと信じたかった。俺は今まで女としかつき合ったことはない。わりと爛れた関係で、マジメにおつき合いはしてなかったかもしれない。それは反省する。 でも、だからってその罰が『男子中学生に恋をする』だなんて。 ほんと反省するから許してください、目を覚まさせてください、と都合よくカミサマに祈ってみたが効果はなく。 それどころか神は俺に更なる罰を与えてきた。 ――三人とも入ってくんのかよ 新入生名簿を見て目の前が真っ暗になった。中学の顧問からは、沖田が剣道部に乗り気だと聞いている。 きっとゴツイの(近藤勲っつー名前は入学後に知った)入部してくる。 ――土方くんも。 そう気づいた途端、俺は速攻で顧問を降りた。 とても正気で部活なんてやってられねえ。 恋をした途端に失恋した。 その相手の顔を、三年も見続けて。 何にもなかったかのように振る舞うなんて。 到底できない。 本気で辞めればすぐ辞められたんだ。 在校生たちには文句言われたけど、その頃から俺も受験生を担任することになったし、周りは俺の怠けっぷりをよく知ってたから『まあしょうがないか』で納得され……俺は土方との接点を失くした。 目次TOPへ |