金時は夕方、俺んちの近くのファミレスにやって来た。
 金髪がきらきらするのは変わりないけど、天パの手入れがおざなりで跳ね散らかってる。普通のジーンズに量産のロンT、ちょっと袖口が伸び気味のパーカー姿。オサレ感半減だ。そっちのが俺は好きだけど。

 案内のネェちゃんが人数を聞くと反射的に営業用の満面スマイルになるのがムカつく。
 それがキョロキョロ辺りを見回して、俺を見つけた。
 一歩一歩踏みしめながら、ゆっくり金時が近づいてくる。いくら地味にしてても元がイイから目立つんだ。店中が見てる気がして恥ずかしい。うん、気のせいだ知ってる。でも……金時に注目しないヤツなんて、いないと思う。


 金時は無言で、俺の前の席に滑り込んだ。途端に注文のボタンを押して、目を逸らした。
 注文が済むまで何も話さなかった。コーヒーを取ってくると、おもむろに金時は口を開いた。


「ねえ、わかってんの。自分がなに言ったか」


 声が上手く出なくて、俺は頷いてみせた。
 金時は眉を寄せて、険しい顔になった。

「昨日今日のハナシじゃねーんだよ俺は。浮ついた気持ちなら、いくらお前でも……」
「浮ついてねえ」

 どうしてそう言い切れるのか、と言われれば困るのだが、そうだからとしか言いようがない。
 金時はますます厳しい顔つきになった。

「やっとこさ隠してきたんだ。でも、もう無理だって思って」
「なにが?」
「なにって。まあ……いろいろ」
「俺にバレるってコトならもうバレたぞ。そんでも会いてえっつっただろ」

 何よりの証拠だろう、と突きつけても金時の顔は晴れないばかりか、深く沈んでいく。

「俺がホスト始めたのは、女の子ばっか見てたらお前のことトモダチの『好き』に戻れるかなって魂胆もあったからだし」
「トモダチじゃなくていい」
「お前な。そういう事軽く言うなよ。お前なんか思いつかないようなコト考えてんだぞ俺」
「高校ンときからだろ」
「……知ってたのかよ」
「いや。気がついたんだ。最近」


 ミツバに告白しないと決めたとき。お前は静かに笑って、言わないの?と聞いてくれた。
 金色の髪に差し込んだ夕日。金時の背後に広がる暮れゆく陽の光。
 金時こそ天使みたいだった。
 俺はお前に見惚れてたんだ――ミツバを諦めた、あの時でさえも。


「友恵とお前が来て。赤ん坊なんて邪魔だと思ってたのに、いつの間にか可愛くてしょうがなくなって」
「うん」
「そう思えて良かった。お前のお陰だ。あの子は俺がひとりで育てたんじゃない。お前がいたから、俺は間違わずに済んだ」
「お前の力になれたら、嬉しいよ」
「そうじゃねえ。役に立ったからとかじゃねえんだよ。お前と友恵と俺と……短い間だったけど、家族、みたいで。嬉しかったんだ」
「……十四郎」

 金時は笑おうとして失敗し、金色の睫毛を伏せた。しばらく言い淀んでたけど、思い切ったようにハッキリと言った。

「俺は家族とは思えなかった。赤ん坊なんて邪魔だって……何度も思った」
「!」
「あ、誓って言うけど、預けるのに反対したのは本気だし、施設ならって思ったのもベイビーちゃんのこと考えたからだし、お母さんに返したのも後悔してねえ」
「……」
「最初は俺が主導でベイビーちゃん構ってて、お前は俺に頼りっきりなのが嬉しくて。けど、だんだんお前がベイビーちゃん可愛がり始めて……世話も上手くなって、あの子が俺よりお前に懐いて」
「そりゃァしばらく見なかったから、」
「最初に名前呼んだの、十四郎だったろ。長くて、言いにくいのに」
「……だからって、」
「わかるんだよ子供には。俺が、本心じゃ可愛がってねえってこと」
「……まさか」

 いつでも笑ってた。ベイビーちゃん、と話しかけていた。膝立ちしたといっては感動し、夜に外へ連れ出せば風邪を引かせる気かと怒った。手間を掛けて離乳食を作り、昼は自分の睡眠後回しで散歩に連れてった。
 全部、金時がしたんだ。
 でも金時はイライラと首を横に振る。

「俺、ホストだったんだぜ」
「だった……?」
「女の子をソノ気にさせるなんて、お手のモノってこと。それが赤ん坊でもね」
「……」
「俺は、お前と居られるって理由でベイビーちゃんと遊んでたんだ」
「おい……!」
「面倒見るのは苦じゃなかったよ。最初に言ったろ? ホステスさんの子供とか世話して慣れてるって」
「……」
「ベイビーちゃんも同じ。今まで面倒見てきた子の一人だった。たださ、」

 金時は苦しそうに、顔を背けた。



「あの子が、俺と十四郎の……子供だったら、って」



 そうか。
 やっぱり会って良かった。会わなきゃ一生わからず終いだった。


 俺が理解すべきなのは、金時の後ろめたさ。
 あの子は突然やって来たけれど、それでも俺はあの子を愛せた。血縁だからかもしれない。それとも単純に友恵が愛らしくて、俺のチンピラっぽい外見とは別に、可愛いと思う気持ちは人と変わりないからかもしれない。
 なにしろ来島だけじゃなく、あの凶悪ヅラの高杉でさえ苦労して友恵の機嫌を取ってたんだ。赤ん坊というのは概ね誰でも庇護欲を掻き立てられるように出来てるものなのかもしれない。
 例外は元カノだが、彼女は俺に執着があったから、赤ん坊とはいえ第三者なんて邪魔でしかなかったんだろう。俺のやり方もマズかったかもしれない。でも俺の優先順位は友恵、彼女であり、彼女のご期待に添うつもりは微塵もなかった。


 金時が例外であるはずがないと思い込んでたんだ。
 もし人と違うとしたら、それは身内同然に可愛がってくれる例外だと。

 けど実は、金時の心のうちは彼女と同じ思いだった。
 金時はあの時こう言った。


――あんな女にゃ勿体ねえ。やめとけ


 ベイビーの育児が、ではなく。
 俺が勿体ない、と言ったんだ、金時は。



「なんつーか……バツイチ連れ子つきのカレシみてぇな悩みだな」
「……くっそ、そうだよ。まさにその通りだよ。笑え」
「笑えるかよ」

 お前は友恵を自分の身に重ね、あの子を大事にする大人から引き離さないよう考え抜いた。
 保育所を否定したんじゃない。身内の元に帰れなくなる可能性がわずかでもあったから、反対した。
 施設に放り込もうとしたんでもない。確実に親元に帰れるとわかったから、勧めた。
 最後の最後に俺が、友恵と母親の間を邪魔したとき、お前は友恵のために怒ったんじゃないのか。


 一つひとつ、挙げていくと金時はため息をついて、こっちに向き直って顔を上げた。


「まあそこは否定しねえ。お前の親戚だし、可愛かったし。行く末のことは真剣に考えたよ。ダメ親の手元に引き取られたら目も当てられねえが、ちゃんとした親なら一緒に暮らしたほうがいいと思った」
「わかってる。何度も聞いた」
「わかってない。早く返したいのに、十四郎とベイビーちゃんと俺で、三人で食卓囲んだり散歩行ったり……それも捨て難かった」
「うん」
「どうしていいかわかんなかった。ベイビーちゃんがいたから、俺はお前と居られたんだ。あの子が親元に帰ったら、俺はお前と居られない」

 どうして居られないと決めるんだ。所詮俺たちは擬似家族で、友恵がいなくなれば家族でいる必要はないからか。
 それは、俺が嫌なんだ。

「友恵がいなくなっても、俺は金時と住みたい。傍にいたい」

 もう、暗い部屋にひとりで帰り、後から帰ってくる人もなく、自分の立てる音ばかりが響く部屋は嫌だ。
 帰ってきてほしい。
 金時に、帰ってきてほしいんだ。



 金時は苦笑した。苦しそうだった。

「じゃ、ハッキリ言うけど。もうこうなったらしょうがないよな、ハッキリ言うわ。ドン引きしたら帰れよ」
「あ? なに言って」
「俺がお前と二人っきりになったら、お前の貞操大ピンチなんだけどわかってんの」
「は……?」
「ヤりてえの俺は。でもさすがに赤ん坊の横でそれはマズいって理性は働いたよ。だから安全だったんだよ、友恵ちゃんが帰るまでは」
「……」
「いなくなったらもう、ジェントルマンじゃいらんねえから。速攻襲うから。だから出てった」
「……」
「なにが嫌って、あんな可愛くて天使みたいなベイビーちゃんと暮らしながらさ、俺だけは下半身的なことばっか考えてんのが、情けなくて」

 どういう意味だ。下半身的なことって。イヤわかる。俺だってもうウブな高校生じゃない。金時を綺麗だと思った、あの感情が何だったのか今ならわかる。それに、今も俺の中で続いてることも。
 俺も、金時の言う『好き』と同じ意味で、好きだから。




「ひとつだけ、確認する」

 ガキの頃から一緒だった金時が、なんだか急に男臭く見えて気恥ずかしい。

「俺のこと云々は置いてだ。友恵のこと、どう思う」

 だがいくら惚れた相手といっても、連れ子つきの男としてはこれを確認しないわけにいかないじゃないか。

「好きだったよ。可愛かった……正直、お前にキツく言わないと俺も親元に返したくねえなんて、ヤバいこと考えそうになるほど」
「でも俺とアレ、その……」
「だからさ、友恵ちゃんはお前の子みたいなモンだろ? あの子が俺とお前をくっつけてくれるだろ」
「……友恵は?」
「あのな、さっきは大勢の中の一人っつったけど俺だって人の血は通ってんだ。お前の子を! 愛せないはずないだろ?」
「……俺の子じゃな、」

「じゃあこう言えばわかるかよ。俺はひとりになってもあの子を育てようと思ってた」

「あ?」
「あのままお前が引き取ることになって、でもやっぱり就職とか結婚とかであの子が邪魔になったとしたら……俺は引き取るつもりだった」
「……」
「だからホスト、辞めた」
「えっ!?」
「つっても元々長くやるつもりなかったんだけど。金貯めて、専門学校行く資金にするつもりだった」
「……!」
「今の両親はそんなことすんなって言ってくれたけどさ。俺の気が済まなくて」
「……あ、」
「保育士になりたかったんだ。友恵ちゃんのおかげで、もっと勉強しなきゃって思い知った」
「いつ……!?」
「実を言うとさぁ、友恵ちゃんち行ったときはもうホストじゃなかったんだわ。学生になったのは今年の四月」
「……あ、」

 だから平気な顔で丸一日空けられたのか。もう、昼の住人になってたんだな。

「友恵ちゃんを引き取ることになんなくて、良かったんだろうけど。そんでも、これからもさ。他の、たとえば俺みたいな子が笑ってくれれば嬉しい」
「……」
「これで答えになった?」



 合格、だろ。

 俺のかあちゃんが再婚しなかったのは、かあちゃんの喋りに大抵の男が恐れをなしたせいでもある。でも同じくらい多くの男が、目つきの悪い無愛想な連れ子を家族として迎え入れる気になれなかったから。
 かあちゃんにカレシがいたことは薄々知ってた。でもいつの間にかいなくなって正直俺はホッとしたものだ。知らない男の人と打ち解けられなくて。
 ほんの少しでいいから、俺も見て欲しかった。
 目つきが悪いのは生まれつきだし、口下手だから無愛想に思われるだけで、本当は母ちゃんの幸せを願ってると説明したかった。
 結局俺は誰にも説明出来ないまま、かあちゃんはいつの間にかまた一人になって、俺にマシンガントークかましてくるから忘れてたけど。


 もしも友恵が俺の子だったら、


「オヤジはお前だろ」

 金時を見て、ハッキリ言った。

「でも俺は女じゃねーからな」
「十四郎!?」
「俺は、その、あああアレ」
「……つき合ってくれるの?」
「俺がそうしたいんだ。『やる』んじゃねえ」

 お前がいない一年、俺がどんだけ腑抜けて暮らしてたか。
 今からたっぷり見せてやるから、覚悟しやがれ。


 友恵。
 俺はお前に、友に恵まれることを願ったけれど、お前こそ俺にかけがえのない物をくれた。
 きっと大事にする。一生。





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